ペンと紙と手紙

綿麻きぬ

後悔と懺悔

 雨がしとしと降り注ぐ中、私は部屋にいる。部屋は綺麗になっていて、机も例外ではない。

 

 私は机にそっとペンと紙を置く。ペンも紙も一番お気に入りのものを、それはあなたを初めて書いた時のもの、と言っても安いものだど。


 泣きたくなる気持ちを落ち着けて、私は椅子に座る。深呼吸を一回し、紙を整えてペンを持つ。




 名前のないあなたへ


 謹啓


 私はあなたに謝らなくてはいけません。私はあなたを都合よく使い、これからあなたのことを捨てます。


 あなたはこんなことを望んでいないのは知っています。あなたはまだ、物語を続けたいかもしれません。でも、私が限界なのです。でもという表現を使ったのはこれが私の勝手だからです。私の勝手だということは十分、分っています。


 それでも私はあなたに謝りたいのです。謝る権利などないのですが、謝らせてください。許して欲しいと思っていないというと嘘になります。その許して欲しいという権利もないことは分ってます。


 まず、あなたとの出会いを書かせてください。あなたは私が落ち込んでいるときに恩師が言った一言から産み出されました。その一言とは「小説を書け」でした。そして、自分の気持ちを人に伝えるために私の分身としてあなたを産み出し、小説を書き始めました。


 普通、小説とはこんな低俗な考えで書くべきものではないのかもしれません。ですが、書くことにより私は自分を保てていました。


 そのような経緯で産まれたあなたですが、名前がありません。本当はあなたに名前を付けるべきなのでしょう。ですが、付けられないのです。理由は簡単です。名前を付けるのが怖いからです。


 名前を付けることにより、あなたは何にでもなれるあなたから一つの固有の人格になってしまうからです。あなたがあなたでなくなることが怖いのです。


 あなたがあなたでなくなってしまったら、あなたと私の距離は離れてしまいます。あくまでもあなたは私の分身なのです。私の気持ちを、なりたいものを、代弁し、伝えるための存在なのです。


 こんなことを言うのは作者として失格なのでしょう。ですが、どうかどうか私の気持ちを受けとってください。


 そして、私はあなたのことがもう書けないのです。ペンが握れないのです、紙に文字が書けないのです。なので、筆を折ることにしました。


 最後に私はあなたに手紙を書きました。


 本当に私の勝手ですがここにあなたに謝らせてください。本当に本当にごめんなさい。


 謹言




 そうだ、私はいつだって身勝手だ。何をやっても中途半端で、周りの人に迷惑をかけて。あなたが私の分身なのをいいことにこんな手紙を書いて。


 私はなんで、なんで、こんな人間なんだろう。後悔と懺悔の念しかない。


 空は相変わらずな空模様で、さっきより湿度が増したような気がした。


 そっとペンを机に置いて、封筒に入れて、私は横になった。



 今日、ここに筆を折るための最後の手紙を遺して私は夜の闇に呑まれていく。このペンと紙と手紙によってあなたにお別れを告げよう。

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ペンと紙と手紙 綿麻きぬ @wataasa_kinu

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