【KAC4】文字で紡ぐ君と僕との一ヶ月

しな

紙とペンそして彼女

 ようやく新しいクラスにも慣れてきた。


 友達も増え、知り合いがおらず孤独だった先月に比べれば今がどれだけ気楽なことか。

 そんなことを考えながら授業を聞いていた。


 ――気が付くと授業は残り数分となっていた。


「しまった。寝てしまった……」


 よりにもよってノートに板書を写さなければならない科目で居眠りをしてしまった。

 誰かにノートを見せてもらうしかこの最悪な状況から脱出する方法は無かった。


「あのさ……ノート見せてくれない?」


 隣の女子に尋ねるも反応が無かった。

 何度呼んでも無反応だった――まるで、俺が話しかけたのを知らないように。


 その時ふと思い出した。


 隣に座っているこの女子は椎名沙耶香しいなさやかと言って耳が全く聞こえないのだ。

 俺は考えてノートの後ろのページを切り離す。

 俺は切り離したノートに『ノート見せて』と書いて椎名に渡した。


 彼女は紙に気付くと無言でノートを差し出した。

 早急に写す作業を終えると、彼女に心の中でお礼を言いノートを返す。


 この日からオレと椎名は徐々に仲良くなり、よく話すようになった。

 彼女は、どうやら自分の話が他人に通じているかの確認が取れず、伝わらないのが嫌で喋るのをやめていた。

 その代わり彼女とは、"紙とペン"を用いて筆談をしていた。


 彼女は人とのコミュニケーションが可能だと知ってとても喜んだらしい。

 そんなことを繰り返していると、次第に仲良くなり外に一緒に遊びに行くということを覚えた。


 何度か遊びに行く内に彼女の事が好きになった。

 来週遊びに行く時に思いの丈を伝えようと決心した。


 そして、運命の日がやってきた。


 午前中のカフエでの勉強中だった。


 外では紙とペンはかさばるので、携帯のメッセージで会話していた。

 覚悟を決めて『椎名の事が好きだ。俺と付き合わないか?』そう送る。

 すぐさま彼女の方を見る。すると、照れているのか彼女の顔はほんの少し赤面していた。

 しばしの静寂の後、彼女は無言で頷いた。


 嬉しかった。


 カフェを出て近くのデパートで買い物をする事になった。

 楽しく洋服や文房具を見て回った。

 こんな時間が一生続けばいいのに――そう思った時だった。

 突如、付近から爆発音が聞こえた。 場所は分からなかったがすぐさま危険と判断しその場から避難しようと椎名の手を引く。


 すると、辺りにも火の手が回ってきていた。

 振り返ると既に周りを炎が覆っていて逃げ場はなかった。

 それどころか、さっきまで近くにいた椎名が見当たらなかった。


 必死に叫んだ。何度もメッセージを送った。


 だが、何一つ返事は無かった。

 無事を祈りつつも捜索を続ける。


 すると、自分の視界がぼやけ歪んでいくのを感じた。

 やがて、動く気力もなくなりその場に倒れる。

 意識が遠のいていき、視界がブラックアウトした。


 目が覚める。


 病院だった。

 どうやら、救急隊に助けられここに運ばれたという。


「沙耶香は? ……沙耶香は無事なんですか?」


 医者や周りにいる人全ての顔が険悪になった。

 その時点で何となく察した……が、認めたくなかった。

 付き合って最初の日に彼女が死んだことを。


 神を恨んだ。運命を恨んだ。自分を恨んだ。


 俺は自暴自棄になりやがて部屋に引き篭るようになった。

 学校にも行かず、ろくな食事もしなかった。


 それから数週間後。


 周りにいた人のおかげでなんとか立ち直ることができた。


 それから毎日、俺は沙耶香の墓を参った。


 そして、一週間に一度は彼女の家の仏壇を拝みに行った。


 それが、自分にできることと信じて。


 七月のある日の事だった。

 いつも通り墓を訪れ墓石に水をかける。


「今日は特に暑いな……どこも30℃超えらしい。どうだ?気持ちいいか?」


 ふと思い立ちカバンから一枚の紙とペンを取り出す。

『今日は暑いな。沙耶香は大丈夫か?』と、紙に書き墓に置いておく。


 翌日墓を訪れ俺は驚愕した。

 無いのだ。昨日書いて置いたはずの紙が無かった。

 その代わり、俺のとは少し違う一枚の紙が置いてあった。

 開いて見ると、『私は大丈夫。海斗君こそ体には気をつけてね』 と、沙耶香の字そのもので書いてあった。


 急いで紙とペンを取り出し『お前生きてたのか?』と書き置く。

 次の日も足を運ぶと昨日と同じ紙があった。

『私は死んじゃったけど、一ヶ月だけこうやって筆談することを許されたの』と書いてあった。

 嬉しさのあまり涙を零した。


 その日から俺は、毎日が楽しみだった。

 死んだ彼女と、手紙だけでも存在を近くに感じることが出来た。

 それから、周りで起きていること、自分の事や他愛ない話を楽しんだ。


 そして、何日が経っただろうか。

 暦は既に八月へと変わっていた。


 その日から彼女の手紙からどこか寂しさや悲しさを感じるようになった。

 それでも俺は彼女との時間を大事にするために話し続けた。


 その日の手紙はいつもとは違った。


『とうとう明日で最後みたいなの……』


 物事には始まりがあれば終わりがある。人の人生も同じで、この世に性を受けてどれだけ頑張って生きてもいつかは死ぬ。



 ――必ず終わりはやってくる。


 分かっていた。

 分かっていたが知りたくなかった。


 最後の手紙、何を書くべきかはもう決まっていた。

 俺が一番伝えたかったこと。


 翌日、俺は重い足取りで沙耶香の墓へと向かった。

 墓に着くとポケットから紙を一枚出し、墓へと置く。


 そして、最後の日。


 沙耶香の墓にはいつもの紙は見当たらなかった 。

 そんなはずはないと周りを探し続けた。

 しかし、紙は見つからなかった。


「最後に伝えたかった……一番……何よりも伝えたかったのに……もう、伝えられない」


 俺は涙を流しながら、声にならない声で叫んだ。

 その時、背後から足音が聞こえた。

 振り向くと、そこには16歳ほどの少女が立っていた。

 艶やかな濡れ羽色の長髪に、漆黒の双眸の彼女は、椎名沙耶香本人だった。


「沙耶香……何で……ここに」


「わがまま言って来ちゃった」


 彼女は、優しい笑みを浮かべて言った。


 初めてだった。彼女の声をこの耳で聞いたのは。


「最後に伝えたかった事って何かな?」


 俺の独り言を聞いていたのか定かではないが、俺の気持ちを伝える千載一遇のチャンスだった。

 深く深呼吸をし呼吸を整える。


「……愛してる。この先もずっと沙耶香のことを……」


 すると、沙耶香の目尻から光る雫のようなものが零れ落ちた。


「泣かないって決めてたんだけどなぁ……」


 そう言うと沙耶香はしきりに目を擦った。


「じゃあ……私も最後に伝えるね……ありがとう。そして……さようなら」


 すると、沙耶香の体の周りが光り始め体は光の粒へと形を変えていった。

 すぐさま沙耶香の元へ駆け寄り、固く抱擁する。


「大好きだ。……これからもずっと、沙耶香のことは忘れない」


「私も……絶対に忘れない。海斗君のこと……」


 いつしか、俺の腕の中には沙耶香はいなくなっていた。


 あの不思議な一ヶ月を忘れない。


 今日も俺は、紙とペンを持って彼女の墓へと足を運ぶ――













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC4】文字で紡ぐ君と僕との一ヶ月 しな @asuno_kyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ