空想銀河世界
朝凪 凜
第1話
少女が一人いました。
そこには他に誰もいませんでした。
そこには他に何もありませんでした。
そんな中、少女がただ一人存在している。それだけでした。
少女は色々な世界をのぞき見ることが出来ました。
科学と魔法が共存する世界。
魔物が人間を滅ぼし、混沌となった世界。
科学技術が人間の想像を凌駕する世界。
その中の一つ、とある世界を覗いていた時、
「この世界に行ってみたい」
そう思ったことが全ての始まりでした。
* * *
少女の目の前が暗転し、気がつけば道端に座り込んでいた。
「どうしたの、大丈夫? 転んだ? 早くしないと遅刻しちゃうよ?」
そう声を掛けてきたのは、先ほど覗いていた世界の制服を着た女の子だった。
少女は目を白黒させてこの状況を把握しようとする。
目の前にあるのは学校。自分もその女の子と同じ制服を着ている。
そしてここは……。
どうやら先ほどのつぶやきが、このようなことになったらしい。
今までそんなことは一度も無かったので、認識するのに時間が掛かった。
この世界で、少女はこの世界の住人の一人となった。しかし、この一日だけであるという警鐘が頭の中から響く。
声を掛けてくれた女の子は数歩先で待っていてくれた。
少女は手を伸ばすと、女の子が手を取って引っ張り上げてくれる。
「ありがとう……」
言葉は分かっていた。どの世界を覗いていてもなぜか言葉は理解できていた。
何とか立ち上がって膝をぽんぽんと叩く。
その様子を見て、女の子は、
「それじゃあね、遅刻しないようにね」
と、もう大丈夫だろうと思って校門へ走って行った。
少女は学校へ入り、なぜか用意されていたように教室へ行き、席に座る。経験はないのに記憶にはなぜかあるのだ。
* * *
授業は滞りなく進められ、少女の知らない勉強は無かった。そのまま放課後となった。
「今日この後予定ある? 無かったら夏祭りに行こう!」
そう声を掛けてくれたのはポニーテールの闊達そうな女の子だった。
少女はこくりと頷き、承諾した。
そのまま近くにある夏祭りの会場までお喋りをした。
とはいっても殆どは女の子がずっと喋っているのに相づちを打ったり、頷いたりするくらいしかしていない。
していないのだが、人と話すということがとても嬉しかった。とても楽しかった。
日も暮れ、夏祭りの会場まで来ると、人が多く離れないようにと女の子と手を繋いで歩き回った。
終始ニコニコけたけた笑いながら女の子は遊び、それにつられて笑ってしまう少女。
そして、日が完全に沈んで少ししたところで
「そろそろ花火が上がるよ。いこ」
手を引っ張られ、大勢の人の波をかき分けていく。
裏山の方に廻って人も大分少なくなったところで女の子が話しかけてくれる。
「今日はね、もしかしたら駄目かもしれないって思ってたんだ。前もって話もしてなかったし、もしかして他の人と行くのかなとか、何か用があるかなとか。でも誘えて良かった」
「私も、楽しかった。今までで一番……」
「まだ最後の花火が残っているよ。ほら――」
そう指を指した先に花火が上がった。
大きな大きな音を立てて、目の前いっぱいに広がる色とりどりの光。
記憶としてはあるが、実際に目で見たことは当然ながら初めてだ。
ずっとそれを眺めていた。花火と、隣にいる女の子と。
この女の子は少女のことを知っている。それは新たな記憶として付加されたのか、それとも少女の方が元々いた別の子と入れ替わっているだけなのか、それは分からない。
しかし、それでも、この日だけはしっかりと目に焼き付けようとした。
そう思ったら視界が急にぼやけてきた。
涙がいつの間にか流れていた。
「戻りたくない……。帰りたくない……」
そんなことは無理だと分かっていた。分かっていたが、またあの誰もいない何も無い世界に戻ると思うと、否定するしか無かった。
いつの間にか花火は終わっていた。
女の子もこちらを見て笑ってくれた。少女はその女の子に別れは言いたくなかった。そのまま笑っていて欲しかった。
それでも、少女が泣きながら女の子にしがみついていると
「いっぱい泣いて、泣いた後はいっぱい笑お。だから、この先笑えるように、今は沢山泣いていいよ」
女の子は少女の頭を優しく包み、そっと撫でた。
しばらく泣いて、涙も涸れた頃には泣き止んでいた。
「ありがとう。今日は忘れない。一生忘れないからね。ちょっと遠くに行くけど、また会おうね」
泣き腫らした顔で笑おうとするがやはりうまく笑えない。
そんな顔を見た女の子はもう一度少女を抱きしめた。
「うん、また、またきっと会おうね」
そうして、帰り道で別れて少女は戻ってきてしまった。たった一人の世界へ。あその日一日で、少女は遊んで、笑って、お喋りして、泣いて、そこにいた。
なんということはない世界。それでも今まで覗いてきた世界の中で一番だった。
空想銀河世界 朝凪 凜 @rin7n
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