神絵師の腕を食べたい

時任西瓜

紙とペンと神絵師の腕

 絵を描くのに必要なものはいたってシンプル、紙と、ペンと、腕の良さ。だけどそれらが必ずしも必要という訳じゃない、良い紙がなくともチラシの裏だって充分キャンバスになるし、ペンだってシャープペンシルから鉛筆、ボールペンまで、人それぞれだ。たったひとつ、換えが効かないのは、腕、すなわち技術。そう、腕がなければ人を惹きつける絵は描けない、私のように。

 休日の昼下がり、突然自宅に届けられた大ぶりのダンボール箱。宅急便のお兄さんをねぎらい、受け取ったものの、心当たりのない荷物に私は戸惑った。しかし、伝票に記された送り主を見てハッとする、まさか、本当に届くなんて、信じられない。ずしり、箱が急に重く感じられたような気がした、だって、この箱の中身は__。

 『神絵師の腕、販売します。』いつものようにインターネットの海を巡回していると、そんな売り文句を掲げたページにたどり着いていた。商品画像などはなく、詳細な情報もない、その割に値段はかなり高額で、もちろん購入者のレビューもない、怪しいページだ。それなのに、気づけば私の右腕は購入ボタンへ伸びていた。

 神絵師の腕を食べたい、それは絵を描く人達が使う冗談の一つだ、神様のように上手い絵を描く人を神絵師とし、その人の腕を食べれたら、自分の絵も同じように上手くなるだろう、というただの言葉遊びで、カニバリズムではない、きっとこの商品も腕の模型だとか、腕と名前に称しただけの普通の食肉だとかの、くだらないジョークグッズだろう。完全に興味本位で、SNSのネタになればいいな、そんなことを考えながら、私は日常に戻っていった。

 注文したのは何ヶ月か前だったのですっかり忘れていた、もとより中身には大した期待はしていないので別にいいけれど。さて、箱をリビングに運び、カッターでガムテープをなぞるようにして切った、ドキドキしながら蓋を開くと、不透明の緩衝材が敷き詰められている。肩すかしを食らいながらも、この下にお目当ての神絵師の腕が眠っていると思えば、胸は再び素早い心拍を始める。今度こそ、と緩衝材を取り除いていけば、それは姿を現した。

 人の腕だ。正確に言うと、肘の関節のところあたりで切られている。やはり模型か、と思いつつ、色白の肌に浮き出た血管の感じや、シワやペンだこなど、細かなところまで作りこまれている、想像以上に高いクオリティからあの値段設定の理由を理解し、圧巻されていると、模型の手が何かを握っていることに気がついた。取ってみると、それはメッセージカードだった。


 神絵師の腕をお買い上げ頂き、ありがとうございます。煮るなり焼くなり、お好きなようにお使いください。


 販売者の人は相当なセンスの持ち主だろう、そうだ、このメッセージカードも合わせて写真を撮って、SNSに上げよう。私は模型の手を箱の中から移動させるため、腕を掴んだ、ぴたり、ぺたり、リアルな感触が私を襲う、まるで本物の人の肌のような触り心地に、びっくりして一度手を離してしまう。ぽふん、腕は緩衝材の上に落ちた。

いや、本物な訳がない、きっとそういう特殊な素材なんだろう、もう一度腕を掴み、やや不快な感覚の中、腕を箱から出すことに成功する、が、私は再び腕を手放し、今度は床に落とすこととなった、重みのある音が部屋に響く。腕の断面だ、断面がリアルすぎた、実物を見たことはないけれど、概ねこのようなものだろうと想像してたから分かる、皮膚、肉、骨、どれをとっても現実的で、赤黒く固まった血だまりのような箇所は時間の経過を物語っているようにも見え、嫌な想像を掻き立てさせる。

 まさか、本当に人の腕だっていうの。手元にあったメッセージカードに目がいく。煮るなり焼くなり、これはつまり、そういうことなんだろうか、あの言葉通り、腕を__そんなこと、できるわけない、でも、もし、それで絵が上手くなるとしたら? 頭の中で想像した通りの絵を、現実で再現できたとしたら、沢山の人に注目してもらえるとしたら、有名になって、尊敬されて、お金がもらえて、私は。

 はらり、メッセージカードが私の手から滑り落ち、くるりくるりと空中を舞って、裏側の面を上にして着地する、そこにも、文字は書いてあった。


 びっくりさせてしまいましたか?

こちらの商品はリアルな神絵師の腕、をテーマにした、シリコン製の模型となっております。指は可動しますので、ぜひイラストのモデルとしてご活用ください。腕を食べたって、絵は上手くなりませんよ。

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神絵師の腕を食べたい 時任西瓜 @Tokitosuika

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