黒髪の魔女は暗闇を恐れている。
ジップ
プロローグ ― ちょっと危険な囮捜査
光は闇の中に輝いている。そして闇はこれに勝てなかった。
-― ヨハネ福音書 1章5節 ――
暗雲の隙間から雷の光が見え隠れしていた。
窓に不穏な空の様子が映り込む。
時折、雷の輝きが必死で走る侵入者の影と、それを追う屋敷の番人たちの影が映った。
番人たちは、奇妙な動きを繰り返し侵入者の後を追う。
侵入者の男は、出口を探して必死に通路を走った。
着込んでいる黒いスーツは所々破れ、ボロボロだ。
なんで、こんな事に……。
追ってくるのは、人間ではない。不思議な仕組みで動く木の人形たちだ。
木製の顔には目と口を模した彫り込まれていたが表情もなく、その手には凶器が握られていた。凶器は、ナイフや肉切り包丁、鋭く尖った金属片と様々。どれも振り下ろされたらただではすまないものばかりだった。
一体、この奇妙な機械たちは、なにで相手を認識しているのだろうか?
男がそんな事を考えながら必死に走っていると正面に別の人形が現れ行く手を塞いだ。
それを避けて左に曲がる通路に逃げ込と行き止まりだ。
「嘘だろ……」
合流した人形たちは数を増して男に迫る。
男は行き止まりを背にするとホルスターから
一発目は外したが二発目は命中! 9mmパラベラム弾が頭を吹き飛ばし、床に細かい木片が飛び散った。
頭を無くしたオートマタは後から来るオートマタたちの邪魔になっていたが、そのうち他のオートマタたちに蹴りどかされてしまう。
女は、次々と迫るオートマタに向けてP226を撃ち続けた。9ミリ弾は人形を破損させるものの、動きを完全に止めることはできない。
そして、とうとう9ミリ弾が尽きてしまう。
最後の抵抗として、弾を撃ち尽くしたP226を人形にに投げつけたが、当然なんのダメージも与えることはできなかった、虚しくP226が床に転がる。
もう武器はもうない!
「先輩! まだでしょうか!」
男はイヤフォンマイクに大声で呼びかけた。だが、返事は返ってこない。
男は、覚悟を決めて拳を構えた。
その時だ。
「よくやった。神成捜査官。あとは任せろ」
どこからか凛とした女の声が聞こえてきた。
「ああ……それから急いで伏せてくれないか」
「え?」
背後から熱を感じ、慌ててお事は床に伏せた。
壁が突き破られたかと思うと煙と高温の炎が人形たちめがけて吹きつけられるた。
炎は、ほぼ一瞬で動いていた人形たちを黒く焼き尽くしてしまう。
「うわ……スゲエ」
床に伏せながらその光景を見つめる神成。背中と髪がちょっと焦げ臭い。
「大丈夫かい?」
大きく空いた壁の穴から出てきたのは黒髪のショートヘアに青い瞳。黒いスーツとシャツを着た若い女だった。
「タチアナ先輩……なんか頭が焦げ臭いっすけど。ちょっと熱いし」
「ん? 気のせいだよ。さあ」
タチアナは、表情を変えずにそう言うと神成に手をさしだした。
「あとは、犯人を挙げるだけだが……」
灰になった人形の残骸を見ると其の中で動いているものが見える。それは残骸から必死に這い出そうとしているた男だった。
「やはり、人形たちに紛れていたか!」
起き上がった神成は、男に飛びかかる!
「どりゃああああ! 一本!」
抵抗する男を一本背負いで投げ倒した!
倒れた男の上に乗り、右腕を背中に捻り上げる。
「"人形使い"! 連続窃盗及び殺人容疑で身柄を確保する!」
4週間前 ――
「出向ですか?」
交番勤務の
「最近の神成君の実績を受けてのものでね。辞退も可能だけど」
実績? なにかしたっけ? 誰かと間違えてないか?
そんな事を考えながら神成は、署長の話を聞いていた。
「出向先は……えーと」
署長は、書類を見直す。
「それが海外なんだよね」
「え? 海外?」
「特殊な捜査機関らしくてね。私もよくわかっていなんだがとにかくすごいとこらしいよ」
そう言って警察署長は笑った。
前々から思っていたが、この署長はどこかゆるい。
それにしても海外の捜査機関って? インターポールみたいなものだろうか?
確かに語学力なら多少あるが……にしても
「あの……署長。自分なんかがよろしいんでしょうか?」
「それが何故か相手側からのリクエストでね。どうやって調べたんだろうね。インターネットとかでかな。便利な世の中になったよねぇ。ああ、ところで、神成君……ああ、彼女とかいるの?」
「半年前に別れたばかりであります!」
「なら、ちょうどいいね。長期の海外滞在になるし」
簡単に言うな!
「特別手当も出るし、別に滞在費も支給される。それに日本に戻ったら昇進は間違いないから」
「ええ? 昇進ですか?」
昇進か……それに滞在費支給なら給料は手付かずで残るし、それもおいしい。
「謹んでお受けします!」
ほんの少しの好奇心と勢いで返事をしたのが運の尽き。
その後、研修として
世の中、そんなに甘いものじゃなかった。
そして彼、神成朝斗が出向したのは、"ユースティティア・デウス"という聞いたこともない国際捜査機関なのだった。
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