第13話 ドット柄の寒暖差
「あっ」彼女が小さく声を上げた。
「ん?どうした?」彼女は黙って上を見上げている。
「ねえ、ひろくん」
「ん?」
彼女はきっと、二階へ行きたいと言うのだろう。
きらきらとした目で二階へと続く階段を眺めているから、すぐわかる。
彼女の考えていることが手に取るようにわかるのは、
きっと一緒の時間を長く過ごしてきたからだろう。
「二階へ行きたいの」
―ほらね、予想的中。
「うん、いいよ。行ってみようか」
僕は彼女と、二階へと続く階段を上った。手すりは、金色の輝きを放っていた。
「すごい…!手すり、金色!」
彼女は手すりにさえも感動していた。どこまで純粋なんだ。
階段を上った先には、色々な画家の絵画が展示してあった。
まず目に飛び込んできたのは、縦長の額縁に収められている絵だった。
とても温かみのある色使いをしていて、橙色や黄色を基調としたドット柄だった。
「ドット柄だ!綺麗…」
「本当だ。綺麗だね」
「色使いがすごい。綺麗だし、オレンジや黄色を上手く使ってるというか…」
―それはつまり、配色のことなのかな。僕にはよくわからないけれど。
「配色が絶妙だってこと?」
「うん。まあ、そういうこと」
彼女は笑った。
「それに、丁寧な感じする」
「確かに。雑だったら、こんな綺麗なもの作れないもんな」
僕がそう言うと、彼女が堪えきれずに吹き出した。
「何だよ?僕、そんな可笑しいこと言った?」
「ううん、そうじゃなくて」
「じゃあ、なんだよ」
「雑って…」
ふふ、と笑う彼女を見て、つい笑ってしまった。
「そりゃあ、雑だったらこんな綺麗なもの作れないだろうし、
何より丁寧さも見えてこないよ。それに…」
「それに?」
「何度も何度も同じことの積み重ねの作業だと思うから、雑な人には耐えられないかも」
「確かに」
「飽きちゃうと思うんだよね。単純作業とはいっても、
何度も何度も繰り返さなきゃいけないし」
「そうだね。飽きるかもしれないけど、疲れてきちゃったりするんじゃないか?
何度も同じことしてるから」
「そうだねえ」
彼女は頷いた。
「でも、好きなことだからずっとやり続けられるんじゃないかな。
集中力が途切れずに没頭できるって、よっぽど好きなことじゃないとできないと思う」
「そうだよな…好きなことだったら、誰だって時間を忘れるぐらい没頭できるだろうし」
僕は考え込むようにして言った。
「暖色系の明るい色だね、オレンジと黄色って」
彼女が、絵を見て目を細めながら言った。
「うん、そうだね」
「見てるだけで和むっていうか…和む、とはちょっと意味が違ってくるかもしれないけど…
うーん、なんていうのかな…。暖色系の色を見ていると、心がぽかぽかする、じゃないけど、
なんかこう、暖まる感じ、ない?」
「あるある。オレンジもそうだけど、黄色は特に、明るくて眩しい色だよね。
太陽の色、みたいな」
僕の太陽を縁取る暖かで眩しい色―黄色だ。
そしてその眩しい黄色の柔らかなオーラを放つのは、まさしく君だ、心愛ちゃん。
「そうそう、まさしく太陽の色!
なんかね、黄色とかオレンジって、希望の色みたいじゃない?
希望の光みたいな、イメージカラーというか」
そうだよ、まさしく、君は希望の光のイメージカラーを纏った、僕の太陽なんだよ。
君は僕の、希望。
「うんうん。希望の光って、黄色ってイメージだよね。
逆に黄色意外、希望の光には当てはまらないって感じ」
「どうやったらこんな暖かみのある色を出せるんだろう」
「確かに」
「ねえ、さっきからひろくん、確かに、ばっかり言ってる」
「えっ、そうかな?」
「うん、そればっかり」
彼女は笑っていた。
「黄色とオレンジだけで描いてるんだよね。きっと、これ」
彼女がドット柄を見て言った。
「たぶんね。わかんないけど」
「もしかしたら、他の色も混ぜてるかも」
「えっ、そうなの?」
僕が彼女を見ると、彼女は考え込んでいた。
「そうなの?って、わかんないよ。美術に詳しくないし」
「なんだ」
「なんだ、ってなに?ひどーい!」
彼女は頬を膨らませた。
「ごめんごめん。でも、黄色とオレンジだけでこれだけの絵を描いているとしたら、
それはそれですごいよな」
「うん、すごい」
僕は彼女と、暖色のドット柄を見上げた。
画家の名前は知らないものだった。
素人ながら失礼なことを言うが、恐らく、無名の画家だろう。
「やっぱりすごいなあ」
「すごいって?」
「芸術家って、こんなにすごい、人を惹きつけるかのような何かを創れるって、すごいなって」
「僕もそう思うよ。芸術家って、なんだか別世界に住んでる人、みたいな感じがするんだよね。特別感が漂ってる、みたいな」
「うん、何故か惹きつけられちゃう」
「あっ、心愛ちゃん!こっちにもあるよ、ドット柄」
「え…?あ!本当だ」
今見た暖色のドット柄とは打って変わって、今度は青と緑が基調となっている。
「こっちは、寒色系!」
「そうだね。青と緑の中間色、かな?」
「うん、そうかも…!」
「寒色系って、冷たいというか寒い感じのイメージだよね」
「ふふ」
「なんだよ、急に笑いだして」
「だって…そのままなんだもん」
「そのまま?」
「うん。寒色系って、冷たくて寒いイメージだね、って」
「だって、その通りだろ?」
僕は彼女に言った。
「うん、その通り」
彼女は笑いながら、寒色系のドット柄を見た。
「暖色系のドット柄もそうだけど」
彼女が、静かに語りだした。
「何故か、見た瞬間引き込まれていく感じがするんだよね。
すーっと、引き込まれていくこの感じ。不思議だなあ~」
「うん、わかる気がする」
僕は頷いた。
美術や芸術に全く関心のない僕でさえも、目の前のドット柄を見ただけで、
彼女の言う『引き込まれる何か』を感じた。
その正体というのものは何なのかは、わからないが。
「表現力がすごいと思うの。普通の人には表現しきれない『何か』が溢れてる。
他の人には出せないものを創り出せるということは、本当にすごいと思う。
芸術家は特に、表現力に長けている人が多いと思う」
「そうだね。『創造力』があるんだよね、きっと。
創りたいものを創るって、案外難しいと思うんだよ。
創っていくうちにどこかが少しずつずれていって、
出来上がったときには思い描いていたものじゃなくなってたり、
考えが変化して全く別の物が出来上がってたり。
思い描いていたものを実際形にしてみると、何かが違う、って思うことも
少なからずあると思うんだよね」
「自分の納得のいくものができるまで悩み続けて、
試行錯誤を繰り返していくんだろうなと思うの。とても大変な作業…」
「でも、その作業を繰り返し行っていくから素晴らしい作品(もの)ができるんじゃないかな」
「そうだよねえ。すごい忍耐力…」
「だね。面倒くさがり屋に八まず、無理だね。もちろん、雑な人も耐えられない」
「大雑把な人もね」
僕と彼女は、顔を見合わせて笑った。
「あ、そういえば」
僕は、さっきの彼女の言葉を思い出した。
「普通の人には表現しきれない『何か』って何?さっき言ってただろ?」
「よくわかんない」
「よくわかんないって…」
「あえて言葉にしたら、情熱、とか…?でも、なんか違うような…」
うーん、よくわかんない、と彼女は考えながら言った。
彼女はたまに、不思議なことを言う。
意味深なことを急に言ったりするからいつも彼女には驚かされてばかりだけど、
当の本人は全く気付いていないらしい。恐らく、無自覚なのだろう。
「美術館に展示されるって、すごいよね。なかなかできるようなことじゃない」
「だよね。それほど、魅力的なんだろうな」
「うんうん。たくさんの人を魅了する、っていうか」
彼女は大きく頷いた。
『作品を創る』ということに関してはとても熱心な彼女。
文章を書いて良いものを創ることに重きを置いている彼女のことだ。
熱心に絵画を見ているのは、そのせいでもあるだろう。
芸術家と作家では、もちろん作る作品は全く違う。
けれども根本は一緒だ、と彼女はいつも言っている。
創り出す作品は違えど、熱く燃えさかる炎のように、情熱の炎は消えることはない、と。
ー「芸術家だろうと誰だろうと関係ない。夢を持った人間に共通しているのは、
熱き情熱の炎、ただそれだけ。それだけが、
彼女は以前、そう強く語っていた。夢を語る人は、強いと思う。
しっかりと前を向いて、未来を見据えているかのように感じた。
どうしたらそんなに、強くなれるのだろうか。
今度、心の強さの秘訣を教えてもらおうかな。
そんなことを思いながら僕は、ドット柄の絵を近くでまじまじと見つめ、
目に焼き付けている彼女をじっと見つめた。
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