でとねーたーず!!vol.2

維 黎

紙とペンとドラゴンと追加で爆裂魔術

魔術が付与された巻物マジック・スクロールは、元となる紙の質によって出来、不出来が変わってくるのよね」

「へぇ」


炸裂魔弾バースト・ショット】!!!


「一般的な物は、羊皮紙に粉末状にした魔鉱石を混ぜ込んだ、特殊なインクで術式を書いたものなの。ライトとかファイアとかの初歩魔術が付与されているやつかな。この手の巻物スクロールは魔術の素養がない一般の人でも、発動の合言葉キーワードを唱えるだけで使うことができるんだ」

「ふむふむ」


烈風刃ウィンド・ブレイド】!!!


「初歩・初級の魔術なら普通の羊皮紙で良いんだけど、中級魔術の巻物ミドル・スクロールを作るには、上質の羊皮紙じゃないとダメ。術の発動に耐えられないから。具体的に言うと、上質の羊皮紙を魔法液に三日三晩けて魔術的処置をほどこした紙を使うの」

「そうなんだ」


強酸の矢アシッド・アロー】!!!


「あと付与術師エンチャンター実力うでも必要かな。付与術エンチャントは結構な特殊技能だから。初級魔術の巻物ロー・スクロールだとそんなに関係ないけどね。中級魔術の巻物ミドル・スクロールを作成できれば一流の付与術師エンチャンターってことになるんだよ」

「奥が深いんだね」


致死の雲デス・クラウド】!!!


「で、ここからが本題。上級魔術の巻物ハイ・スクロールを作るには竜種族ドラゴンの皮で出来た竜皮紙と、"竜牙の筆"って言う特殊な魔術道具マジックアイテムがいるの。竜の牙で作られた特殊なペンね。この"竜牙の筆"を使うと――って、さっきからうっとーしー!!」


火炎球ファイア・ボールぅぅぅぅぅぅ】!!!


 子供たちが遊ぶ蹴鞠けまりを二周りほど大きくした火炎の球が、サソリに似た昆虫型の怪物モンスターに炸裂して炎上、周囲を赤く照らす。


「ちょ、ちょっと、チェシカ!! 広範囲に威力のある魔術はダメだよ! 崩れたらどうすんのさ!!」


 背に羽を生やした少年とも少女ともとれる中性的な小人が、パラパラと小石が落ちてきた様子に、目の前の少女に向かって慌てたように注意する。


「だってさー。私の説明を良いとこでイチイチ途切れさせるんだもん! 多少、イラッとして『世界をふっ飛ばしたいなぁ』って思っても仕方ないじゃない!!」

「仕方あるよ!!」

「えー!」


 不服そうに頬を膨らます少女の名は"チェルシルリカ・フォン・デュターミリア"。親しい人たちからはチェシカと呼ばれる魔術師だ。

 小人の方は、妖精種フェアリーのヒュノル。


 ここはとある洞窟。

 たまたま立ち寄った村で『一週間ほど前に、近くの洞窟に竜種族ドラゴンが棲みついた』という話を耳にした。

 この話を聞いたチェシカは、


「ど、超優良素材ドラゴン!?」


 と、ヨダレを垂らさんばかりの表情で「詳しく聞かせて!!」とその場で叫んだ。

 竜種族ドラゴン

 生物として最強の一角をになうその名を知らぬ者はいないだろう。

 冒険者の誰もが、一度は"竜殺しの勇者ドラゴン・スレイヤー"の称号を夢見ると言っても過言ではない。

 そして竜種族ドラゴンと言えば、爪先つまさきから尻尾の端に至るまで、全身が魔法道具マジックアイテムの材料だ。もちろん、武防具にも使われる。

 倒すのは非常に困難ではあるが、それを果たしたときの見返りは大きい。


 村人たちから話をいている間、彼女の両の瞳に"GGゴールド"が浮かんでいたことを、ヒュノルだけは知っていた。

 で、表向きは竜種族ドラゴン退治という名目、実際は竜種族そざい退治かいしゅうという下心ダダ漏れの状態で、竜種族ドラゴンが棲む洞窟までやって来た――というわけだ。



 しばらく歩くと、広い空間に出た。


「ドラゴン♪ ドラゴン♪ どらどらごん♪」

 

 その空間に、チェシカのご機嫌な歌が反響し、先へ続く洞窟に流れていく。


「ドラゴン♪ ドラゴン♪ どらごんごん♪」

「……ちょっと、チェシカ」

「ドラゴン♪ ドラゴン♪ どどんがごん♪」

「……チェシカってば!」

「ドラゴン♪ ドラ――」

「って、僕の話を聞いてよ、チェシカ! あと、その下手っぴーで音痴な歌もやめて! 頭蓋ずがいに響くから!!」


 ふわふわと後ろで飛んでいたヒュノルは、チェシカの前に回りこむと、その小さな体の手足をジタバタさせながら、抗議する。


「えー! せっかく楽しく歌ってたのにぃ」

「君が楽しくても、君の歌は周りぼくには迷惑なんだよ!」


 チェシカは「むー!」と唇を尖らせる。

 音程外れの歌姫ノイズ・シンガーの異名は彼女の数あるあざなの内の一つだ。

 と、その時、


「なんやねんなぁ、今の酷い騒音わぁ。ゆっくり寝てられへんやん」


 洞窟の奥からそんな言葉が聞こえてきた。

 チェシカとヒュノルは顔を見合わせる。二人の他にこの洞窟に向かった者がいるという話は訊いていない。


「誰か人間がいるなんて気づかなかった。こんな近くなのに気配がわからなかったなんて」


 声のした方向を眺めながら、ヒュノルは首を傾げる。風に属する妖精種フェアリーであるヒュノルは、探索能力に優れた種族だ。その彼に気配を悟らせない人間となると只者ではない。


「ちゃいまっせ。ワテは人間やあらしまへん。竜種族ドラゴンでっせ」


 ノシノシと足音を響かせながら姿を現したのは、一匹の竜種族風の何かだった。

 大地を踏みしめるしっかりとした太い脚。ずんぐりむっくりな胴体。そこから伸びる長い首。

 パッと見は、地竜の竜種族アース・ドラゴンに似ていた。ただ竜種族ドラゴンと呼ぶにはいくつかの疑問点がある。

 まず鱗に覆われていないこと。その肌はプルプルというか、モチモチというか、弾力性が感じられる。

 次に人語を介していること。 

 人間の言葉に限らず、エルフ語やドワーフ語などを話す知性の高い竜種族ドラゴンは確かにいる。しかしそれらは、古代上位種の竜種族エンシェント・ドラゴンに限られてくる。

 翼竜は別にして、翼が無く飛行出来ないものは下位種の竜種族ロー・ドラゴンと呼ばれ知性も獣並み程度だ。目の前にいる自称ドラゴンも翼は無く、とても飛べるようには見えない。にもかかわらず人間の言葉を話している。ずいぶんとなまりはひどいが。


「これ、ホントに竜種族ドラゴンなのかしら? なんか、こう――私が知ってるのとは、ずいぶん違うんだけど。希少種レアなのかな?」

「うーん。僕もこんな種のやつ、訊いた事もないなぁ」

「こう見えてもれっきとした竜種族ドラゴンでっせ。なんや人間からは幻の竜皮種ペーパー・ドラゴンとか言われてとるようやけど」

「えっ! ホントにアンタ幻の竜皮種ペーパー・ドラゴンなの? 魔術協会特別保護指定アソシエーションプロテクトの!?」


 魔術協会特別保護指定アソシエーションプロテクト

 元来、魔術道具マジック・アイテムの素材は、貴重性、希少性が高い物ばかりだ。当然、莫大な価値があり乱獲などが横行すればすぐに枯渇してしまう。それを防ぐ為に魔術協会が、特定のアイテムを指定し保護している。希少種の動植物も例外ではない。

 もし、この保護指定品を不当に採取、扱いをすれば最悪、国際指名手配を受けかねないほどの重要案件である。


希少種レアどころか激希少種スペシャルじゃん。なんでこんな人里近くに棲みついてるのよ? 狩るわよ――じゃない。狩られるわよ?」


 思わずポロリと本音が洩れるチェシカ。

 そう。いくら法的な保護がされていようと、不当に採取する者がいなくなるわけではない。


「実はワテ、"戻らずの森"に棲んどるモンやけど、この間、成竜式を迎えましてん。で、幼竜の卒業記念に一人で卒業旅行に来たねんけど、急に脱気だっけづきましてな。仕方なしに脱皮することにしたんですわ。で、ちょうど良い洞窟があったもんやさかい、ちょっと間借りしようか思いましてな」


 えへへへっ♪ と照れくさそうに笑う幻の竜皮種ペーパー・ドラゴン


「――なによ、その人間臭さは。竜が卒業旅行ってなに? 魔道学院の女子生徒じゃあるまいし。それに脱気だっけづくって、馬が産気づくみたいに言われてもね」

 

 チェシカはよくわからない脱力感に包まれていた。


幻の竜皮種ペーパー・ドラゴン全部がこんな性格なのか、この固体だけがそうなのか」


 ヒュノルもしみじみと見上げながら「種族性ならヤダな」とこぼす。

 パンパン、という音共に「うっし!」とチェシカが気合いを入れなおす。


「まぁ、とにかく、無事脱皮は終わったの? だったら、良ければその脱皮した皮を貰って帰りたいんだけど?」

「えー、もって帰るんかいなぁ? なんかちょっとなぁ。綺麗なモンちゃうし、こう、恥ずかしいやん?」

「ええやんか。アンタには必要ないもんやろ? それに人間にとっては、綺麗やし、ごっつー価値のあるもんなんやで?」


 ワザとなのかつられたのか、チェシカの言葉もずいぶんとなまりだした。


「――チェシカ、なんでそんな口調になってんの?」

「別に、単なるノリよノリ。――それじゃ、こうしましょう。もし脱皮した皮をくれたら、私たちが"戻らずの森"の入り口まで護衛してあげる。アンタ、悪い人間に見つかったら、問答無用で狩られるわよ。っていうか、よくここまで無事だったわね」





 幻の竜皮種ペーパー・ドラゴンの脱皮した皮は、薄い水色をしたとても綺麗なものだ。"竜の羽衣はごろも"とも呼ばれるその皮は、数え切れないほどの用途がある。価値としてはやかたレベルの一軒家が建つほどだ。

 魔術協会特別保護指定アソシエーションプロテクトに認定されるだけの価値は十二分にある。


 幻の竜皮種ペーパー・ドラゴンを"戻らずの森"まで送る途中に、いろいろ紆余曲折うよきょくせつあったが、結論を言えば無事に送り届けることができた。

 チェシカたちはかなりの金額を手に入れることができ、それを元手に竜皮紙と竜牙の筆を購入した。


「ヒュノル、対人検索チェックはオーケー?」

「辺りに人の気配はないよ」

「よしよし。では、実験を始めましょう!!」

「でも、チェシカ。付与術エンチャントなんて出来るの?」

「一応、昔に帝法魔道学院がっこうで、チラッと基礎学はやったわ。最高の素材も手に入れたし、後は術式スペルを書き込むだけよ」


 そう言うと竜皮紙に竜牙の筆を使って、術式を書き込んでいく。

 

「それじゃぁ、いくわよぉぉぉ! 【接続アクセス】!」


 力ある言葉カオスワードに呼応して巻物スクロールに書かれた数行の術式が輝きだす。


「【発動ロード】! 【多重魔核爆裂陣メガ・エクスプロージョン】!!」



 そもそも、攻撃系上級魔術の巻物ハイ・スクロールは市場には出回っていない。なぜか? それは危険性もさることながら、制作が非常に困難だからだ。

 当たり前のことだが、巻物スクロールを作るには付与する魔術が使えなくてはならない。上級魔術自体、使いこなすのは容易ではないし、上級魔術の付与ふよとなると更に難しさは跳ね上がる。

 結論。

 チェシカの女魔術師ウィッチとしての技量レベルは申し分ないが、付与術師エンチャンターとしては、並みの腕前レベルぶそくということが判明した。


 余談だが、この日を境に"戻らずの森"近くにある街で、街中をうろつく包帯人間の噂が広まっていた。



                        ――了――

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