6-2 ~討伐するかされるか~

 悪魔の暴走、教師の死、そして指名手配された生徒。

 学園には最早、平穏は存在しなかった。

 どうしてこうなってしまったのだろう。幼馴染みの顔写真の入った手配書を見ながらアリーシャはため息をついた。

 手配書の横には『臨時討伐隊員・有志募集』の張り紙があった。

 自警団だけでは手に負えなかったり、もしくは将来を考えて少しでも実戦経験を積ませるためだったり、今回の場合は前者だが、時々自警団から学生へ協力要請が来る事がある。

 内容は手配書の人物の関するものであったが、この張り紙を見たときアリーシャはとても驚いた。何故そこまでする必要がある、と。しかも「討伐」と書いてあると、まるでジャナルがモンスターか何かのようだ。

 ここ数日の異変はそれだけではなく、学園の教師たちも、街を行く自警団達も異常なほどに殺気だっている。おかげで授業も早々と切り上げられた。

 どうにかしてジャナルとコンタクトを取りたかったが、居場所がどうしても突き止められない。

 一応望んで手にしていないとはいえ、『アドヴァンスロード』を持つジャナルが簡単にのたれ死ぬとは思えないが、このまま放っておくわけにも行かない。

 コンタクトといえば、アリーシャにはもう一つ気になることがあった。

 これまた望んで組んだわけでもない、『アドヴァンスロード』と対になる力を持った魔族の女の事である。

 緊急時には力を貸すということを条件に、アリーシャ自身の魔力を供給すると言う契約を結んだのだが、ここ数日、特に何もしていないのに彼女の魔力の消耗が激しいのである。その分魔女が活動しているのは分かるが、何処で何をしているのかまでは知る由もなかった。

「ったく。人の魔力をバカスカ喰って、今度会ったらとっちめてやる」

「何一人でブツブツ言ってるんですか?」

 背後から少女の声がした。しまった。無意識の内に口に出してしまったらしい。

「討伐隊に入るんですか? そしたら敵同士ですね」

「リフィーちゃん」

「リフィだって言ってるでしょ! 伸ばさないでって何度言ったら分かるんですか! それともわざと言ってます?」

 背後にいたリフィ・アンセムは頭を振り乱しながら子犬のようにわめいた。

「はいはい。で、どうしたの?」

「別に。声かけただけです」

 相変わらずアリーシャに対してはツンケンしているが、何処となく機嫌がよさそうだ。勝ち誇っているような、優越感に浸っているような、そんな表情をしている。

「で、あなたは何をしてるんです? ジャナルさんが自警団の人に追われているって時に何も出来ないんですか?」

 いかにも「あたしはジャナルのために頑張っています」と言わんばかりの不敵な表情。言い方が悪いが、リフィはジャナル並みに単細胞で、考えている事がすぐ顔に出る。

「……じゃあそう言うリフィちゃんは何かしてるんだ?」

 カマをかけるようにアリーシャは少しわざとらしく言い返してみた。

「とおーぜんです!」

 やっぱり。予想通り不敵な態度をとるリフィに、アリーシャはぴんと来た。

「とにかく! あたしは自警団にもあなたにもジャナルさんは渡しませんから! それだけは忘れないで下さいよ!」

「あらあら、それじゃジャナルがリフィちゃんの手元にあるみたいね」

「ぐっ」

 アリーシャに指摘され、リフィは言葉に詰まった。

 やはり、この子は見ていて面白いなとアリーシャは思った。こっちを敵視する態度はちょっと引っかかるけど。

「と、とにかく、あなたには負けませんから!」

 最後に捨てゼリフを残してアリーシャはパタパタと走っていった。

 残されたアリーシャはその後姿を見送りながら笑いを必死にこらえていた。

 やるべき事は決まった。行き先はカルネージだ。




「よぉー。久しぶりー」

 部屋に入ってきたアリーシャを見て、ジャナルはたいそう喜んだ。

「聞いてくれよ。いきなり命狙われるし、部屋に閉じ込められるし、もう退屈で退屈で、ぐはぁ!」

 ジャナルの愚痴のマシンガントークが言い終わらないうちに、アリーシャの鉄拳が右頬に炸裂した。

「っっのボケ!」

「いきなり何すんだ、アリーシャ!」

「人が昼休みに来いってのに何すっぽかしてんだ、この野郎!」

「ひ、昼休み、って、ああっ!」

 すっかり忘れていた。

 確かイオの事件があった夜、今後のことについて話し合うから翌日の昼休みに会う約束をしていたことを殴られてからようやく思い出した。

 直接的な原因は寝坊だったが、この後カニスの件やら自警団に狙われてカルネージで軟禁生活やらでどたばたしていたので、アリーシャとの約束など当の昔に記憶の彼方へ飛んでいってしまった。

「そ、そういや俺らあの夜以来顔合わせてなかったよな」

「ま、今はそんな事言ってる場合ではないし、今の一発で勘弁してやるわ」

 だからと言っていきなり殴る事はないだろ、とジャナルは言いたかったが余計な事を言うともう一発来そうなので黙っておいた。

「で、何か知ってるのかよ。この騒動の原因とかさ」

「それなんだけど、どうやら首謀者は自警団じゃなくて学園かもしれない」

「どういう事だ?」

「つまり、あんたを狙ってくる自警団は、学園に依頼されて動いているみたいなの。あの討伐隊員だって学園が募集していたし、指揮を取っているのもメテオス先生だし。なんかやたら張り切ってた。「あの男は人類の敵だ。野放しにしておくとまた先日のような大惨事が起こるぞ。悪の芽はさっさと摘み取らねばならない」ってさ」

「おー似てる似てる。その嫌味な口調、正にメテオスだ」

「リアクションすべき所はそこじゃない!」

 二発目の鉄拳がジャナルの左頬をとらえた。

「やっぱ屋上から飛んだのがまずかったかな。フォード曰く、元々この『力』は学園の裏庭に封印されていた物だったらしいし、けど悪の芽ってのはあんまりだろ。俺は何もやってないって言うのに」

 厳密に言えばヨハンとの試合でうっかり体育館を崩壊させたのは他でもない、『アドヴァンスロード』のせいなので「何もやってない」というのはある意味間違いではある。

「何処の世界もそうだ。力というのは存在だけで悪とみなされる」

 凛とした女の声が響いたと思えば魔女が姿を現した。

「あー! 見かけないと思ったらここにいたわけ?」

 魔女の使役者であるアリーシャが大声を上げた。

「まあ、こっちも色々あるんだよ。ジャナルこいつが捕まったら不都合だし」

「だからって勝手に召喚されてもこっちが困るんだって! 無遠慮に人の魔力はがつがつ喰ってくし」

「魔族の力の源は生命に宿る魔力だ。それを喰らって何が悪い。古くから人間は魔族の食料であり嗜好品でもあり玩具でもあるのだからな」

「ひど! やっぱ所詮魔族は魔族ってわけ?」

 ヒステリックなアリーシャの声が室内に響く。

「なあ、食料はともかく、嗜好品とか玩具ってのは何?」

 ジャナルが思ったままに疑問をぶつけた。

「単語の意味なら辞書で調べろ。まあこの場合殺戮衝動や肉欲を満たすものか、人体改造の実験台に使ったりと、お前らにとっては聞いているだけで反吐が出るような話だ」

「……俺、そんな奴に取り憑かれてるの?」

「前にも言ったが、『アドヴァンスロード』には意思も魂もない。今までの発動だって『アドヴァンスロード』が自発的に働いているのではない。お前が無意識のうちに使っているんだ」

 冗談きついぜ、とジャナルが呟いた。しかも魔女の話だととり憑かれた『力』を外す事は難しいという。

「誰が施したか知らんが、お前の肉体が封印そのものになっているようだ。だから私が封印を弱めようとすると、お前の肉体が衰弱し、無理矢理内側から追い出そうとすると肉体が破裂するだろうな」

「つまりジャナルは死ぬまでこのままって事?」

「今すぐこいつを殺すという選択肢もあるが、どうする?」

「嫌だ! それだけは勘弁してくれ! 化けたら死んでやるから!」

 死んだら化けて出る、の言い間違いはさておいて、ジャナルはガクリとうなだれた。

 別に好きで持っている『力』ではないのに、たったそれだけで命を狙われ、悪と決めつけられる。

 理不尽だ。あまりにも理不尽だ。大体こっちの意志はどうなる。自分たちの行いを正当化してそれを強引に押し通すやり方は到底正義とはいえない。逆の立場に立っても同じ事が言えるのか。いや、人間誰でも自分の命が大事だ。絶対に往生際悪くわめくに違いない。

「あのさ、愚痴の思考モードに入ってるところ悪いんだけどさ、ちょっと聞いてくれる?」

「なんだよ、アリーシャ。人が落ち込んでるときに止めを刺そうというのか?」

「結果的にそうなるかも。実は討伐隊のことで……って耳を塞ぐなぁ!」

 三発目の鉄拳が、ジャナルの眉間に入った。

「で、話を戻すとあんたを捕まえるために学生を動員して討伐隊が結成したというのは知ってるよね? 実は、その討伐隊の中にヨハンとカーラがいるの。」

「ヨハンとカーラが?」

 ヨハンことヨハン・ローネット、カーラことカーラ・カラミティ。二人ともジャナルのクラスメイトで付き合いも長い。むしろ親友と言っていいほどの大切な仲間だ。

 その仲間がどうして敵側に当たる討伐隊にいるのか、どうにも納得がいかなかった。ジャナルにしろアリーシャにしろ心当たりが全く見当たらない。

「け、けどさ! 何かわけがあるんだよ! ほら、漫画でよくあるスパイとか!」

「だといいけど。でもそのせいであんたのクラス、かなり荒れてるの。まあ、無理もないか。イオは重体だし、トム先生は死んじゃうし、あんたは指名手配だし。混乱しない方がおかしいくらいだわ。誰かクラスにまとめ役がいれば少しはマシなんだろうけど」

「まとめ役、ねえ」

 そのまとめ役であるクラス委員が先日重体となったイオである。尤も、彼は内申書のために委員をやっているようなものだから、真面目とか責任感という単語とは無縁の人間だ。だが、損得勘定の嗅ぎ分けと要領の良さは天才的な素質を持っているので仕事ぶりは優秀な部類に入っていた。

 彼一人いれば少しはマシになってただろうが、どのみち無いものねだりをしても仕方がない。

「……どうなっちゃうんだろうな」

 まるで他人事のようだが、ジャナルにはそれしか言いようがなかった。今の彼には状況の変化を信じて待つ以外の行動を許されていないのだから。

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