第四章 黄昏の犯行
4-1 ~放課後コーヒーとラヴソング~
某月某日 職員室
「イオ。この間の戦闘模擬のレポートだが、あれは何だ?」
「えー? 何か問題でも?」
「数人の民間人を人質に取った野盗団との戦いのシミュレートで、人質を見捨てる答えを書いたのはクラスの中でお前だけだぞ。まあ、人質を気にしすぎて運任せな回答をした奴も4、5人はいるけどな」
「けどトム先生、野盗団退治が目的なんだから人質なんているだけ邪魔だと思うけど」
「それじゃ問題文に人質出した意味がないだろ」
「あ、そうか。もっと趣旨を読むべきだった。ってトム先生、何で落ち込んでるんですか?」
「イオ、お前はどうしてそういう打算的な発想しかできないのか」
「失礼だな、先生。効率性重視って言うべきでしょ、そこは」
「効率を理由に命が捨てられるか。その人質がお前の知っている顔だったらどうする? それでも躊躇せず見捨てられるのか? それに遺族だって悲しむ。その悲しみを背負っていけるのか?」
「けど現実の戦いはそんなに甘くないって」
「目的さえ果たせばいいと言えるほど現実は甘くないぞ。結果だけを求めると必ずツケが回ってくる。簡単に非情な判断をするんじゃない。きっと後悔するぞ。それに」
「それに?」
「多分、お前は土壇場でためらいなくこんな非情な判断を下せるような奴じゃない。今は分からないかもしれないが、いくら悪ぶってもまともな人間は人情なんて簡単には捨てられやしない。現実はそんなもんだ」
「そんなもんですかね。よくわからないけど」
「まあ、お前はどうあがいてもまともな人間だと思うよ。俺が保証する」
「はあああ、やっぱり錬金術科っていうのは手先が違うな」
受け取った眼鏡をまじまじと見ながらイオ・ブルーシスが感嘆した。
「い、いや、そんなに大した事じゃないし、そんなに褒めなくても」
小柄で気の弱そうな少年が照れくさそうに応える。
「いやいや、そんなに謙遜する事はないぞ、カニス。お前は十分にすごいから」
「お前が言うな! フレームぶっ壊したのお前だろうが!」
先日の剣術コースの実戦授業で、イオがクラスメイトのジャナル・キャレスに預けておいたせいで壊された眼鏡のフレームは、ジャナルの知人である錬金術科に在籍している同級生であるカニス・アルフォートに頼み、修理してもらった。
そして、眼鏡の修理のお礼をどっちが出すかでもめた後、学園前の喫茶店カルネージでコーヒーを半額ずつ出し合う事に決めた。カニス本人はそれを辞退しようとしたが、2対1ではかなうはずはなく、好意に甘える事にした。
「で、あれから学校の方はどうなんだ?」
「いつも通り、かな? あの人達が今学校にいないからちょっとだけ気が楽」
カニスの言う「あの人達」とは、彼と同じクラスのチンピラ風の3人組の事だ。いつも病弱で気弱なカニスをいじめていたが、ジャナルに叩きのめされた事がきっかけで、それまでの悪行がばれて停学処分をくらっている。
「けどジャナル君も復学できてよかったね。ごめんね、僕のせいで追試、受けなおしたんでしょ?」
「復学したとたん色々な騒動を起こすけどな」
「イオ、うるさい」
学園前、しかも放課後という時間帯もあって店内は混んでいる。気の合う仲間と談笑する者、宿題の交渉や答え合わせをする勉強家達、初々しい青春カップルから深刻そうな事情のカップルまでと客層も様々だ。
「いやー、やっぱり放課後にこうやってのんびりコーヒーをすすってるのって平和的でいいよなあ」
甘味ミルク入りのコーヒーをすすりながらジャナルは妙に年寄りくさい発言をする。
「そうだね。僕、こうやってみんなでお茶なんてした事がなかったし」
カニスのは一番安い無銘のブラックコーヒーだ。2人に気を遣っているのだろう、少しずつ口にしては渋い顔をしている。
「ま、総会のお偉いさんが来るわ、メテオスの野郎はうざいわ、体育館は崩壊するわ、眼鏡は壊されるわで最近ろくな事がなかったしな」
イオは上質コーヒーを頼みたかったが、予算の都合で無銘の砂糖入りを飲んでいた。
「ところでジャナル君たちっていつも友達同士で喫茶店とか行くの?」
「ん? いつもってわけじゃないけどそうかもな。けどイオやカーラは大抵乗ってくれるけど、ヨハンを誘うのはすんごーく難しいな。あいつ基本的にノリというものを理解してないからなあ」
「召喚コースのお前の彼女は?」
イオの茶化した発言にジャナルはコーヒーを危うく吹きそうになった。
「あのなあ、俺とアリーシャは別にそういう関係じゃないって何度言ったら分か」
「そおですよねっ!」
いきなり背後から少女の興奮した声がして、3人は驚いた。
いつの間にか「カルネージ」エプロンを着けたおかっぱ頭の少女が立っていたのだ。
「ジャナルさんにはやっぱりあの人は似合いませんよ。ええ、合いませんとも!」
「リ、リフィ! お前、ずっと聞いていたのか?」
「そうですよ! こんな話題聞き捨てなりませんからね。気になって仕事できませんし。大体あの人は他人にはイイ顔してますけどあれは絶ーっ対ネコ被ってます!」
リフィはジャナルに迫る勢いでマシンガントークをはじめる。ジャナルはそれを肯定も否定もせず聞き流すしかなかった。というよりそれ以外に取るべき道が思いつかない。
「この子もジャナル君の知り合い?」
「ああ、それも変わった事にジャナルのファンだとよ。ここに奴と仲のいい先輩が働いていて、リフィはその先輩の妹。学年は確か俺らの3コ下の5年生」
イオが代わりに答える。
「いいなあ、友達多くて。僕とは大違いだ」
この場合はどうだろうな、とイオは思った。女子にもてるのは大変結構だが、こういうタイプの女は嫌いではないが正直苦手だった。
「あ、そうそう。私、今度歌を作ってお店で披露しようと思ってるんですよ。これ、その詞なんですけど見てください」
リフィはポケットから四つ折の紙を取り出すと、それをジャナルに差し出した。
「国語39点」
「あー! それは今日返してもらったテストだった! すみません、こっちです!」
国語39点の時点で微妙な不安を感じつつ、リフィの作った歌詞を見る。かろうじてラヴソングには見えるが、いかにも難解そうな言葉を無理やり詰め込んだような内容だった。
まあジャナルの場合、それ以前に言葉に関しては壮絶な無知っぷりを発揮しているので歌詞の意味以前に言葉の意味すら分かってない辺りが致命的だ。リフィは明らかに人選を誤っている。
「あ、個人的にはここイケてるって思うんです。「たとえ魔法で焼き尽くされそうになっても私は甘いノンウィザーの粉末薬のようにあなたを守護すると宣誓する」ってトコ」
明らかに『魔法』というところに含みがあるのにジャナルは気付いているのだろうか。なんとも恋する女は恐ろしい。
「あの、リフィーさん」
カニスが申し訳なさそうに挙手した。
「リフィーじゃなくてリフィ。あなた、誰?」
「あ、こいつはカニス。錬金術科機工学コースだって」
「ふーん、よろしく」
リフィはそっけなく答えた。多分童顔で小柄なカニスを先輩とは思っていないのだろう。
「で、何なの?」
「ノンウィザーの粉末薬って、ものすごく苦い薬なんだよ。見た目は砂糖と変わらないけど」
「そうなのか、カニス?」
「うん、授業でも使っているからいつも持ち歩いているし。ほら」
カニスが登校用に使っているリュックサックから小瓶を取り出して見せる。中には確かに見た感じが粗目砂糖にしか見えない粉が入っていた。
「一応栄養剤にも使われているけど、大半は糖衣錠だしね。元々は抗魔剤みたいに魔術や呪いから身を守るための薬なんだけど、熱で溶かして固めれば魔力をシャットアウトする絶縁体になるし。飲んでも死にはしないけど、生で口にするなんてとてもとても」
微妙に寒い沈黙が4人の間を駆け巡った。
もしも一人の人間のせいで、周囲に人間が危険な目にさらされてしまったら。当然その原因である人間を排除すべきだろう。大体その一人に入れ込んだ所で百害あって一理もない。安っぽい道徳精神などなんの役に立とうか。それが当然の摂理というものだ。
槍術コース8年担当の教師であるショウ・メテオスはそういう考えの持ち主だった。そうでなくても彼は足手まといや役立たずを徹底的に嫌う。
それなのに、周囲の人間は彼の思想は全く理解していない。メテオスがそれが絶対だと主張しても、「教師としてあるまじき思想」と罵られる。
「忌々しい連中め。私の考えが正しい事を身をもって知るがよい」
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