3-4 ~勝者と敗者と~

 気絶したサリオが運び出され、試合はどんどん進められていく。

 予想通りヨハンは相手をほぼ瞬殺する勢いで勝ち進み、周囲を圧倒させた。

 紅一点のカーラも体格的に不利な相手を次々となぎ倒していく。彼女と対戦した相手は口々に「前々から思っていたが、あいつは女じゃない」と愚痴っている。

 ジャナルも次の試合の相手を間一髪のところで破り、準決勝へと勝ち進んだ。今度はちゃんと剣技で倒したのでクレームは来なかった。まああんな想定外の珍プレイが何度も起きたらたまったもんじゃない。

 そして準決勝第一試合は、ヨハン対カーラ。

「朝錬の続きか」

「まあね。今朝は一本取られたけど次はそうはいかないよ」

 そう言いながらカーラは今朝と同じ木製の小太刀を二振り取り出す。彼女はギミックトランサーを使用せず、あえて練習用の小太刀で勝ち抜いてきた。

「一度お前の具現武器トランサー・ウエポンで戦ってみたいものだ」

「冗談。あたいの「呪詛蛇じゅそへび」じゃ怪我どころじゃすまされないしね。たとえギミックでも何かあったら怖いし」

 カーラは両手に一振ずつ小太刀を持ち、腕をクロスさせて構えた。

「始め!」

 合図と同時に二人が突っ込む。

 振り下ろされたデュエルナイトを右にかわし、右手の小太刀がヨハンの胸めがけて叩きつけようとしたところを、ヨハンは瞬時に身体をよじってこれをかわす。

 攻撃を仕掛けたことにより、がら空きになったカーラの背中に、下ろされたデュエルナイトを一気に振り上げた。

「はあっ!」

 当たる、と思ったその予想は見事に破られた。カーラは片足で地を思いっきり蹴り飛ばして背後に迫る一撃を背面飛びの要領で避けた。そのまま一回転して着地すると、周囲に拍手が喝采した。

 カーラの最大の武器は、その身軽さと柔軟さにあった。更に俊敏さも加わると、男女のハンデなど不要に等しい。

「やるな」

「まだまだ!」

 好戦的な目でヨハンを見据えるカーラとは対照的に、ヨハンはあくまでも冷静だ。絶対決まったと思った攻撃をかわされても顔色一つ変えない。

「ならばっ!」

 カーラはクロスした腕を解き、今度はそれを前後に構えた。

「舞踏式剣術か」

 ヨハンの呟きと同時に、カーラが突撃してきた。

 まるで踊るような優雅かつ華麗な動きで相手を翻弄する、古くから伝わる二刀流剣術の型なのだが、

「はい! やあ! たあ! とお! おりゃあああっ!」

 全くといっていいほど美しさに欠ける、ドスのきいた掛け声がそれらを思いっきり台無しにしていた。

 ヨハンはその攻撃を一つ一つ剣で受けたりかわしたりしながら反撃のタイミングを計っていた。二刀流はかなり技術を要するが、武器が二つある分、攻撃のリズムが読みづらい。

「もらった! 奥義!」

 えぐりこむようにして放たれたカーラの一撃がヨハンをとらえたかに見えた。が、

「隙あり」

 短くそう言い放ったかと思ったときには、カーラの身体は後方に飛んでいた。持っていた小太刀が宙を舞い、床に落ちて転がる。

「それまで! 勝者、ヨハン!」

 周囲から歓声が響く。予想通りヨハンが決勝へ進むことになった。

 倒れていたカーラは頭をさすりながら身体を起こした。近くに居るのだったら手を貸してやってもいいのに、ヨハンは全くといっていいほど気がきかない。

「あー悔しい。奥義まで出したのに負けるなんて」

「奥義なんか出すからだ。どんな技にも繰り出す瞬間に独特の癖が出るし、お前の場合それを出すタイミングが分かりやすすぎる。その程度のことくらい読めるだろう、普通」

 ヨハンの心無いされど悪気のない一言に周囲は凍りついたように黙った。

「……なあ、カーラに負けた俺ってなんなわけ?」

「言うな。あいつの言うことを実践できるのはあいつとせいぜいトム先生くらいだ」




 AM11:00。あと数十分で午前の授業が終わる時間だ。そんな中、人目を避けるかのように校内の空室へ忍び込むものがいた。

 その人物は部屋に入ると、音を立てないようにドアを閉める。

 部屋の中は長い間物置程度にしか使われていないようで、埃っぽく、カーテンもしっかり閉まっているせいでほとんど光はさしていない状態なので、どことなくかび臭い匂いがした。

「来たか」

 部屋の隅に男が立っているのがぼんやりと見えた。

「申し訳ありません。遅れてしまいました」

「かまわん。で、どうだった?」

「はい」

 入ってきた人物は少し間をおいてから話し始めた。以下、会話がひそひそと続く。

「校長の読み通りでした。封印は何者かの手によって壊されています」

「やはりそうか。ええい、あの生徒たちめ! 裏庭は立ち入り禁止といっておるのに!」

「いいえ、校長。ジャナル達の仕業ではないようです」

「どういうことだ?」

「封印の像を調べたところどう見ても、破壊されてから数年は経っています」

「ということは?」

「認めたくありませんが、総会長の言っていた「力」は伝承でもなんでもなく本物だという事と、しかもその封印はとっくの昔に解かれているということなんです」




「勝者、ジャナル!」

「や、やっと勝ったぁ」

 準決勝第二試合は、30分近い激闘の末、ようやくジャナルの勝利という形で決着がついた。終わった頃には皆、勝敗の行方などどうでも良くなっていた。

「つうか、なんで時間無制限にしたんだよ、メテオスの奴」

「まあ、俺らも誰一人としてこうなるって気づかなかったからな。で、決勝はジャナルとヨハンか。まあ、ヨハンが勝つんだろうけど」

 時計を見るとすでに昼休みに突入している。

「あーあ。ジャナルが長引かせるから」

「俺のせいかよ!」

 何はともあれ腹が減っては戦はできないし、連戦状態になるジャナルが明らかに不利になるということなので、剣術コース8年一同は昼食のために休憩をとることにした。各自気の合う者同士で食堂や教室へ出かける。

「あれ? ヨハンは?」

 ジャナル達もいつものメンバーで食事に行こうとしたが、いつの間にかヨハンの姿がいない。

「相変わらず社交性のない奴だな。いつものことだけど」

「根は悪くないんだけどねぇ。あれでもうちょっと人の事を考えてくれたらなぁ」

「俺に恐れをなして逃げたとか?」

「「それはない」」

 ジャナルの一言にイオとカーラが同時に突っ込みをいれた。




 ヨハンは一人、図書館にいた。図書館はいつ来ても静かだ。煩わしい談笑も聞こえないし、お節介で話しかけてくる奴もいない。一人の世界に浸りたいときはちょうどいい場所だった。

 それにここにはたくさんの書物があるので退屈しない。ヨハンは入学以来数え切れない程ここに通いつめているが、それでもまだ手にも触れていない本がたくさんある。尤も、ヨハンが読む本といえば、分厚い図鑑や百科事典といった、一般的な読書からややずれたものばかりであった。

 今日は読みかけの「魔族大百科第2巻」を求めて事典コーナーの棚へ行ってみたが、あいにく、誰かが今読んでいるのだろうか。全巻ごっそりなくなっていた。

 仕方なく他の本にするかと周りを見回していると、この場所にそぐわない素っ頓狂な声が聞こえてきた。

「えーっ! これ貸出禁止だったの?」

 声の主は受付前にいるポニーテールの女生徒だった。確かジャナルの知り合いでよく教室に来ているのをヨハンは目撃している。が、名前が出てこなかった。

「声が大きいです。普通、事典系のものは貸出禁止ですよ。ほら表紙の裏にマークがついているでしょう」

 司書が表紙を開くと、確かに貸出禁止の判が押されている。

「あはは。でもまあ、もう返すトコだし、「魔族大百科」なんて誰も見ないって。それじゃ、ご迷惑おかけしました、と」

 女生徒が後ろを振り返ったとたん、ちょうど背後にいたヨハンとぶつかりそうになる。

「気をつけろ」

「ああ、すみま……ってヨハンじゃない。なんで人の真後ろに立っているのよ?」

「魔族大百科第2巻」

 知人に(この場合知人の知人だが)に会ってもマイペース。それがこのヨハン・ローネットである。

「単語で話さないでちょうだい。そんなんじゃ会話できないでしょ」

「そういうものなのか? ジャナルの友人」

「……アリーシャ・ディスラプト。これであんたに自己紹介するの「三度目」なんだけど。ま、いいわ。はい、魔族大百科」

 ヨハンが欲しかったのは2巻だけなのだが、アリーシャはご丁寧にも全3巻をどさっとヨハンに渡した。

「ところでヨハン。こういうの読むって事はやっぱそっちの方に詳しい?」

「ものによるが」

「じゃあさ、青白い肌の女魔族って知らない?」

「!」

 試合でも一切変化しなかったヨハンの顔に動揺が走る。

 その魔族といえばつい先日、路地裏でディルフ(ヨハンはきっともう名前を忘れているに違いない)と共に遭遇し、苦汁を舐めさせられたあの女魔族ではないか。

「見つけ次第殺す」

「ごめん、聞いた私が悪かった」

 やはりヨハンはヨハンだったか……と呟きながらアリーシャは肩を落として図書館を去っていった。

「そうだ、魔族は許してはいけないんだ」

 手渡された事典を見やるヨハンの目には憎悪の光が灯っていた。

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