3-3 ~進め戦え少年達~

「いいか、今度こんなことがあったら本当に訓告だけでは済まされないからな」

「……」

 うんざりした表情でディルフ・キャレスは生徒指導室を出た。最近、この部屋に呼び出されることが多くなった気がする。

「俺が悪いわけじゃねーのに」

 事の起こりは今朝、教室へ行ったときのこと。ディルフが席に着くと、机の中に花柄の可愛らしい封筒が入っていた。

 封の閉じられ方から果たし状ではない(というか花柄の果たし状を出す人間などいないだろう)のは察せられたが、差出人の名前が書いていなかったので、ディルフはそのまま読まずにゴミ箱へ捨てた。それがトラブルの原因だった。

 後になってそれが同じ学年の女子からのラブレターだったことが判明し、しかもその相手は学年でも有数の美人と評判の女子で、そんな相手の手紙を読まずに捨てたのである。彼女の友人はもちろんのこと、その美人のファンを自称する男子からも非難轟々だった。

 そしてその男子数人と喧嘩にまで発展し、大騒ぎになり、休み時間に呼び出しをくらう羽目になった、というのが大まかな経緯である。

 ディルフにしてみれば迷惑極まりない話だった。手紙を書くなら封筒に差出人の名前くらい書いておくのが礼儀だろう。礼儀知らずを棚に上げて「最悪」だの「人でなし」だの言われる筋合いはない。ついでに美人だろうがなんだろうがこっちは向こうを知らないし、興味もない。

 などと心の中で愚痴を飛ばしながら階段を上ろうとしたときだった。

「ああーっ!」

 という悲鳴と同時に上から何かが降ってきた。瞬時にそれが百科事典のような分厚い本、それも10冊近くの本が散開しながら降ってくるのが見えた。当たれば怪我どころじゃない。だが、ディルフは避けようとせず、それに向かって手を伸ばした。

 バサッドサドサドサッ

 本が音を立てて床に落ちる。そのうち自分の身体に当たりそうな位置に落ちてきた数冊をディルフは器用にキャッチしていた。

「あちゃあ」

「あちゃあ、じゃねーだろ」

 ディルフが上を見上げると長いポニーテールの女生徒が苦々しい表情をしているのが見えた。

「って、あんたは」

「あれ? ディルちゃんだ」

「そ、その呼び方はやめろ! 子供じゃあるまいし」

「ディルちゃんごめんねー、すぐ片付けるから!」

 ディルフの抗議を無視して女生徒が階段を駆け下りてくる。

 彼女の事は昔から知っている。アリーシャ・ディスラプト。魔術科召喚術コース8年生であり、一応ディルフの幼馴染にあたる。

 と言っても兄であるジャナルの同級生という立ち位置に当たるため、学年が2つも違うディルフとの接点は結構薄めだった。もっと小さな頃は一緒に遊んでいた記憶はあるが、今では顔を見たら挨拶する程度である。

 しかし、何なんだこのそそっかしさは。ディルフはキャッチした本の表紙を見た。大きな字で「魔族大百科1巻」と色あせた金色の箔押しがしてある。他の本も「召喚魔術事典」だの「魔族大戦・その軌跡」だのどれもこれも厚さが7,8センチはある本ばかりだ。どの本にも背表紙にこの学園の図書館シールが貼ってあるが、いくらなんでも借りすぎだろう。

「あー! ディルちゃん、顔にアザが! やっぱり今のに当たっちゃった?」

 いつの間にかアリーシャの顔が間近に迫り、ディルフは思わず身を引いた。

「こ、これは違う! さっきクラスの男子に突っかかってきたから!」

「なんだ喧嘩か。悪いとは言わないけど程ほどにしておかないと呼び出しくらっちゃうから気をつけなよ?」

 もう手遅れだっつーの。ディルフは心の中で呟いた。

 いつも思うが、この女・アリーシャ・ディスラプトはよく言えば面倒見がいいが、悪く言えばお節介。おまけに嫌だといっても人の事をちゃん付けで呼ぶ。確かに年齢的には2つ年上で同学年である兄のジャナルとは幼馴染みなので、ディルフのことを「自分の幼馴染みであるジャナルの弟」と認識するのは仕方のない事は思っていても、やはり年頃の男としてのプライドがそれを許せなかった。

「つーか、この本の山はなんだ?」

「ん? ああ、ちょっとね」

 苦笑いを浮かべながらアリーシャが答えた。大量の本、しかも魔術や魔族に関する分厚い事典を持ち歩いているのは一般的にも「ちょっと」とは言わない気がする。

(まあ、自己防衛手段には必要なのかもしれないな)

 ディルフはふと、数日前のあることを思い出していた。それを不思議そうにアリーシャが見ているのに気付いて、あわてて首を振った。

「と、とにかく最近は物騒だからな。いきなり化け物に遭遇するかもしれないし。例えば青白い魔族の女とか、それとそれと」

「えっ?」

 青白い魔族の女と聞いて、アリーシャが反応した。が、ディルフはそれに気付いていない。

「じゃ、俺は授業だから」

 避けるかのようにそそくさとこの場を去るディルフ。アリーシャは慌てて彼を引きとめようとするが、遅かった。

「あー、もう、兄弟揃って勝手なんだから!」

 残されたアリーシャは本を整えながら、考える。

 考えている事は、昨日の出来事であった。もっと細かく言えば、ディルフが言いかけたあの青白い肌をした魔族の女の事だ。

(あの魔族、ディルちゃんと会ってたんだ)

 自分が活動するためのエネルギーを確保するために無差別に人間の魔力を貪った、とあの女は言っていたっけ。向こうの立場からしてみれば仕方がないとは言え、多くの人に顔を覚えられると厄介だ。しかも、成り行きとはいえ召喚霊としての契約を結んでしまった。このことがばれたら最悪全人類を敵に回してしまう事になる。くどいようだが、魔族と人間は決して相容れない敵同士。アリーシャはそんな禁忌を破ってしまったのだから。

(けど契約した以上、力関係はこっちの方が上。一度契約した召喚霊は絶対服従だし。)

 ただ、彼女の言っていた目的である「ある魔族の抹殺」というのが気になる。そして、このまま放置すると世界が危機に陥る、という事も。




 場面は、再び剣術コースの授業に戻る。

「ふあああ。よく寝た」

 ジャナルが目を覚ました頃には、すでに彼の試合直前だった。

「やっと起きたよ、こいつ」

「いやー、ちょっと寝ただけでかなり体力が回復するもんだな。あれ? イオ、お前なんで眼鏡外してるんだ?」

 ジャナルが不思議そうにイオの方を見た。そういえば眼鏡なしの彼の素顔を見るのはほとんどないような気がする。

「壊れたんだよ」

「あー、やっぱヨハンは手加減してくれないからなー。しょうがないか」

「お前が壊したんだろうが! 試合前に預けたのを忘れたのか!」

 怒るイオに平謝りすると、ジャナルは大きく伸びをして立ち上がった。

「よおっし、やるか!」

 対戦相手のサリオはすでに場に出て素振りをしていた。

 ジャナルも審判からギミックトランサーのカプセルをもらい、それを黒い片刃の剣・ジークフリードへと変形させる。

「すげー。しかもこれ、指でぎゅーっと押すと柔らかいし!」

「後がつっかえてんだからさっさとやるぞ」

「はいはい」

 ジャナルはサリオのほうを見た。

 燃えるような真紅の刀を片手に鬼気迫る顔でジャナルを睨み付けている。ジャナルも負けじと相手を睨み返した。さっきまでのとぼけた態度はどこかへすっ飛んでいた。

「始め!」

 試合開始の声が響いた。

「てぇぇぇぇい!」

「たぁぁぁぁぁ!」

 かけ声と共に激しい攻防が始まった。

 剣と剣がぶつかり合い、両者互いに一歩も引かない。クラスメイトたちも興奮してそれらを見守っている。

「ジャナルの奴、やるじゃないか。こりゃ完全復帰か?」

「いや、サリオには一撃必殺の刀術がある」

 サリオの首を狙ったジャナルの一撃が寸前で刀によって弾かれる。カウンターを警戒し、ジャナルはバックステップで距離をとった。

「もらった!」

 刀を腰に構え、サリオがダッシュで詰め寄る。

 そのまま射程距離に入ると、一気に抜刀の要領で刀を横に薙いだ。

 ガッという音がして、ジャナルは後方へ吹っ飛ばされた。

「決まったか?」

「いや、あいつ剣で防ぎやがった。」

 とっさに自分の剣を盾にして直撃を耐え凌ぐジャナル。彼の戦闘における勘の良さと、ジークフリードがイオの持つヤミバライのような細い刀身ではなく、広くて平たい刃だったからこそ神速の一撃を防ぐことができたようなものだった。

 場外ギリギリのところで着地し、体勢を整えようとしたところに再びサリオがつっこんでくる。

「げっ!」

 まだ反撃できるほど体勢が整っていない。それどころか防御しようにもない。このままでは後ろに飛ばされて負ける。

「負けるかー!」

 サリオの刀がジャナルに振り下ろされる間一髪のタイミングでジャナルは床を転がり、後ろに回りこんだ。そして低い体勢のまま、サリオのふくらはぎを蹴り飛ばす。

「うわっ!」

 ジャナルに攻撃を仕掛ける際に、やや前にかかっていた重心が更に前へ傾き、サリオはそのままバランスを崩して場外へ倒れこんだ。

「えーと、これ場外だよな? 勝者ジャナル」

 審判が少々戸惑いながら判定を下す。

「よっしゃー!」

 気合の入ったジャナルの叫びにクラスメイトたちは

「てめぇ、ジャナル! 汚ねえぞ!」

「そうだ! こんなの反則だ!」

「戦士として恥ずかしくないのか、卑怯者!」

 正に非難轟々。

「う、うるさい! ルールでは体術禁止とは言ってないし、勝てば援軍だっていうじゃないか!」

 正しくは、勝てば「官軍」である。

「……ま、ジャナルの言うとおり体術は禁止されてないし、実際剣術と体術を組み合わせた流派もあるしな。で、サリオは?」

 イオがサリオの方を見た。サリオはまだ倒れたままだった。

「床に頭打った衝撃で気絶してるし。どのみち続行不可だな、こりゃ」

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