2-X ~2年前の進路指導室 こたえあわせ~

「ええ、ですからそういっているではありませんか。あなたの「力」が必要だと。もちろんタダで、とは言いません。私の右腕になった暁にはそれ相応の地位も用意しましょう。悪くない話だと思いますが」

 突然やって来たその者は、学園教育総会の一員と名乗った。男のようにも見えるし、女のようにも見える奇妙な雰囲気の人物だが、身分証明書は本物だし、教師たちもそれを信用していた。

「あなたの話は正直信じられません。万物を超える力、とか封じられた境界線とか一体何のことを……」

 黒髪の少年は警戒心をむき出しにして総会員を見る。

「わが同胞になれば分かりますよ。部外者には知られたくありませんので」

「ならば尚更お断りします」

「断れば、あなたのおじい様の店がどうなるか分かりませんよ、と言ったら?」

 総会員の若者は悪戯っぽくそう言った。否、どちらかというと悪魔っぽいといった方が正しいのかもしれない。

「バカな事を。教育機関の人間にそんな権限があるわけない」

 そう言いながらも内心少年は、目の前にいる相手が目的のためにはどんな手段も選ばない人種だとこの短いやり取りだけで悟っていた。

「残念ですね。あなたにはすばらしい「素質」があったというのに。それを無駄にしてしまうとは大変愚かな行為です」

「何とでも言ってください。俺はその申し出を受ける気はありませんから」

 これ以上、この総会員とは関わりたくない。それが恐れなのか嫌悪なのかは少年には分からなかった。あるいは両方なのかもしれない。

「まあ、それならば私もあなたに用はありません。ですが、これだけは言っておきましょう。「選ばれる」という事は人にとって最大の名誉なんです。そしてその名誉を手にした者が世界を動かしているのです」

「悪いけど、そんな理屈は信じていません」

 少年は席を立ち、部屋のドアノブに手をかける。

「ああ、最後に。あなたと仲の良い錬金科の女の子、私のところへ来ましたよ」

「何だって?」

 驚いて振り返ると、少年の目に大量の黒いモヤ……人体を脅かす瘴気が飛び込んできた。瘴気は総会員の身体から湧き出るように発せられ、室内を黒く包み込む。

「彼女の「才能」はすばらしい。その才能もまた選ばれるにふさわしいでしょう。それではさようなら」

 総会員の手の平から黒いエネルギー弾が飛び出し、少年に襲い掛かる。至近距離からの不意打ちに、なすすべもなく、少年は直撃を受け、ドアに叩きつけられた。

「ぐあっ!」

 総会員の目は笑っていなかった。自分に背いたものとして、少年を始末するつもりだ。

 学校教育の全てを担う総会の人間が生徒を殺すなど、万に一つもあってはならない現実だ。冗談だと思いたかった。

 どうにかこの場を切り抜けようと少年は具現武器トランサー・ウエポンを発動させようとするが、腕が凍りついたように動かない。いや、腕どころか全身を動かそうとしても、ピクリとも動かなかった。

「ちょっと荒いですが、身体の自由を奪いました。安心してください、殺しまではしませんから」

 倒れている少年の耳に総会員の足音がコツコツとこちらへ迫るのが聞こえてくる。

「あなたの宿した『アドヴァンスロード』、頂戴します」

 瘴気のせいで呼吸器官も麻痺しかけていた。酸素不足で意識がどんどん遠くなる。

 総会員が少年の身体に手をかざし、なにやら呪文を唱え始めたのが、少年が気絶する直前に見たものであった。

 呪文を唱え終えると、少年の身体から赤い光の波動が湧き出てくる。波動は空中で一点に集中し、球体を描き始めた。

「これでわが望みも……」

 その球体を手に取ろうと腕を伸ばしたとたん、、球体はそれに反発するかのように、総会員の手を弾いた。弾かれた手の平に刃物で傷つけたような痕がつく。

 総会員がひるんだ隙をついて、球体はドアを突き破って逃げ出した。

「くっ! おのれっ!」

 後を追う総会員だが、廊下に出たところで完全に見失ってしまった。気配を探ろうとするが、なかなかうまくいかない。総会員は悔しげに壁を拳で叩いた。




「あーもう何が悲しくて追試なんだか。」

 進路指導室のある職員棟から離れた場所でぶつくさと文句を言いながら一人の男子生徒が歩いていた。赤いレザーベストが遠目からでもよく目立つ。

「おまけに反省文のレポート付き。ああ、俺ってなんて不幸なんだ」

 2年後も同じような事を言っている辺り、この男の成長のなさを見事に証明している。

「早いところどうにか……んん?」

 男子生徒がふと空を見上げると、北東の方面に赤い光がチラリと見えた。その光はものすごい速さでこっちに向かってくる。

「わぁっ!」

 赤い光は彼の目前で一際輝きを増し、そのまま男子生徒の身体に吸い込まれるようにして消えた。

「……なんだったんだ、今の?」

 残された男子生徒は訳が分からず、しばらく立ちつくしていた。

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