透明な離婚届
青澄
透明な離婚届
あなた、聞いた? 葉山さんの旦那さん、きのう亡くなったんですって。
家の階段から落ちたそうよ。打ちどころが悪くて、奥さんが見つけたときにはもう息が無かったんだって。
知らないわけないわよ。この間文房具屋にいた人、わかるでしょう?
お気の毒にねえ。旦那さん、最近定年退職したばかりで、これから余生を楽しもうってときに亡くなってしまうなんて。
奥さんも可哀想よ。四十代のとき大恋愛をして結婚して、今でもすごく仲が良さそうだったのに。
旦那さんはいい会社に勤めていたそうだから、生活には困らなそうね。
あなたは葉山さんの旦那さんとは仲が良くなかったそうね。
もう、それって十五年前のことでしょう?まだ根に持ってるなんて、大人げないですよ。
あなたも最近つまづくことが増えてるから、気をつけてね。
朝起きると夫が死んでいた。階段の下で体を変な方向に曲げ、頭から血を流していた。
私は泣き叫んだ。涙が溢れて止まらなかった。
なぜだろう。殺したのは私なのに。
浮気ばかりして帰ってこない夫でも、まだ愛していたのだろうか。
電話が目に入り、私は手に取って119番にかけた。
危ないところだった。家で夫が倒れていれば、まずこうするのが常識というものだ。
パニックになった演技を続けながら電話を切ると、私は階段を上った。自分の行いをもう一人の自分が冷静な目で見つめているような錯覚に襲われた。
踊り場の一段下のずれた滑り止めカーペットをめくり、挟んでおいたクリアファイルを回収した。
挟まれた離婚届に私のサインは無い。当たり前だ。
あの人が他の若い女と一緒になるくらいなら、殺してしまった方がマシだ。
これであの人は永遠に私のものになった。
なぜだろう。こんなに幸せなことはない。
透明な離婚届 青澄 @shibainuhitoshi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
読書記録 Myノート/青澄
★14 エッセイ・ノンフィクション 連載中 57話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます