ダンジョンを記す人
加湿器
ダンジョンを記す人
冒険者は、誰もが自分の武器を持つ。
冒険者は、誰もが自分の武器を持つ。
僕の武器は、この羊皮紙とペン。
最後のひとつは、測量器、と一言でまとめてしまおう。
世界を拓くのとは、また少し違う仕事。
冒険者たちが拓いた道を、誰もが使えるように広めるのが、僕ら「
* * * * *
ぐっと伸びをして、テントから這い出る。
焚火にはすでに火が入れられていて、鍋からは、シチューの良い匂いが漂っていた。
「ようルシス、おはようさん!」
「おはようございます。美味しそうですね。」
火の番をしていた
よほど自信作だったのだろう。ラウネさんは鍋を混ぜながら、だろう?と微笑んだ。
「冬篭り前のウサギが罠にかかっててな。久々に燻してない肉が食えるぜ。」
「いいですねぇ。ヤレトワさんは?」
「鍛錬だってさ。あのヒトもマメだねぇ。」
僕とラウネさん、それに
僕らが所属しているモー&ケルデ冒険商社は、
この調査も地方領主からの依頼で、数十年間
「そっちの調査はどうだ?」
「天守部分の測量は、大体終わりました。後は、隠し通路などの探索ですね。」
自信作のシチューをゆっくりと楽しみながら、ブリーフィング代わりの進捗報告を行う。
「こっちも大体順調。ヌシがいなくなったおかげで、
「ヌシ、かぁ……。大型の
「二百歳近い、な。
ラウネさんは元々、
そんなラウネさんなら知ってるかも、と、僕はとある疑問をぶつけてみた。
「あの噂って本当なんですか?」
「噂?」
「女の子が、その
ああ、それか。と、ラウネさんはシチューをよそいながら返す。
「どうにもマジらしいな。流れの
「世の中、そんな凄腕がいるんですねぇ。」
「そうさなぁ。ま、女の子っても、隊長みたいな女ゴリラだろうけ、どォ!?」
がつんと鈍い音がして、鉄の盾がラウネさんの頭を直撃する。
鍛錬から戻ってきたらしいヤレトワさんが、呆れたようにため息をつく。
「オマエら、無駄話はいいとしても、ちゃんと支度はできてんだろうね?」
「ヤレトワさん、足踏んでる!準備ならできてますって!」
いつものように、二人がじゃれつく。シチューをすすりながら、頭の半分を今日の仕事のことに割いて、会話を聞き流す。
しばらくじゃれて満足したのか、ヤレトワさんはシチューを受け取りながら、ブリーフィングに入ってきた。
「仕掛けの探索ってんなら、護衛が必要だね。ルシスはあたしとペアだ。」
「そんじゃあ俺は、調査しながら今日の晩飯を調達しときますよ。」
そうして、今日もまた
* * * * *
「この辺りかい?」
「えぇ、構造上、敵が天守まで攻め込むには、必ずこの通路を通るはずなんです。」
もちろん、それぞれのルートには小さな罠がまだまだ張り巡らされているだろう。だが、最初に手をつけるならここからだ。
「あんまり、触らないでくださいね。スイッチとかあるかもしんないんで。」
「分かってるって。」
言いながら、この古城が建築された当時ついて考える。
二百年近く前のことだ、複雑な罠は技術的に無理があるだろう。
そう考えて、使われている石材の劣化具合を基に、
突然、背後でかちりと音がした。
「ちょっ!?」
「あっ!」
足音が音を立てて軋む。落とし穴の仕掛けが、動作に耐えられなかったのだろう。大きくひびが入り、一瞬で瓦礫と化す。
振り向いて見つめたヤレトワさんは、「ごめんね?」とでも言いたげに、手を合わせていた。
* * * * *
崩れた瓦礫の中から、なんとか這い出す。
あらかじめ、落下や衝撃への対抗呪文を、装備に仕込んでいたのが幸運だった。
城の床にあいた穴から、光が差し込んでいる。
ヤレトワさんは、そこから顔を出すと、縄でも取ってくるよ、と叫んだ。
「だから言ったのになぁ……」
そう、ひとりごちていると、背後で、がらりと大きな音がする。
――とっさに護身用の短剣を抜いて、構える。
城の探査メンバーは二人。ヤレトワさんがこのまま縄を取りにいくならば、僕はその間、何とか持ちこたえなければいけない。
逆に、今救助に来てもらっても、その後はラウネさんが偶然に見つけるまで、脱出不可能だ。
考える僕の前に。姿を現したのは。
黒い髪に、目。透き通る白い肌。腰に下げた、細身の剣。
そんな、お伽本の挿絵から出てきたような、美しい少女だった。
「
「や、やぁ、君も調査かい?今、仲間が脱出を……。」
よく見れば、少女の装備は、戦場にでも出かけたようにぼろぼろだった。
しばらくこの地下で人を待っていたのかもしれない。なるべく不安を与えないように、そう問いかける
「
案の定、安堵で取り乱したのだろう少女は、泣きながらこちらの胸へ飛び込んできた。
「
黒髪の少女は、泣きながら早口でまくし立てる。正味、半分も
「分かった、分かったから落ち着いて!」
どうどう、と彼女の肩をたたいて、落ち着くように促す。
少女――ルキも、人のぬくもりに落ち着いたのか、しばらく泣きはらすと、おずおずと離れていった。
「すんません、
しゃくりあげながら、ルキがゆっくりとそう言う。
まだ震えている少女に、今、人が来るから、と、ゆっくり返す。
そうしてしばらく無言ですごしていると、ヤレトワさんが縄を持って戻ってきた。
上に戻ろう、と垂らされた縄を彼女に手渡す。
合図を送って、さあ持ち上げよう、と構えたそのときだった。
地下壕に、不気味なうなり声が響く。
「ッ、
「どうしたルシス!」
「ヤレトワさん!彼女を早く!」
無防備な瞬間を狙った、狡猾な襲撃。
彼女だけは助けようと、僕らが動く。
――よりも、早く。
「こいづら、この前来た時も散々
ルキがつぶやく。
その顔は、不安に震える少女のものではなく。
「この前、って、じゃあ――」
問いに答える声は無く。
ただ、かちり、と音が鳴って、剣が閃き。
彼女は、一陣の風になって吹き抜けた。
* * * * *
「へぇ、彼女がねぇ。」
「しかし、南の沼地ってほぼ真反対だぜ。本当に方向音痴なんだな。」
彼女曰く、剣の腕以外はからっきし、とのことだ。
故郷を追われたのも、それが遠因だという。
「それで、ヤレトワさんは?」
「見せたいものがある、とかで馬車まで戻ってますけど……。」
そう噂をしていると、ヤレトワさんが、一枚の
ルキの目の前に座ると、僕ら二人を呼び寄せる。
「単刀直入に言う!ルキ、ウチの商会で働かないかい?」
突然の提案に、ルキが目を丸くする。
「でも
「大丈夫、腕ならさっき見せてもらったし。方向音痴のことなら、そこの
「そくりょう、し……。」
優しく告げられた言葉を、少女が繰り返す。
ゆっくりとこちらに向けられた目は、いやに、きらきらとしていた。
「
「ちょっと、言い方!人聞きの悪い!」
「
ヤレトワさんが、ガハハと笑って、意気込みは十分だね!と告げた。
「それで、見せたいものってのは?」
「コレさ。」
「
数年前に王庁が出した大陸全土の地図で、ウチもほんの隅っこだけだが関わった、僕のちょっとした自慢だ。
「ここだ。」
そう言って指を刺す。
そこは、地図最大にして、最後の空白地帯。
「年中雪に閉ざされた山。あんたの故郷ってのはたぶん、「天の剣」だ。」
にやり、と笑みを浮かべる。
「あたしは昔、この山に挑んで、敗れた。人も、モノも、何もかも足りなかった。」
一呼吸。
「今は、違う。腕のいい
ふっと笑って、土地勘は当てにならないが、と付け加える。
「デカい仕事になる。あたしたちは、この「空白」を埋めに行く。」
ラウネさんが、得心、とばかりに笑って、こちらを見る。
「商会には、デカい仕事。ルキは、故郷へ帰れる。アタシら三人には……。」
ぐっと拳を突き出して、会心の笑みを浮かべる。
「今までで一番の、大冒険だ!」
* * * * *
冒険者は、誰もが自分の武器を持つ。
僕の武器は、この羊皮紙とペン、それに測量器。
世界を拓くのとは、また少し違う仕事。そう思っていたけれど。
案外僕は、冒険が好きらしい。
世界を拓く大冒険を前に、拳は今、四つ重なった!
ダンジョンを記す人 加湿器 @the_TFM-siva
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