ダンジョンを記す人

加湿器

ダンジョンを記す人

冒険者は、誰もが自分の武器を持つ。


戦士ファイターは剣を、弓兵アーチャー斥候スカウトは弓を、魔術師メイジならば、杖や本を武器に戦い、世界を拓く。


冒険者は、誰もが自分の武器を持つ。


僕の武器は、この羊皮紙とペン。

最後のひとつは、測量器、と一言でまとめてしまおう。


世界を拓くのとは、また少し違う仕事。

冒険者たちが拓いた道を、誰もが使えるように広めるのが、僕ら「測量士サーベイヤー」の使命だ。


* * * * *


ぐっと伸びをして、テントから這い出る。

焚火にはすでに火が入れられていて、鍋からは、シチューの良い匂いが漂っていた。


「ようルシス、おはようさん!」


「おはようございます。美味しそうですね。」


火の番をしていた斥候スカウト、ラウネさんに声をかける。彼の料理はいつも手が込んでいて、冒険の合間の貴重な楽しみだ。

よほど自信作だったのだろう。ラウネさんは鍋を混ぜながら、だろう?と微笑んだ。


「冬篭り前のウサギが罠にかかっててな。久々に燻してない肉が食えるぜ。」


「いいですねぇ。ヤレトワさんは?」


「鍛錬だってさ。あのヒトもマメだねぇ。」


僕とラウネさん、それに傭兵マーシナリーのヤレトワさんのパーティは今、とある古城の内部調査任務を請け負っている。


僕らが所属しているモー&ケルデ冒険商社は、個人フリー冒険者の互助組織である寄り合いギルドではなく、官公庁から規模の大きい仕事を預かる商会カンパニーだ。


この調査も地方領主からの依頼で、数十年間魔窟ダンジョンと化していたこの古城を、再度使用したいという計画プロジェクトの一環で来ている。


「そっちの調査はどうだ?」


「天守部分の測量は、大体終わりました。後は、隠し通路などの探索ですね。」


自信作のシチューをゆっくりと楽しみながら、ブリーフィング代わりの進捗報告を行う。


「こっちも大体順調。ヌシがいなくなったおかげで、魔物モンスターも落ち着いてるみたいだ。後は、周囲の植生だな。」


「ヌシ、かぁ……。大型の荒れ熊ウォーベアーでしたっけ?」


「二百歳近い、な。寄り合いギルドで骨やら爪が売りに出されてたが、ドラゴンみたいなデカさだったぜ。」


ラウネさんは元々、寄り合いギルド旅商人キャラバンの斥候なんかをやっていたヒトだ。今でも顔が利くので、あれこれ探ってもらうこともある。

そんなラウネさんなら知ってるかも、と、僕はとある疑問をぶつけてみた。


「あの噂って本当なんですか?」


「噂?」


「女の子が、その荒れ熊ウォーベアーをほとんど一人で倒しちゃったって。」


ああ、それか。と、ラウネさんはシチューをよそいながら返す。


「どうにもマジらしいな。流れの剣士ソードマンらしいけど。」


「世の中、そんな凄腕がいるんですねぇ。」


「そうさなぁ。ま、女の子っても、隊長みたいな女ゴリラだろうけ、どォ!?」


がつんと鈍い音がして、鉄の盾がラウネさんの頭を直撃する。

鍛錬から戻ってきたらしいヤレトワさんが、呆れたようにため息をつく。


「オマエら、無駄話はいいとしても、ちゃんと支度はできてんだろうね?」


「ヤレトワさん、足踏んでる!準備ならできてますって!」


いつものように、二人がじゃれつく。シチューをすすりながら、頭の半分を今日の仕事のことに割いて、会話を聞き流す。

しばらくじゃれて満足したのか、ヤレトワさんはシチューを受け取りながら、ブリーフィングに入ってきた。


「仕掛けの探索ってんなら、護衛が必要だね。ルシスはあたしとペアだ。」


「そんじゃあ俺は、調査しながら今日の晩飯を調達しときますよ。」


そうして、今日もまた任務クエストが幕を開ける。


* * * * *


「この辺りかい?」


「えぇ、構造上、敵が天守まで攻め込むには、必ずこの通路を通るはずなんです。」


もちろん、それぞれのルートには小さな罠がまだまだ張り巡らされているだろう。だが、最初に手をつけるならここからだ。


「あんまり、触らないでくださいね。スイッチとかあるかもしんないんで。」


「分かってるって。」


言いながら、この古城が建築された当時ついて考える。

二百年近く前のことだ、複雑な罠は技術的に無理があるだろう。

そう考えて、使われている石材の劣化具合を基に、トラップがありそうな場所を洗って――。


突然、背後でかちりと音がした。


「ちょっ!?」


「あっ!」


足音が音を立てて軋む。落とし穴の仕掛けが、動作に耐えられなかったのだろう。大きくひびが入り、一瞬で瓦礫と化す。


振り向いて見つめたヤレトワさんは、「ごめんね?」とでも言いたげに、手を合わせていた。


* * * * *


崩れた瓦礫の中から、なんとか這い出す。

あらかじめ、落下や衝撃への対抗呪文を、装備に仕込んでいたのが幸運だった。


城の床にあいた穴から、光が差し込んでいる。

ヤレトワさんは、そこから顔を出すと、縄でも取ってくるよ、と叫んだ。


「だから言ったのになぁ……」


そう、ひとりごちていると、背後で、がらりと大きな音がする。

――とっさに護身用の短剣を抜いて、構える。


城の探査メンバーは二人。ヤレトワさんがこのまま縄を取りにいくならば、僕はその間、何とか持ちこたえなければいけない。

逆に、今救助に来てもらっても、その後はラウネさんが偶然に見つけるまで、脱出不可能だ。


考える僕の前に。姿を現したのは。


黒い髪に、目。透き通る白い肌。腰に下げた、細身の剣。

そんな、お伽本の挿絵から出てきたような、美しい少女だった。


ひど、だ。」


「や、やぁ、君も調査かい?今、仲間が脱出を……。」


よく見れば、少女の装備は、戦場にでも出かけたようにぼろぼろだった。

しばらくこの地下で人を待っていたのかもしれない。なるべく不安を与えないように、そう問いかける


ひど、だぁーっ!」


案の定、安堵で取り乱したのだろう少女は、泣きながらこちらの胸へ飛び込んできた。


あだス、ルキ・ナカタっていうんですけんども!故郷を追い出されおンだされちまっでぇ!帰れなくかえれねぐなっちまっでぇ!おがね無くねぐなっちまうからって、あちこちあづこづで魔物狩ったりしてるうぢに、故郷の場所も分からなくわがンなぐなっちまってぇ!そんでぇ、あだスすごい方向音痴ほうごうおんつなもんでぇ、前の町でもまたパーティぱーでいのヒトに愛想つかされちまっでぇ!一人で任務くえすどさ受けてみたら、案の定迷子になっちまうし!落とし穴おどすあなにもかかっちまうし!もう一生ここから出れないでれねぇと思ってたんですぅ!」


黒髪の少女は、泣きながら早口でまくし立てる。正味、半分も聞き取れヒアリングできない。


「分かった、分かったから落ち着いて!」


どうどう、と彼女の肩をたたいて、落ち着くように促す。

少女――ルキも、人のぬくもりに落ち着いたのか、しばらく泣きはらすと、おずおずと離れていった。


「すんません、みっともないみっどもねぇところ、見せてしまってみしちまって。」


しゃくりあげながら、ルキがゆっくりとそう言う。

まだ震えている少女に、今、人が来るから、と、ゆっくり返す。


そうしてしばらく無言ですごしていると、ヤレトワさんが縄を持って戻ってきた。


上に戻ろう、と垂らされた縄を彼女に手渡す。

合図を送って、さあ持ち上げよう、と構えたそのときだった。


地下壕に、不気味なうなり声が響く。


「ッ、犬鬼コボルト!」


「どうしたルシス!」


「ヤレトワさん!彼女を早く!」


無防備な瞬間を狙った、狡猾な襲撃。

彼女だけは助けようと、僕らが動く。


――よりも、早く。


「こいづら、この前来た時も散々ぶちのめしぶぢのめしでやっだのに……。」


ルキがつぶやく。

その顔は、不安に震える少女のものではなく。


「この前、って、じゃあ――」


問いに答える声は無く。


ただ、かちり、と音が鳴って、剣が閃き。

彼女は、一陣の風になって吹き抜けた。


* * * * *


「へぇ、彼女がねぇ。」


野営地キャンプへ戻り、温かいものを摂るルキを見ながら、ラウネさんがつぶやく。


「しかし、南の沼地ってほぼ真反対だぜ。本当に方向音痴なんだな。」


彼女曰く、剣の腕以外はからっきし、とのことだ。

故郷を追われたのも、それが遠因だという。


「それで、ヤレトワさんは?」


「見せたいものがある、とかで馬車まで戻ってますけど……。」


そう噂をしていると、ヤレトワさんが、一枚の巻き羊皮紙ロールを持って戻ってきた。

ルキの目の前に座ると、僕ら二人を呼び寄せる。


「単刀直入に言う!ルキ、ウチの商会で働かないかい?」


突然の提案に、ルキが目を丸くする。


「でもあだス、ご迷惑めいわぐになるかも……。」


「大丈夫、腕ならさっき見せてもらったし。方向音痴のことなら、そこの測量士サーベイヤーのお兄さんに任せておけば安心さ!」


「そくりょう、し……。」


優しく告げられた言葉を、少女が繰り返す。

ゆっくりとこちらに向けられた目は、いやに、きらきらとしていた。


お願いおねげえします!ルキあだスをお側においてください!」


「ちょっと、言い方!人聞きの悪い!」


お願いおねげえします!こでお兄さんに見放されたら、あだスはどうやってお宿さ帰ればけえればいいんですかぁっ!」


ヤレトワさんが、ガハハと笑って、意気込みは十分だね!と告げた。


「それで、見せたいものってのは?」


「コレさ。」


全領図ワールドマップですか?」


数年前に王庁が出した大陸全土の地図で、ウチもほんの隅っこだけだが関わった、僕のちょっとした自慢だ。


「ここだ。」


そう言って指を刺す。

そこは、地図最大にして、最後の空白地帯。


「年中雪に閉ざされた山。あんたの故郷ってのはたぶん、「天の剣」だ。」


にやり、と笑みを浮かべる。


「あたしは昔、この山に挑んで、敗れた。人も、モノも、何もかも足りなかった。」


一呼吸。


「今は、違う。腕のいい斥候スカウトも、測量士サーベイヤーもいる。後ろ盾バックアップもある。そして今日、「案内人」に出会った。」


ふっと笑って、土地勘は当てにならないが、と付け加える。


「デカい仕事になる。あたしたちは、この「空白」を埋めに行く。」


ラウネさんが、得心、とばかりに笑って、こちらを見る。


「商会には、デカい仕事。ルキは、故郷へ帰れる。アタシら三人には……。」


ぐっと拳を突き出して、会心の笑みを浮かべる。


「今までで一番の、大冒険だ!」


* * * * *


冒険者は、誰もが自分の武器を持つ。


僕の武器は、この羊皮紙とペン、それに測量器。

世界を拓くのとは、また少し違う仕事。そう思っていたけれど。

案外僕は、冒険が好きらしい。


世界を拓く大冒険を前に、拳は今、四つ重なった!

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