第2話 命令

 夜になると、銃声は止み砲火も収まった。ここに運ばれてくる者も少なくなり、私の今日の主な仕事はようやく終わった。ーとはいえ、明日になればまた激務が待っているのだがー

 割り当てられているテントへと戻り書類仕事ー処置を施した人数、使用した薬品などの消耗品をを記入するというものであるーを終わらせる。さて、寝る前に一服吸おうかと机から葉巻を取り出したとき、失礼しますという元気の良い若い男の声がした。


「誰だ?」

「ウィリアム・ホワイト二等兵であります、司令からの命令書をお渡しに参りました」

「命令だと?…まあいい、入れ」


 伝令は律儀にもーとはいえ、規則ではあるがー深々と礼をし入ってきた。そして、かくかくしい動きで私の方まで歩いてきてそしてこれまたかくかくしい動きで私に一通の封筒を渡してきた。

 命令書を受け取るとすぐさま私は封筒をペーパーナイフで開き中身を引っ張り出した。中には出頭命令とデカデカと書かれた赤い紙が一枚入っていて、その出頭命令書とやらには他言無用であるといった注意書きが多分に書かれているが肝心の呼び出そうとする理由はほぼ皆無であった。


「出頭命令だと?」

「速やかに司令官執務室まで出頭せよ、仰せつかっております」

「…了解した。ご苦労、下がっていいぞ」

「失礼いたしました!」


 はぁ、とため息を一つ漏らし立ち上がると椅子にかけてあるジャケットを羽織り、外へと出る。

 遠くへと目をこらせば夜襲に備えてだろうか、警戒兵がフラッシュライトをつけた特別仕様のライフル片手に船を漕いでいるのがわかる。条約により夜間の戦闘は禁じられてはいるがそれでも警戒するのに越したことはないと司令官は考えたのだろうが末端の兵士はどうやらそのような危機感を持ち合わせていないようだ。そして、耳をすませば興奮した兵士たちの騒ぎ声に混じって痛みにあえぐ声も聞こえてくるおそらくは昼間に負傷した者だろう。

 そんな具合にしばらく歩くとMPと大きく書かれたヘルメットをかぶる兵士が守っている他のテントよりもやや立派なテントへとついた。


「ジョン・ノーマン軍医であります。出頭命令に従い、出頭いたしました」

「よし、命令書を見せろ…入れ」

「失礼いたします」


 中は外よりもー私に割り当てられたテントよりもー遥かに明るかった。大きさは他の者に与えられているテントよりもかなり大きいはずであるが作戦立案などに使うのであろう机やら道具を収納する棚などで広さは同じように感じる。しかし、布や設置されている家具類はこちらの方が質が上だということが容易に想像できるぐらいには上等な代物を使っていた。


「まぁ、長い話になる。座りたまえ」

「失礼します。」

「紅茶で良いかね?」

「いえ、お気遣いのみで構いません」

「遠慮は美徳であるが、時として上司の顔を立ててやる方が重要な場面もあるぞ、ドクター?」

「…では喜んで頂きましょう」

「よろしい」


 司令は立ち上がり、食器が入っているガラス張りの棚からソーサーとティーカップ、それとティーポットとティーメジャー、ティーストレーナーとティーコージーを取り出した。どうやらかなり本格的なものを振る舞ってくださるようだ。


「やはり、珍しいかね」

「ええ。アイリッシュ出身でない方でここまで拘る方はそうそう見たことがありません」

「母がアイリッシュ出身でね。男であればこのぐらいできて然るべきだと叩き込まれたよ。最も、私の妹も同じように叩き込まれていたがね」


 そうこうしているうちに出来上がったようで盆に載せて実に優雅な動きで運んでくる。その一挙一動全てが洗練されており正にアイリッシュ紳士然としていた。ー実際はアイリッシュのハーフであるがー


「さて、紅茶も入ったことであるし、そろそろ本題に入ろうか」

「はあ」

「さて、単刀直入に言うが、君をここに呼んだ理由は新設する部隊に君を入れたかったからだ」

「どんな部隊かは聞いても…?」

「国王陛下直属の特殊部隊だ、君にはそこに兵士として参加してほしい」

「兵士…?戦力ならば他の者の方が優れているのでは?」

「ただの兵士ではない、実質的な衛生兵だ」

「しかし、医療従事者の戦闘行為は条約で禁止されていると記憶していますが」

「だから、兵士なのだよ。たまたま医療知識を兼ね備えた兵士が部隊に参加したとすれば良い。なに、勝てば歴史はどうとでも出来る。国王陛下の顔に泥を塗るようなことは起きない」

「し、しかし「いいか、これは国王陛下からの直々の御命令だ、断れば軍法会議とともに国王陛下を侮辱したということで刑事裁判にもかけられることになるぞ」

「で、では私の処遇はどうなるので…?」

「君にはまずこの除隊命令を受諾してもらう。その次に国王陛下の勅命書で、軍に兵士として入隊してもらう。階級は中尉だ」


 司令官は二つの封筒を差し出してきた。片方はただの封筒で紐によって封印されているが、もう片方は豪華な飾りつけが施されており、王家の紋章が描かれている蝋で封印されている。ー王家の紋章の偽造は大罪であるため、偽物とは考えづらいーもしこれを断れば司令の言葉は現実となり私の帰るところは土の中となるのであろう。


「…この度の勅命、喜んで受諾いたします」

「君の物分りが良くて助かったよ。さあ、新しい部隊の仲間が待っている、中隊のテントへ急ぎたまえ」

「…随分とまあ、急ですね」

「状況等は中隊の隊員が教えてもらうといい。あと、君の私物は既に部下に運ばせているからそのまますぐに向かい給え」


 準備が省けて助かるな、くそったれ。我ながららしくないと思いつつも口の中でそう罵らなければやっていけなかった。

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