町のお医者さん

島塚雄一

第1話 お医者さんの新しい仕事場

 ああ。親愛なるメアリーよ。私は今故郷を離れ名前も知らない草原に来ている。空は雲一つない快晴で風もそこまで強くなくまさにピクニック日和だ。しかし、騒々しく臭すぎ、何より人が多すぎピクニックをするにはひど過ぎる環境だ。詰まるところ私はピクニックには来ていない。勿論こんなところに患者はいないので往診でもない。

 そう。ここは


「衛生兵!!衛生兵はどこだ!!!」

「いてえ...いてえよぉーーー!!!」

「母さん!!母さぁん!!」

「俺の手...俺の手はどこいった?」


 戦場だ。

 辺りには銃声が鳴り響き、時折爆発音が混じる。兵士たちは世話しなく動き回り、恐怖に敗北した新兵達は必死に何かを叫んでいる。

 私がいるのは野戦診療所であるが、負傷した兵士が脚の踏み場がないほど運び込まれており血の臭いとうめき声で溢れている。


「おい、何をぼさっとしている!!さっさと負傷兵の治療を!!」

「あ、はい。」


 自分でも間抜けな返事をしたもんだと苦笑しつつ、辺りに倒れているー正確には前線から運ばれてきたわけだがー負傷兵を診ていく。


「腕がぁぁぁ!!!腕がぁぁぁ!!!!」

「もう大丈夫だ、安心しとけ。すぐ治してやるからな」


 緊急応急キットからモルヒネを取りだし、太股に打ってやる。止血剤とサルファ剤を傷口にーソイツは腕が吹き飛んでて、肘から先がなかったー振りかけてやり、包帯を強く巻いてやる。...これだけやってはいるが、残念だが恐らくこいつは助からないだろう。出血が止まらないしなにより重症過ぎる。もっと設備が整っていれば救えたかもしれないがここでは不可能だ。本来であれば救えたかもしれないのにここでは救えないことに己の技量のなさにふつふつと腹が立ってくる。


「衛生兵!!こっちのやつも診てくれ!!」

「誰か手伝ってくれ!!誰かぁ!!!」


 しかし、感傷に浸っている場合ではない。まだまだ治療しなくてはいけない兵士はいるし、救ってやれる命があるはずだ。

 残念ながらもうこいつにしてやれることはないと割りきって、こいつを看取ってもらう人を探すために周囲を見回す。


「おい、そこのお前」

「は!自分でありますか」

「こいつの包帯を強く押さえてやっててくれ」

「は!!」


 適当なやつにさっきのやつを任せてやり他の者を手当てしにいく。

 次のやつの肩をゆすり、意識の有無を確認する。ー出血量が少なくないため、もしかしたら生きていないかもしれないー


「おい、生きてるか」

「ぁ…あ…」

「安心しろ、すぐ手当てしてやるからな」


 良かった、意識がある。どうやら、救えるかもしれない命のようだ。

 今度のやつは銃創の様だ。足を撃たれてる。傷口は…貫通しているから盲管にはなってない。ささっと終わるやつだ。


「モルヒネを...モルヒネをくれぇ...」

「はいはい、打ってやるからおとなしくしてろ」


 キャップを外し、ぶすっと打ってやる。そして、さっきと同じくサルファ剤を振りかけて包帯でキツく圧迫してやる。暫く抑え続けると今回は止血できたのでそのまま包帯をキツく結ぶ。


「よし、これで大丈夫だ」

「あ...ありが…てぇ」


 まだまだ日は高い。これからも戦闘は続くだろう。そして...まだまだ負傷者も増えることだろう。

 これが、私の新しい日常だ。この戦争が終わるか、私が死ぬまで、私は町には戻れない。どうか、息災でいてくれ。

        故郷と貴女へ地獄から愛を込めて

            ジョン・ノーマン

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