10. 矜持
首都で暴れているケイオスをエネルギー精製所に誘導して一網打尽にする。
上層部から指令を受けて、リクはアクアカプリスを駆り、首都内の工場区へと来ていた。
本来、安全装置が発動して稼働を停止しているはずが、日中でもわかる程炉が強く発光している。
基地で先に仲間の兵士が再稼働させたためだ。
後はエネルギー炉を暴発させるために貯蔵区画の制御装置を破壊すること。
周囲の住民に気づかれたら混乱し暴動が起るなど問題が生じかねない。そのために首都に戻ったアルファ小隊が暴発する瞬間まで防衛することで近づかせないようにする。
エネルギー精製所が暴発すれば無事では済まず、ロストするだろうが、首都の根幹機能を残すためにはしょうがない。むしろ、兵士幾人という軽微な犠牲で済めば軽いものだ。
さらに支援に来ているファーヴェルとエニエマが精製所に来れば、住民も周辺区域を犠牲にするとは思わないだろう。
「こちら、アクアカプリスのリク。ケイオスのコアを発見しました、応援を要請します」
コアを発見したというのは嘘だが、この付近に居るのは本当だ。
精製所は通常稼働を越えたフル稼働の状態、これで引き寄せられないわけがない。
「早めに収束させて境界線を突破しサザンへ向かわないと」
そう、それがノトス兵士としての正しい矜持だ。
だが、彼女の精神の奥底。表に出ることを許されない、揺らめく人格が警告を発する。
こんな自爆戦法をとる必要などない、と。
最初に到着していたエイジスの奮闘と、エース級5機の効率的な作戦によって、ケイオスは確実に数が減り、収束が見えていた。
エネルギー生産施設を爆破させるのは、無駄な犠牲に過ぎない。
奥底の精神は静かに波打ち警告を発している。
しかし、彼女は止まらない。
政府、軍の上層部の命令が最優先。所属部隊の犠牲など大したことではないのだから。
「リク少尉!」
呼びかけられ、機体の向きを変えると紺色のプロームが映し出された。
「カエデ特務官、お待ちしていました。ハヤト特務官や、他の機体は?」
他の機影を探す、が見当たらない。他の機体のポインタをレーダーから探しても表示されるのは五月雨のみ。
これでは爆破させたとしても、五月雨しか巻き込めない。
「リク少尉、言っていたケイオスは……。いや、やめよう。正直、嘘は苦手なんだ」
「カエデ特務官?」
「軍の上層部からここを暴発させるよう命令を受けた、そうだよね?」
真っ正直にカエデが問いかける。
びくり、とリクの手が操作盤の上をなぞりかけるが、モニターの端に移った機影に気づいて止める。
建物の影で見えづらくなっているが、エニエマだ。直接でも間接でも狙うことができる位置で待機している。
だが、変わらずレーダー上には表示されていない。
「エニエマの位置がレーダーに表示されません。自機の位置を示さないなど敵対行動です」
「リク少尉、いやリクさん、もうやめよう。自国内で内戦が起きて、首都で混乱が起きて、さらには同じ部隊内でも衝突する。上層部に振り回されて、なんのために戦ってるのか、わからないよ」
「自国を守るという兵士の矜持を忘れたのですか!?」
「忘れてはいない」
リクの感情的な叫びに対し、淡々とカエデが言葉を返す。
「むしろリクさん、避難している人々と僕らを巻き込むことが国を守ることにつながると思う? 首都の混乱収束の目途は立ってる、この作戦は合理的じゃない」
「そ、それでも危険が及ぶ可能性は0じゃない。上層部が潰れては意味がない。囮になることは無駄では……」
「本当に? 実働部隊がここで倒れればそれこそサザン救援の可能性はなくなる。そもそも主席令嬢の様子からも、救援の必要性なんてないとわかるはずだ」
矛盾を突き付けられ、リクが思考する。
首都を守る実働部隊が居ないから自分たちが救援に行ったのに、自滅的な作戦を命じられたこと。
サザンの救援に向かうために境界線上でサザン軍と衝突し、その後で共闘したこと。
考えれば考えるほど出てくる矛盾。上層部がついてきた嘘の数々。
不信感を抱く前に、強制的に思考を戻される。
命令に従え、と。
「私は、それでも、命令を……疑うことそのものが違反行為、あってはいけない、こと」
操作盤の上を振るえる手でなぞる。だが、迷いのある動きにプロームは反応することはない。
「命令、命令、破壊、壊す、犠牲、問題無し、壊す、壊す、壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す」
何度も何度も同じ単語を繰り返し、焦点の合わない目で同じ動作を続ける。
まるで、壊れた機械のように。
「リク……」
異常な様子を感じ取って、カエデが声をかけようとした、次の瞬間。
地面が激しく振動した。
「きゃあっ!」
銃口を向けていたエニエマからユイが叫ぶ。
エネルギー精製所一帯を襲う揺れは、先程応戦していた時の振動の比ではない。
各機、揺れの激しさに機が倒れないように機体の姿勢制御を手動で維持する。
地面に大きくヒビが入ると、真っ直ぐに煌々と光る精製炉に向かって伸びていく。
「まずいっ!」
カエデが叫び、炉の方へと機体が向いた。
瞬間、精製所に張り巡らされたパイプの軋む音が止まる。
地中潜行型が地面から飛び出す前兆。
五月雨とエニエマの注意がケイオスに向く。
同時にアクアカプリスが制御施設に一直線に向かい、斧を下段に構える。プレハブ程度の広さのコンクリート製の建物であり、破壊するには一発振り下ろすだけで十分だ。
「っ!」
地中潜行型をエニエマに任せ、五月雨がアクアカプリスの後を追いかける。だが、間に合わない。
青い機体が斧を振り上げ。
ガッ!
振り下ろすよりも早く精製炉に隣接する冷却施設を、上空から一条の閃光が貫いた。
「何っ!?」
リクが驚くが、すでにアクアカプリスの勢いは止まらず、斧が制御施設を破壊する。
本来なら高エネルギーが行き場を無くし、噴出して大爆発を起こすはずが、冷却施設から漏れ出た大量の冷気によって急速に炉が冷やされ、エネルギーも消退していく。
「くっ!」
周囲には、冷却施設から漏れ出た冷気によって発生した霧が立ち込めていた。
これでは五月雨を打とうにも、位置がわからない。
友軍機の表示も外されているので、レーダーから探ることも不可能だ。
機体の向きを変え、目視で探れないかとリクが焦る。
ずん、と重い振動を感じて、機体を向ける。
視界に移ったのは機影。
「そこかっ!」
リーチではこちらの方が上、と確信して戦斧の槍部分を突き出す。
が、その前に影を貫くように複数の銃弾が撃ち込まれ、アクアカプリスへと衝撃が襲い、動きが止まる。
刀を武装とする五月雨が何故銃撃を、と疑問を抱いた次の瞬間、ぎゃりっ、という音とともに視界が斜めに傾いだ。
「切ら……れた?」
いつの間に居たのか、自分の機体の傍らに紺色のプロームが刀を振りぬいた状態でたたずんでいた。
霧の中の攻防は五月雨とスモーキングF&Fが得意とする戦術。
アクアカプリスが霧を作り出し、スモーキングF&Fが範囲外から無防備な状態の敵を狙撃して足を止め、五月雨が確実に仕留める。
まさか、それを自分がやられる側にまわるとは。
脚部が破壊されたことによるエラー音をリクは聞きながら、機体とともに地面へと倒れ伏した。
◇
数分前。
アクアカプリスが五月雨と対峙している中、エネルギー精製所の上空を二機が見下ろしていた。
ファーヴェルとスモーキングF&Fである。
白い機体の背部の飛行ユニットから勢いよく噴出される白い粒子は、高出力状態にあることを示す。本来であれば、昼の空において目立つはずが、精製炉の光に紛れ、見つかることはない。
「姿勢そのまま。いい調子だ」
先程の軽い口調ではなく、真剣味を帯びた声でハヤトが励ます。
高出力状態にしているのには様々な理由がある。その一つとして、姿勢制御があげられる。
先日、サザン首都防衛戦においてディザスター・ロアの拡散砲発射を補助した際、互いのタイミングを合わせることによって、射撃時のブレを軽減した。
今回は拡散砲発射よりもさらに精度が求められる長距離狙撃である。発射以前に照準を定めるためには、空中での姿勢安定が必須だ。
そのために、今回はホバリングの姿勢安定のために、高出力状態を活用していた。
サザン首都防衛戦の時とは違い、高出力状態維持前提の作戦をしていたため、エネルギーの補給が十分だったことも功を奏している。
「冷却装置、捉えた。地中潜行型の強襲前に狙撃する」
「はい」
手筈は冷却装置を先に破壊し、精製炉の機能を無効化することで爆発を阻止すること。
ただ、タイミング早く狙撃しても、狙い先を失った地中潜行型がアクアカプリスなど他のプロームを襲ってしまう。
ゆえに、同時撃破を狙っていた。
「コアの反応感知。間もなくなのです」
ノインの分析に合わせ、手に力を込める。
要領はこの間と同じ。狙撃の瞬間に逆噴射をかけることだ。
スモーキングF&Fと共有している狙撃用スコープの表示を注視する。視界内に冷却施設が収まっているが、ターゲットを示す+が微動していた。
今回はケイオスの動き次第の狙撃なので、カウントダウンでタイミングを合わせることはできない。多少の遅れは承知の上で、目視で合わせるしかない。。
問題は、その後の挙動。ハルカは流れを何度も頭の中で繰り返しイメージする。
「振動を検知、コアの反応最大!」
地上では、地割れがエネルギー精製炉へと向かうように走る。
直後にスコープに映る十字が、施設の中心でピタリと止まる。
スナイパーライフルの銃口から地上に向けて一条の閃光が発射され、衝撃でわずかに二機が後退する。
ガッ!
ノインの結果を聞くまでもなく、精製炉周辺一帯が冷気の霧で覆われていく。
成功の余韻に浸る間もなくファーヴェルはスモーキングF&Fを抱えたまま降下を開始。
当然、高出力状態は維持のまま。
自由落下というよりも、地面に攻撃する勢いだ。
ひゅうっというハヤトの口笛の音が通信機を通して聞こえてくる。
狙撃が成功したことによるものか、それともこの落下を遊園地のアトラクションか何かと思っているのか。
頼もしさに、思わず口角が持ち上がる。
「地表50メートル、貯蔵区画はここなのです!」
「離します!」
50メートル程度であれば脚部のスラスターで衝撃を和らげながら着地できる。
打ち合わせしていた通り、抱えていた機体を離した。その手にはアクアカプリスとの応戦のためにスナイパーライフルからアサルトライフルへと持ち返ている。
カーキ色の機体が霧の中へと消えていく。
代わりと言わんばかりに、霧の中からファーヴェルに向けて二体、黒い影が飛び出す。
触手をまとわりつかせたモグラのような生物、地中潜行型ケイオス。首都で引き寄せていたものよりも二回りほど大きく、コアを守っていた分体と思われる。
エネルギー炉の反応が止まったことによりファーヴェルに引き付けられ、黒い鉤爪が地面へと降下を続ける機体へ襲い掛かる。
そこへ、側面からピンク色のエネルギー弾が黒い胴部を捉えた。
ギギッ!
思わぬ軌道から銃撃されたケイオスが、黒い液体へと身体を崩しながら落ちていく。
ふと見れば霧の届かない、精製所区画の建物の上からエニエマが二丁拳銃を構えていた。
礼を述べる間もなく、そのまま霧の中へと突入する。
ケイオスが飛び出してきた穴、その先にコアはある。
「反応、変わらず、他の分体の気配はないのです!」
「逃がさない!」
霧を抜けた先、非常灯によって照らされた搬入出用の専用地下道路。そこに、黒い結晶体が浮遊していた。
僅かに後退するように移動しているのは、分体がやられたためか。
しかし、すでに遅すぎた。
白い機体が長剣を構え、結晶体と交叉する。
ファーヴェルがスピードを落とし、高出力状態の光を納めながら振り返ると、黒い結晶体が真横にずれ、地面へごとりと落ちた。
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