レポート集(活動開始初期、プロームの操作に関する音声&映像記録)
ノインとノウェムが渡瀬家という不思議な家族と遭遇してから8日が経過。
列島北部、高原地帯。
緑豊かな平野に、遠方にはさらに木々の濃い緑に染まる山々が見える。
自然あふれる光景。
そこに異物のように1機の青い色をした機械の巨人が佇んでいた。
青い機械の巨人、B3の内部のコクピット。操縦席から見て左側にあるモニターに表示されている黒猫のアイコンが操縦席に座る少年に声をかける。
「では、テストを開始するのです」
「了解」
淡々とした声に対し、わくわくしているという感情を表情に浮かべながら少年が答える。
少年の目の前には、外の光景を映し出す大きなメインスクリーンが広がり、スクリーンの下の少年の手元には白光に輝く白い板が設置されていた。
ボタンも記号も表示されておらず、ただ真っ白に光る、無機質な板。それが機体、プロームと操縦者をつなぐものである。
「まずは、スラスターを使用せずに前進」
黒猫のアイコンの指示に従って、少年が慣れた様子で操作盤に手を置き、左手の人差し指をゆっくりと前方へと滑らせる。指の動きに沿って白い操作盤に黒い矢印が表示。
すると、巨人が左足を前に踏み出し、次いで右足を踏み出し歩行動作をとった。
「次、スラスターを使っての前進」
少年が左手の指を今度は素早く前方に滑らせる。黒い矢印が強調するように波紋の効果を伴って現れる。
巨人の体勢がやや屈むと、両脚に設置された推進器が青く光り、前方へ加速。メインスクリーンに映る景色が機体の加速に合わせて後方へと流れていく。
「動作安定、順調ですね」
「基本動作だからね。シンプルなことしかしてないし」
「それは、もっと複雑な操作を試したいということですか、ハル?」
「あ、ごめん。そういう意味じゃないよ。こっちが単純な操作で済んでいるのは、もともとプロームに組まれていたプログラム設計とノインのおかげなんだよね」
ハル、と呼ばれた少年、ハルカが困ったような笑みを浮かべながら感心するように話す。
無機質な操作盤に手を置いて、イメージのままに指を動かしていく。プロームの操作は、タッチパッドを活用したゲームやタブレットPCに採用されているような直感操作が基本となっている。
例としては、指を前方に動かせば前進、素早く動かしたら推進器を利用した前進、大きく振り払うような動作をしたら素早く腕を払う、などだ。
「けど、構築したばかりでは、どのくらいの指の動きでどのような操作を操縦者が求めているのかを、私もプログラム側も判断できないのです。だから、このような学習が必要なのです」
「ゲームの時にも最初に簡単なチュートリアルをしながら個人個人の直感操作の感度を設定していたからね。それに加えて、ヘッドギアを通じて脳からの電気信号を操作プログラムに直結させているって聞いてたけど。今はどうしてるんだろう?」
ハルカの頭には当然のごとくヘッドギアなんてつけていないし、ロボットアニメにでてくるような、機器も身に着けていない。
「そこは、プロームの大元の素材となっている精神感応金属のおかげなのです。直接所有者が触れていなかったり機体の手元から離れていたりしても、所有者が発する精神体からの信号を読み取ることができるのです。それを操作盤からの情報と統合してプロームの駆動系に反映させているのです」
「それじゃあ、もしこちらの意思と操作盤からの情報が矛盾することになったら? 例えば、逃げたいと思ってるけど、指は前進を示すように動いたら」
「状況によるかもしれないですが……基本は所有者の意図が第一優先なので逃げるよう動作をするはずなのです。ただ、動作としては機体の操作を処理する系統が戸惑うので、反応が遅れたり鈍くなったりはするでしょうね」
「その辺のデメリットは一緒か。操作しやすいけれどメンタル面が影響しちゃうところとか」
ゲームでも、不思議と機体の反応が遅れることがあった。そういう時は大抵、敵機から挟み撃ちにされて判断に迷った場合や、タイトルのかかったチーム戦で緊張していた場合など精神状況が大きく関係していた。
「まあ、そういう時は往々にして操作盤に触れてる指の方でも誤操作してますからね。焦りは特に危険なのです」
「き、肝に銘じます……。それだけ意思と操作に矛盾が生じたら機体への伝達をするノインの処理が増すってことだからね。こうして普通に操作している裏でもノインが自動で調節いれてくれてるし」
操作が簡単な裏には、実は膨大な処理が働いている。
推進器を用いて前進したい、と操縦者が思った場合、そのまま推進器を起動させていたら、直立姿勢で走ることになってしまう。ひどい場合には、脚以外の他の部分が風圧を受けて後方に倒れたまま前進するというシュールなことも起こりうる。
それを防ぐために、操縦者が意図していなくても機体を屈ませる動作をするよう、調整を自動的に行っている。
他にも、脚を持ち上げて歩行する時に残された片脚でバランスをとれるようにする姿勢制御。機体全体の動作時にコクピット内部への振動や重力を緩和するためにコクピットそのものを傾ける衝撃緩和機能。動き回りつつ自動でカメラの視界を人が動いた時と変わらないように調節する視点修正などの処理が操縦者の意識しないところで行われている。
「膨大な情報を処理して伝達したり、各所から送られる負荷や駆動に使用したエネルギーを把握して操縦者にもわかるようモニターに表示したり、動作効率を再評価したりと、こんなにたいへんとは思わなかったのです……」
簡易なアイコンながらも、げっそり、とした表情をノインが浮かべる。
「本来だったら、その辺の処理はできるようプログラムを搭載していたはずなのです。それが、なぜかこの機体はエラーを起こしてバランス系のセンサーに以上が生じているのです」
「うん、どうしてなのかはわからないんだけど。だから、最初の戦闘になった時に焦ったよ。コクピットにかかる振動はもうしょうがないとして、視点の調整とか、回避動作をとったときの機体の他の部分の操作を
「むしろ、直感操作にしてるのに、よくあの時ハルカ単独でできましたね……」
「ああ、機体の脚とか、腕とか各パーツが破損した時、動作が遅くなるんだよね、体感的に0.2~0.3秒程度だけど。それが勝敗を分けちゃうから、手動の時には、左は脚周辺のパーツの操作、右は上半身全般のパーツ操作とカメラの操作って細かく設定してたのが功を奏した形かな」
なんでもないことをやったようにハルカは話しているが、その内容を聞いてノインは驚く。
「つまり、あえてプログラムを切って操作することがある、ということですか?」
「そうだね、そういうこともある。あと、普段操作している時でもバランスをこちらで細かく調整したいから微操作することもあるし。けど、その辺のバランスの微操作の部分はノインが察して補助してくれてるからすごい助かってる」
ハルカが感謝すると、黒猫のアイコンの耳部分がぴくぴくと動いた。
「べつに、大したことではないのです」
素っ気なく話しつつも、そこにはうれしいといった感情がほんの少し覗いたようにハルカには見え、微笑んだ。
様々な動作テストをしていると、コクピットへ通信が入った。
『テスト運転の方はどうですか?』
敬語に落ち着いた男性の声。ハルカの父である、イツキの声だ。
「順調だよ。どうしたの?」
『ノウェムからの情報で、君たちがいる箇所の前方600メートル先に、強襲型ケイオスを発見したようです。少し追い払ってきてもらっていいですか?』
「了解」
「了解なのです」
返事をし、ハルカが通信を切ろうとすると、待ってください、とイツキが呼び止めた。
『今回、足底部に設置しているスラスターの性能や上腕部の耐久性と駆動性を向上させてみました』
「それって、バックステップの距離が伸びたり、転倒した時に上腕部で機体を支えて体勢の復帰を早めることができるってこと?」
イツキの持っているタブレットPCから送られてきた情報を確認しつつハルカが問いかけると、そうですそうです、と嬉しそうにイツキがモニターの向こうでうなずいた。
「スラスター改良するって言ってたのですが、早速やったんですね……」
『この程度の改良では、まだまだ序の口ですよ』
呆れた表情でノインが言うと、イツキの目が何かを企むように光る。まだまだ何か考えがあるらしい。
なお、その傍らではハルカが嬉しそうな表情で何やら操作設定を変更している。
二人とも機械に関することになると、夢中になり細かなことが目に入らなくなるようだ。
「要するに、こちらの負担が増えるってことですよね」
まったく、この親子は……とノインはため息をついた。
◇
指定した箇所の300メートルまで移動し、3体の強襲型ケイオスと、そのコアを発見した。
「一体ずつおびき寄せれたらいいんだけど」
「ここまで近づいてしまうと、難しいですね。ケイオスの感覚器官は優秀ですから。……っ、気づいたみたいですよ、3体同時、来ます!」
作戦を立てる間もなく、グロテスクな触手を纏った黒い犬たちが襲い掛かかってきた。
しかし、すぐには移動せずに青い機体、B3は棒立ちの体勢で待ち構える。
黒い犬のうち1体がB3に到達する数メートル。
寸前、素早くハルカがコンソールに触れていた左手の指を二本素早く手前に引きつつ、右手の指が複数素早く何かを叩くように動いた。操作盤の左手側に矢印と機械脚のマーク、右手側に機械腕を模したマークが表示された。
B3の脚、その足裏が光を放ち、重厚な機体を浮かせる。瞬時に、迫ろうとしていた他2体も追撃不可能な距離まで回避していた。
「反応速度はいいけど、この出力で結構飛ぶなあ……」
感触を確かめつつ、早速スラスターの性能を試したハルカが呟く。
「やっぱり、いきなり試しましたね」
「いや、だって性能向上したなら試さないと。いいデータが取れれば、それだけ機体の性能も向上するし、ケイオスを倒してほしいっていうノイン達の要望も叶いやすくなるよ?」
「うきうきしながら言わないでください」
文句を言いつつも、ノインは少し驚いていた。
いきなり試すにしても、スラスターが稼働した時に跳びやすくできる体勢、着地した時の衝撃を緩和させるよう上体を屈めて腕を引く体勢をあらかじめ設定していないといけない。
ただ、さっきの時間にそこまでの余裕はなかった。つまり、足底部のスラスターを稼働させた際、衝撃を緩和させつつ最大効果を発揮できるような体勢をハルカがイメージして手動で操作したということである。
「よく即興で対応できるものですね」
「プローム操作はイメージが大事だからね。ある程度設定はしていても細かなイメージができているほど、読み取って動作してくれるから」
基本、といったようにハルカが話し、ノインも内心で頷く。
(プローム操作はイメージが大事。それは設計思想にもそうなるようにフェアリスと地球のゲーム会社のプログラマーと組んだのです)
そうすることによって、より簡単により高度な操作を素早く実現できる。
ゲーム会社側の思惑としては、操作感の向上は爽快感につながり、よりゲームとしての面白みが増すから。フェアリスとしては、操作性の向上はプローム駆動の効率をあげ、ひいてはケイオス討伐に役に立つから。
ただ、それはあくまで基本的な操作に限った場合で、実戦となるとまた別の話だ。
(ここまで正確なイメージをして高度な動作を実戦で行えるって在り得るのでしょうか? 他の勢力のフェアリスからはどうしても機械を操作する分、実戦に慣れるまで相当かかると聞いていたのですが。それは地球での下積みがあったとしても)
ノインは他のプローム乗りを見たことがなく、これがプローム乗りにとって普通の感覚なのか、それとも高ランクのチームに所属していたがゆえの実力なのかも判別はできない。
「こっちから攻めるよ」
「あ、はいなのです!」
考え込んでいたノインへハルカが声をかける。
本来の脚部のスラスターを光らせて最初に襲いかかってきた1体と距離を詰め、そのまま勢いを利用して長剣を突き出す。
黒い犬の胴体を長剣が貫くと、砂のように体がくずれ、地面に落ちた。
1体を撃破したものの、その間に2体に挟まれる。
「ちょっと、試したい動きがあるけど、いい?」
やや申し訳なさそうにハルカが問いかけ、操作盤やオリハルコンをもとにノインへイメージが伝達されていく。
驚きで黒猫のアイコンが目を見開いた。
「それは……!」
「っ、きた! やるよ!」
「え、ええ!?」
強襲型ケイオスが同時に襲いかかろうと体勢を低くする。対してB3は手に持っていた長剣を投げ捨てた。
黒い犬が四肢で地面をけり、青い機体めがけてとびかかろうとする。
対して、青い機体は黒い犬のとびかかりを防御するわけでもなく、屈んで右手を地面へとつける。
そして、両脚を浮かせつつ膝を軽く曲げると、足底のスラスターが勢いよく噴射した。
右手を軸にしてスラスターの噴射による慣性に従い、両脚が円を描くかのように勢いよく一回転、襲いかかろうとしていた二体のケイオスの身体を鋭く捉え、蹴り飛ばした。
機体全体を支えていた右手のパーツの関節部分がぎしり、という音を立てるものの、破損せず持ちこたえる。
両脚をつき、素早く落とした剣をつかみながらB3は体勢を起こすと、コアに向かって前進し、長剣を斜めに振り下ろした。
甲高い、水晶体が破砕される音が響く。一拍の間をおいて、コアが崩れると同時に、蹴り飛ばしたケイオスの身体も砂のように崩れていった。
「よし、討伐完了、と」
いい仕事をした、と言わんばかりにハルカがいい笑顔を浮かべながらふーっとため息をついた。ノインのアイコンがモニターの中でふるふると震える。
「よし、じゃないです! なんなんですか、あの動きは!」
「いやあ、上腕部の耐久性を見たくて。あの数値まで向上してるなら耐えられると思ったんだ」
「そういう問題じゃありません!」
まったく、もう、とノインは憤慨する。その裏では衝撃を隠すことに必死だった。
先ほどの回転蹴りの動きもハルカのイメージと操作が的確で、バランス調整も問題はない。
しかし。
(プロームの操作はイメージが重要。だから、人がイメージしやすいように人体の動作が基本になっている。そのはずなのです)
先ほどB3が再現したスラスターを活用した蹴りは、人間が行う動作としてはあり得ないものだ。それを、機体にかかる負荷を想定した上で正確にイメージしていた。
(いや、それだけではないのです)
前進動作にしろ、長剣を振る動作にしろ、その動作が基本的にエネルギーやパーツの消耗を抑えるように関節の角度から人工筋肉の力の入れ具合の過程までイメージして操作されている。
(それが高ランカーとして必須の技能なのでしょうか?)
少年の持つ操作精度の高さとイメージの精密さのすごさが、この時点ではノインには全くわからなかった。
それが地味ながらも、恐ろしい才能であるとノインが気づけたのは、奇しくも他勢力のエース級プローム乗りと初めて対人戦をすることになった、ほんの数日後のことであった。
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