5. 極秘会談と知識へのジレンマ (3)
サリの一件について、今後の方針をサザン勢が話を固めたところで、アナンがイツキに向き直った。
「さて、取り乱してすまなかった。礼と言っては何だが、話せる範囲で情報を提供しよう」
「それは助かります。では」
嬉しそうにイツキがバックパックから小型のスピーカーらしきものを取り出す。それを見てハルカがげんなりとした表情を浮かべた。
「父さん、こんな所にも持ってきたの?」
「当たり前でしょう。メモも取りますが、音声で保存した方が確実ですからね」
「なんだね、それは?」
アナンが問いかけると、にこにこしながらイツキが答える。
「マイク付きのスピーカー兼プロジェクターです。メモリ機能もあってデータを保存できるので、音声の記録を残すのにもってこいなんです」
「なるほど、そちらは発展しているな。後々そういった技術に関する情報も共有したいところだ」
アナンが羨ましそうに話したところで、お互いの情報交換を行った。
サザン側からもたらされた情報は各勢力の政治事情、戦力、主要プローム機、そして最近のケートス主砲発射後の各国の反応。
対して、エイジス側は最近のファリア大陸の奪還とユエルビア共和国との交渉、その真意について話した。
「あくまで、ケイオスの駆除に終始しつつ、黎明の旅団の支援か。なるほど、ミナトが惚れ込むわけだ」
アナンが感嘆するように言うと、イツキは苦笑した。
「正直なところ、エイジスとしては他国を攻めてまで欲しいものはないんですよ」
この世界ではそもそも食事の必要がないため、食糧自給率は気にしなくていい。服や生活必需品、エネルギーについてはフェアリスが作ってくれるもので賄える。経済の中心となっているプロームのパーツについても、ケイオスから得られる素材とフェアリスの元素変換の技能があれば十分。
エイジスは貿易の必要がなく完全に自給自足ができる国と言っても過言ではなかった。
「プローム部品の生産ってサザンがシェアを誇ってはいるけど、各国によって、得意不得意なパーツが出るから貿易はかかせないはずなんだが。一国だけで賄えるとは……」
プローム乗りとして、各部品や流通事情について把握しているシュウが感嘆の声を漏らす。
そこで、イツキはふとイリスの方を見て、あることに気づいた。
「もしかして、そちらのフェアリスも元素変換はできるのでしょうか?」
「げん……なんだね、それは?」
イツキに言われて、アナンは面食らった表情になる。それは、カナタと話した時と同じ反応であった。
「そうですか、やっぱりなんですね……」
為政者であればある程度地球の知識を残しているのでは、と少し期待していた部分があっただけにイツキはむなしいような、やるせないような感情が浮かぶ。
そこへ、イツキの発言から、イリスが泣きそうな、焦るような表情になった。
頼むから言わないでくれ、と。
イリスの様子に、イツキ、ハルカ、そしてノインとノウェムは察した。
この陣営はフェアリスと協力関係にあるが、地球のこと、フェアリスと人間にまつわる事情を話していないのだと。
イツキはため息をつくと、イリスに対して話をすすめることにした。
「元素周期表の縦の列、同一周期の元素の変換であれば、分子の結合を損ねずに物質を精製できます。この法則を利用して、ケイオスから得られるケイ素の素材を活用すれば、プロームの強度と運動性が現状のものより5割程度向上するはずです」
その言葉を聞いて、イリスが驚いた表情を浮かべた。
なんのことだかわからないアナンは首を傾げつつも、強度が5割向上すると聞いて、目の色を変える。
「それは本当か」
「ええ。ただ、すべてのプロームのパーツを交換する場合には、それなりにケイオスの素材とフェアリスの労力が必要になります」
そこでアナンが、イリスの方へ期待をこめた眼差しを向ける。
「可能だと思う。うちの勢力から協力を得られるフェアリスはけっこういるから。素材についても、今まで討伐していた分のストックがあるし」
可能、と聞いてアナンが国所有のプロームの整備に思案を巡らせた後で、イツキに対して気になったことを問いかける。
「ただ、こんなことを明かしていいのか?他国の武力が強化されれば、君のところの陣営が辛くなるのでは?」
「それで各国のケイオスの駆除効率が上がるのならば構わないです。もし攻め込まれるような最悪の事態になった時には、またケートスの火力に頼ることになるのでしょう。……そうはならないでほしいと願っていますが」
寂しそうなイツキの言葉にハルカは同感、と頷く。
イツキとしてもハルカとしても、やむを得ないために抵抗こそしたが、積極的に敵対したいわけではない。ケートスも本来は対ケイオスのための兵器なのだ。
2人の気の進まない様子を見て、アナンは自分の最初の推測が正しかったことを理解した。やはりエイジスは追い込まれたから牽制のために撃たざるを得なかったまでで、決してフェアリスに唆されての行動ではなかったのだ、と。
アナンは表情を真剣なものに変えると、イツキに視線を合わせてから問いかけた。
「……ひとつ聞かせて欲しい。なぜ君は、いや君たちはケイオスを駆逐することにこだわっているんだ?」
アナンの問いかける低い声音に、和やかだった空気が一転して張り詰める。
どう答えたものかわからず困ったように、ノイン、ノウェム、ハルカがイツキのことを見る。
ケイオスを駆逐する目的は、フェアリスとしては惑星の脅威を排除するため、ワタセ家としては人々を開放して地球へと帰還させるためだ。
ただアナンもシュウも、フェアリスが人間の精神体をこの惑星へ移したことを知らない以上、この場で言うことはできない。
ならばここで曖昧なことを言って誤魔化すか。返答を待つアナンの様子からは、下手な言葉を重ねれば信頼関係を失う、そんな威圧を感じさせた。
ノイン、ノウェム、ハルカの視線を受けて、沈黙が流れた後でイツキが口を開いた。
「僕らがケイオスを駆逐する目的はあの会議で言った時と同様、この惑星に住むすべての生命に対して脅威となる、そう判断したからです」
イツキの目はアナンに対して受けて立つかのように真っ直ぐに返していた。
「君のレポートは読ませてもらった。だが、それは国を立ち上げて、君の家族を巻き込んでまで打倒しなければいけない脅威と言えるのか?」
「放置すれば大陸の陸地は徐々に削られ、住む場所が無くなる。ですが、今この惑星の人達はその危険に対する認識が甘い。甘すぎると言ってもいい。放置されればじわじわと人類もフェアリスも削られていく中で、当の首脳陣は戦争という名のゲームに興じている。だから、誰かが危険を叫び、取り組まなければいけない問題なんです」
イツキの表情は至極真っ直ぐで、目の奥には天空会議場の時と同じような精神束縛を受けても揺らがない決意、意志をアナンは感じた。
ならば、対等に交渉すべき相手だと認識を切り替えた。
「なるほど、君たちの意志はわかった。なら、こちらに害がない限りは、こちらからもエイジスへ攻撃はしないと約束する。約束できるのはあくまでサザン側のみで申し訳ないが」
独断専行とも言える言葉に、シュウが驚いて声をかけようとするが、アナンが手で制止した。
「いいのですか?」
同じ国の勢力であるノトス側を無視した決定になるので、イツキが問いかける。
「構わんよ。それに、今まで他の相手でも手一杯だったのだ、懸念事項が減るに越したことはない」
そう言うと、先ほどまでの固さから一転、いたずらっぽくアナンが微笑みかけると、握手を求めた。
「どうか、よろしく頼む」
「感謝します、アナンさん」
イツキは差し出された手を力強く握り返した。
その傍らでハルカは安堵していた。ユイや、シュウ、サキといった元チームメイトとやり合う可能性が減ったのだ。
「安心したような表情だな」
「だって、敵に回したくないですから。キナイ島で戦闘した時のような、生きた心地のしない戦闘はもうこりごりです」
心底うんざりしたように言うハルカにシュウは、そうは見えなかったけどな、と苦笑を返した。
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