1. 宴は過ぎて····· (2)

 バン!

 

 ユエルビア共和国首相官邸の一室で、机が激しく打ち鳴らされる音が響き渡り、その場に居合わせた者が思わず肩をすくめる。


「もう一度報告しろ」


 拳を机に叩きつけ、重苦しい空気を作り出した人物、ユエルビア共和国首相のガイナスが怒気を込めた低い声で問いかける。

 

「ですから、わ、我が軍の損害は、艦隊、プローム合わせて4割を喪失……以前の戦力に戻すのは、半年は、か、かか、かかるかと……」


 ガッ!


 怯えるように報告する部下の言葉を遮るように、ガイナスは再び机に拳を激しく叩きつけた。

 先日は、優位を確信してエイジス海域の列島へと攻撃を行った。

 結果は、壊滅的なダメージを負う、大損となってしまった。

 人類の身体を精神ごと奪いとったガイナスはフェアリスの知識を持っている。ゆえに、ケートスの威力をガイナスはもともと知っていた。だが、ヤナギではこちらに撃つ意気地はない、そう踏んでいたのだ。

 だから、ヤムナハや他の勢力がケートスの価値を理解していない内に直接ケートスを奪い取ろうとガイナスは行動を取った。

 しかし。


「なんなのだ、あれは」


 ガイナスは自分の前に立ちはだかり、抵抗して見せた人間を思い出す。

 精神束縛を受けても、なお、意思の光を見せ、撃ってきた。あの目は威容に満ちていた。

 王者の風格、圧倒的頂点に立つ肉食獣がごときの威圧、そして、激しい怒り。

 思い返すだけで、ガイナスは震える。

 あのような目をしたものを知らない、精神束縛を受けているにも関わらず、あれだけの威圧を放つものを、そのような人間を知らない。

 ゆえに、未知の恐怖として、ガイナスには映っていた。



 ◇



 シーナ大帝国宮廷。

 行政府としての役割だけでなく、皇帝の権威を示す、国を象徴する建物である。


「い、いやああああっ!」


 煌びやかな宮廷内にはおよそふさわしくない、少女の悲壮感に満ちた叫び声が廊下へと反響した。


「また、か」


 自室から少女の叫び声を聞き、議長のイスルギが呟く。

 本日何度目だろうか。会議のあとからあの少女は一日に数度、発狂したように叫んでいた。


「最後に追い討ちをかけましたからな、そのせいでしょう」


 イスルギ担当のフクロウ形のフェアリスが穏やかに分析する。

 エイジスが国として立ち上がり、最終兵器を掃射したのは、シーナの女帝、クーリアの挑発的な発言が引き金を引いたから。その事実に怯え、罪悪感に苛まれているのだ。エイジスの恨みを買い、矛先が向けられるのではないか、と。


「束縛を強くしてやれ。聞き苦しくてかなわん」

「ですが、それでは精神が壊れる可能性もありますが」

「構わん。それならそれで首をすげかえるだけだ」

「承知した」


 イスルギからの指示を受け、フクロウの姿をしたフェアリスは姿を消した。

 ふん、とイスルギは鼻をならす。今までもそうだった。決定的な場面の判断や失策の責任は皇帝になすりつけ、功績や栄光は自分が受け取ってきた。

 おかげでイスルギは好きに動くことができる。

 先程、ノトスよりエイジスが再び兵器を行使する前に、各国で連携しエイジスに対して先制攻撃をすべき、と呼びかけがあった。

 先手を打って攻撃? 有り得ない。ユエルビア共和国の二の舞は御免だ。イスルギの調べでも、共和国の武力の4割を失ったことがわかっている。たとえ、他2勢力で力を合わせても太刀打ち出来まい。

 責任追及されたその時はクーリアの首を差し出すまでだ。

「まったく、悠々自適ないい位置だ」

 そう言うと、イスルギは微笑んだ。



 ◇



 オービスのある国際ニュースをメインとする、ラジオ番組にて。

『天空会議場の会議から1週間が経過しました。その後、エイジス諸島連合皇国から通告はなく、沈黙を保ったままです。各国政府も対応に関して検討中、とのみ返答をしています。ここで、コメンテーターに話を伺いたいと思います。エイジス皇国、および布告と同時に放たれた兵器についてどう思われますか?』

『あれは、危険ですね。威力中継時のとおり、協力かつ範囲が広大です。さたに飛行能力を有するということは、どこからでも中枢都市に撃てるということを意味してます。つまり、今のこうしている間も彼らは私たちを追い詰めることができる訳です。いくら、ロストという仕組みがあるにしても対抗策が無いのでは、やられてしまう一方です』

『しかし、彼らは敵対行為を示さない限りは撃たないと言ってるではないですか?』

『そんなの、どうとでも言えますよ。首都にケイオスが出現したと情報があった、だから攻撃した、そんな弁も可能ですからね。何せ彼らは布告を出す前から軍事行為、そして要人を拉致していたと言うではないですか、とても信用できませんね』

  

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