Chapter.3

1. 宴は過ぎて····· (1)

 ノトス・サザン合衆国、ユエルビア共和国、シーナ大帝国。3つの勢力が相争っていた惑星オービス。

 そこへ、第一次オービス会議にて追い詰められたことをきっかけに一つの勢力、エイジス諸島連合皇国が新たに名乗りを上げた。

 彼らは、全長3500㎞の飛行する島、最終兵器であるケートスを所有し、その強大な武力によって世界を脅迫した。


 我が勢力に危害を加える者に全力で応戦する、と。


 ケートスによる報復攻撃により、ユエルビア共和国、ノトス・サザン合衆国の片割れであるノトス共和院が大打撃を受けることになり、第一次オービス会議は幕引きとなった。

 

 歴史書の一頁のようにエイジス諸島連合皇国のことを語る場合、軍事国家として成立した事実ばかりが取り上げられるのだろう。

 最終兵器の引き金を引いた裏で、エイジス諸島連合皇国を構成する人々とフェアリスがどのような思いを抱えていたか。

 そこに着目する人物は少ない。そもそも、エイジス諸島連合皇国という勢力は世界のいずれの勢力とも繋がりが薄かったのである。

 ゆえに各国の首脳も、最終兵器と、その引き金を容易たやすく引くことのできる勢力であると、その事実にばかり意識が向くこととなったのは仕方のないことであった。


 


◇  


 第一次オービス会議から一週間が経ち、ノトス・サザン合衆国はノトス大陸の首都の共和院官邸にて。

 共和院の主席であるヤムナハは、会議の時の紳士然とした余裕は消え去り、ひどく焦っていた。

 軍部から送られてきた戦力分析書並びに損害報告書を読み終え、ぐしゃり、と握りしめる。


(なんだというのだ、あの理不尽な武力は!)


 思い起こされるのは、天空会議場から見た、ケートスという兵器の威力である。

 起動から浮上で数多のユエルビアのプローム部隊、艦隊を振り落とし、主砲の余波だけで建物およびその周辺海域を振動させ、機材のほとんどを使用不可能なガラクタへと変えた。

 もし、あのような兵器が再び撃たれれば、それこそノトスに向くようなことがあれば……。

 会議場で向けられたイツキの視線と、背景のスクリーンに映った巨大な島の砲塔を想像しただけで、ヤムナハの身体は震えた。


(あんな兵器を持ったまま放置させてなるものか!)


 焦燥と恐怖に駆り立てられヤムナハはユエルビア共和国首相やシーナ大帝国に共闘を呼びかけている。

 しかし、届いた返事はかんばしいものではなかった。


「くそっ」


(ここで泣き寝入りしてどうするのだ。各国協力して討たねば、狩られるのはこちらだというのに!)


 苛立いらだちで頭を激しくかきむしる。

 その時、ヤムナハの部屋をノックし、部下が入ってくきた。

 取り乱した様子を隠すため、面を替えるように、苛立っていた表情から不機嫌な表情へと整える。


「ヤムナハ様、貴族院主席のアナン様より通信です」

「つなげ」


 冷淡な声で指示すると、ヤムナハの部屋の通信機の子機につながった。


『ヤムナハ、苦労しているみたいだな』


 皮肉交じりの声が耳元に届き、舌打ちしそうになる口元を抑える。

 通信の相手は、国内においてヤムナハと同等の権力を持つ貴族院主席アナン・ゴドーであった。


「ふん、仕方あるまい。あんなものを見せられては」


 公の場ではないのでヤムナハもアナンもお互い敬語は抜きで話していく。


『焦る必要はないだろう。向こうは突かなければ何もしない、そう言ってるのだから』

「その言質、貴様は信じられるのか」

『信じるしかあるまい。もし、向こうが占拠せんきょしに来ても、そうなったら、おとなしく従うしかない。それだけの戦力差なのだから』

「貴様はおとなしく自国がやられるのを見ていろというのか!」


 落ち着きはらいながらも諦観したように聞こえるアナンの言葉に、ヤムナハは激昂した。

 対して、あくまでもアナンは落ち着き払った声で、そうではない、と否定する。


『戦力が太刀打ちできない相手であっても、国を差し出さずに済むよう譲歩案を見つけ、交渉する。そういうことだ』

「その間に奴らが増長ぞうちょうして撃ってこないと誰が保障できる!? このような時こそ意思を統一し、各国で協力して憎き敵を討つべきではないか!」

『……ケイオスを駆逐する時すら統一できてないのに、か』


 冷水を浴びせるように、ヤムナハの扇動をアナンは一蹴した。

 ノトスはずっと、他国の領土を奪うために戦争に明け暮れ、ケイオスの討伐は二の次にしていた。そのために、ノトスは居住できる領土がサザンよりも少ない。

 サザンは、自国の領土を守るためにケイオス討伐をまめに行っていた。アナンは、憎い相手ながらも、ヤムナハをいさめて自領土のケイオス掃討そうとうを訴えてきた。それが勢力の増強にもつながると説いた上で。

 しかし、即利益につながる侵略という方法をヤムナハは選び、アナンの訴えを無視し続けた。


 ぎりっとヤムナハが歯ぎしりする。


『少し、頭を冷やせ。今無理に攻めれば、相手に攻め込む口実を与え、攻撃されるだろう。そうなった時、ノトスの領土はなくなる。最悪の場合、ノトス・サザン合衆国そのものが地図から消える可能性もある。それは流石さすがに望むまい?』

「ちっ」


 いちいち正論を説いてくるアナンに隠すことなく舌打ちを返す。

 ノトス・サザンは大陸が分かれていることもあり勢力が分断している。それは一方で片方が倒れた時の保険という意味も持つ。敵対しているが、他勢力によって攻め滅ぼされる事態は避けるべきだと、ヤムナハも理解していた。

 

『しばらくおとなしくしていることだ。代わりに手向けといってはなんだが、最近入手したある資料を送る。なかなか我が領土でも危機感を感じる情報だ。参考にするといい。では』


 一方的に話すだけ話すと、アナンからの通信は切れた。


「くそっ!」


 ヤムナハは怒りとともに、通信の子機を激しく机に叩きつけた。

 他勢力は無理でも、隣あっている勢力としてサザン側の武力だけでも引き込みたかった、というのが本音である。しかし、話しぶりではアナンの側にエイジスに応戦する意志はない、ということだ。

 各勢力に呼びかけても袖にされ、敵対する勢力からは冷静になれと諭される。

 天空会議場にて自勢力の、ひいてはヤムナハ自身の権威を示すはずであったのに。

 世界に何一つ意見を通せない無力感。それは、ヤムナハにとって屈辱以外の何物でもなかった。


「状況を理解できぬ愚か者ばかりが。かくなる上は、多少強引な手を使ってでも……」


 圧倒的な武力と権威による恐怖と、自尊心を傷つけられた屈辱。この二つの感情が入り混じり、妄執につかれた声が口から洩れ、目に病的なまでにどす黒い光が宿る。


「ヤムナハ様、貴族院側より、資料が届きましたがいかがされますか?」

「寄越せ」 


 扉の外より声をかけられ、ヤムナハが先程までの狂気的な雰囲気を一瞬で消し去ると声をかける。良くも悪くも、取りつくろうという彼の特技は為政者という立場において有用であると言えた。

 部下から郵送によって送られてきた封筒を受け取り、中を開く。

 おそらく、先程アナンが話していた資料だろう。

 印刷されたと思しき資料を見るなり、ヤムナハは目を見開いた直後、その口元をゆがめた。


「まさか、こんなところでほしいものが手に入るとは。憎い奴だが、今ばかりは感謝しよう。そして、お望み通り、ここは引いて集中してやろう。ケイオス討伐を、な」


 呟きとともに見せた凄絶な笑みには、先ほどまでの恐怖と屈辱の感情を凝縮させたような、おぞましさが宿っていた。





 ノトス共和院から離れ、サザン貴族院官邸の執務室にて。

 通信を終えたアナンは、子機を置きつつため息をついた。

 本当は業腹ごうはらで、話もしたくない相手である。私情を抑えて警告した理由は、ヤムナハ一人の怒りによって大勢の民衆が巻き込まれる可能性があったからだ。下手に突いてエイジスの怒りを招けば、ノトス・サザンどちらにも被害が出てしまう。

 内戦に近い状態でありながらも、一つの国なのだ。片割れが起こした失態はサザンにも降りかかる。それは避けるべき事態である。

 サリやユイなど家族を絡めた事情、ヤムナハに対する積年の感情もあるが、政治家としてわきまえるべき事柄は理解しているつもりだ。


(手みやげがわりに資料を送ったが、あれで危機感を感じるわけでもなし。破り捨てられるやもしれん……悪用されることを考えたら、そちらの方がまだマシか)


 自身の机の端に置かれた新聞へと視線を向ける。

 先日までありもしない暴行事件をでっちあげられスキャンダルとして報道されていた。しかし、第一次オービス会議以降、風向きが変わり、サリへの暴行の件は政府が明かしたものではなく、マスコミが誤って流したものだと記事に書かれていた。

 そのわかりやすすぎる意図にアナンは怒りを通り越して呆れ返る。


(まったく、都合のいい手のひら返しだ。今は融和して手を借りてでもエイジスを討ちたいらしい)


 娘のユイもどこからか聞いたのか、暴行事件の疑惑と離婚騒動について知っていた。

 帰ってきたとき既に乗り越えたような様子であったが、マスコミの報道が変わったことがさらに気持ちの安定につながったようだ。

 代わりに、サリの件とともにエイジスについても訴えるようになってきたが。


(保護された手前、同情する気持ちもわからなくはない、が)


 娘の言い分としては、彼らは望んで兵器を行使するような好戦的な人々ではない、ということである。

 その意見は、会議の合間の休憩中にアナンもイツキと接触していたため、一致する。

 一方で、最終兵器を行使したことも揺るがない事実なのだ。

 アナンは、机の上で手を組みつつ思案する。

 エイジスは脅威だ、と話していたヤムナハの言も一理ある。

 代表であるワタセ家は、フェアリスによって精神束縛を受けており、今まで見てきた者のように覇権を狙う可能性もないわけではない。


(ただ、その方向性で考えた時、違和感があるのも確か、か)


 あそこまで大きい戦力を見せたのでは、今までのように小競り合いを続けるどころではなくなってしまう。


(もしも、最初に自分が予想していた通り追い詰められた故の行動であれば……? いや、顕示欲が強いフェアリスがついていたなら、今まで戦力を隠していたところを一気に頂点に躍り出ようという可能性も否定できない)


 今の段階ではどの可能性も憶測に過ぎず、今後の行動が読めない。


「ならば、今は情報を集めるしかない、か」


 万が一、無抵抗の降伏を要求されても、少しでも国を守れるように。

 アナンは目を閉じて一つ結論づけると、ある人物へと連絡をとるべく、通信機の子機へと再び手を伸ばした。

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