9. 世界で一番の嫌われ者 (2)

「若―っ!」

「ご無事でござりまするかー!」


 威勢のいい声とともに、B3と対峙していた黒曜、エヴァ―レイクとの間を割いて、新たに2機が降り立った。


「ウコン、サコン、なんでここに!?」


 赤い機体、薄紫の機体を見て、ハルカが驚く。


「若を追ってきたのでございまする」

「とはいえ、若のように水上走行用のパーツを使いこなせず、道中溺れかけましたが……」


 では、どうやって、と疑問に感じると地面に新たな影が2つ映りこむ。

 重量のある衝撃とともに現れたのは、青紫に大剣を背負ったプローム、と頑強な手甲を両腕にはめたベージュのプロームだ。


「よお、楽しそうなことやってるじゃないか」と言ったのは大剣の方。

「混ぜてくれよ、悪者なら俺らの味方だ」と言ったのは手甲の方だ。


「カナタさん、ケンジさん!」


 2機の乗り手の声を聴き、ハルカが声をかける。

 上空へと視点を変えれば、飛空艇が飛び立っていくところが見えた。先日カナタたちに譲った飛空艇だ。


「どうしてここに?」

「噂でユエルビア軍とノトス軍がエイジス海域に戦力を集中させているって聞いて、そこに国際会議が開くっていうニュースが入ってな。まずいと思って駆け付けたんだ」


オープンではなく、クローズドの通信チャネルで問いかけると、あっさりとカナタが答える。


「空域をすでに抑えられてたから、回り込んできたら、海の上を変な機体が溺れかけていたから助けたんだ。で、聞いてみれば、こっちの島にお前がいるし、ノトス・サザンの戦艦が近くに停泊してるから、二手に分かれた、と」

「かたじけない……。若に加勢するつもりが」

「この御恩は必ずや」


ケンジがさらに状況を説明すると、ウコンとサコンが申し訳なさそうに言葉を添えた。

 そんな5機のやり取りの裏で、黒曜のコクピット内で、シュウが新たに乱入した、4機、そのうちの大剣と手甲の武装のプロームを見て、警戒するように目を細める。


「アストラル、マックスガイツか」


 相方が呟いた機体コードを聞き、サキが資料の内容を思い出してある組織名前を口にする。


「黎明の旅団……」


 主に、ユエルビア共和国で活動し、強制労働所、収容所を襲い、労働者を獲得する集団。

 ただ、彼らが狙うのは非人道的と悪名高い施設ばかりであり、義賊のような人気をもって、一部の民衆へ受け入れられていた。


 戦況が変わり、両陣営が睨み合う中で、棒立ちとなっていたノトス側のプロームが動いた。


「好機っ!」


 青紫の機体アストラルに突撃槍を持った一機がせまる。

 だが、ベージュの機体マックスガイツが前に出て両腕部をクロスする。

 半透明のシールドが一瞬出現し、ごっ、という鈍い衝撃とともに槍を弾いた。

 相手機がたたらを踏んだところでガードを崩し、正拳突きをコクピットのある胸部に叩きこむ。

 ノトス側のプロームが草木を巻き込みながら吹き飛び木に激突すると、そのまま動かなくなった。機体の胸部には、まるでハンマーで殴られたかのように、半円状にえぐれていた。


「相変わらずタイミングが絶妙なことで。しかもインパクトの瞬間に衝撃波を混ぜ込んで、相手ロストしたんじゃね?」

「リカバリー考えずに突っ込んでくる方が悪いだろ」


 カナタが称賛とも呆れともつかない言葉をかけると、軽くケンジが返した。

 今度は別方向からB3に別のプロームの長剣を構えながらせまる。


「若っ、危ない!」


 ウコンのプロームが前に出て、斧で受け止める。

 相手が止まったところを背後から音もなくサコンのプロームが接近すると、鎖鎌で相手プロームの脚部をからませ、脚の接続部を文字通り刈り取った。

 動けなくなったプロームに対して戦闘不能と判断した自動装置が働き、復元が解除され、乗っていた操縦者が慌てて逃げていく。


「くそお、ここでやられるかあ!」


 部下2機があっさりと撃破され、やぶれかぶれとなったノトスの隊長機が突貫する。

 やれやれと言わんばかりにエヴァーレイクが援護するように、ウコンとサコンの足元に矢を放ち、拘束した。


「なっ!」

「動かぬ!」


 戸惑うウコンとサコンのところに隊長機の槍がせまる。


「っ!」


 それを受け止めようとB3が前にでようとした。

 が、その前に、アストラルがすれ違う隊長機を大剣で薙ぎ払った。


「人を無視して通ろうとするんじゃねえよ」

 ぼそりとカナタが呟く。


 アストラルのそばを過ぎ去ったあとには、隊長機が上体部と下体部で切断されていた。最も硬いと言われているコクピットごと綺麗に切断している。この状態で生き延びていることなど考えられない、完全なロストだ。


 これで、3機。ノトス側のプロームはすべて撃破されたことになる。

 さて、とカナタが黒曜とエヴァ―レイクに向き直ると、アストラルが大剣を地面に突き刺した。


「そちらのお2人さん、名前教えてくんない? こいつとやりあってるところは見た。相当な腕なんだろ?」


 アストラルがB3を示しながら言うと、黒曜のコクピット内でシュウがふっと微笑んだ。

 プローム乗りは互いに強者と認めると敬意を表して名乗りあう。どっちにしたって、撃破を重ねていれば名前は売れる、隠しても意味はあまりない。


「サザン貴族院所属、シュウ、黒曜」

「同じくサザン貴族院所属、サキ、エヴァーレイク」


 サザン陣営の2人が自国の組織、名前、そして機体コードを名乗る。

 名前と機体コード、を聞いてカナタとケンジが驚きで目を見開く。強いとは思ったが、まさかサザンの最高戦力だとは思わなかった。


「黎明の旅団所属、カナタ、アストラル」

「同じく旅団所属、ケンジ、マックスガイツ」


 2人とも喜々として名乗りあう。こんな強者とやりあえる機会なんてそうそうないからだ。

 互いに名乗り合う様子を見つつ、ウコンとサコンはプローム越しに顔を見合わせる。


「この流れだと、おいも名乗った方がいいのか?」

「なんか、某らはお呼びでない感がとてもするのだが……」


 困ったようにちらりとB3の方を見るが、ハルカは困惑していた。


「カナタさんもケンジさんもこういうとき、熱くなるタイプなんだよな……」


 増援はありがたい、非常にありがたい。しかし、この場合戦闘が長引くだけで話がややこしくなる。ハルカとしては機を見て逃げ出したいぐらいなのだ。

 5対2と形勢が逆転しているが、予断を許さない状況。

 そんな一触即発の空気を断ち切ったのは、プロームでもなければ、端で様子を伺っていたユイでもない。拡声器からの呼びかけであった。


『そこの5機、聞こえるか! 我等はユエルビア共和国艦隊である!』


 島中に警告する声が反響する。


『貴様らはすでに包囲されている! 抵抗は無駄だ、貴様らの拠点であるエイジスの島はすでに制圧した! おとなしく投降しろ!』


 警告とともに告げられた言葉にハルカの顔が青ざめる。

 所属の島、ケートスが制圧された??

 ノインが声をかけようとするが、それよりも前にダメ押しするように、無慈悲な声が響く。


『聞こえるか! 我らはすでに島への爆撃を行った。貴様らに帰る場所などない! おとなしく投降しろ!』





 天空会議場の会議室。

 スクリーンでは、建物が並ぶ島の湾岸部を 海、空を艦隊によって包囲されている光景が映し出されていた。

 ミニチュアのように規則正しく戦艦や飛空艇が並び、静かに威嚇しているかのようだ。

 しかし、突如、何の前触れもなく各艦隊から一斉にレーザー状の火砲が発射された。


「……!」


 会議室が爆炎の光によって照らされる中、抗議する間もなく、イツキが息をのむ。

 だが、島の方に被害があった形跡はない。

 映像をよく見れば、上空をユエルビア共和国の空中艦隊とは異なる戦艦が庇うように火砲を遮っていた。

 その戦艦は、まるで身を挺して島を守っているようだ。


「そうか、先に察知して守ってくれたのか」


 ヤナギの言葉を聞いて、イツキも理解する。

 戦艦を動かしているのはフェアリスだ。ただ、戦艦を動かすにはそれなりに演算能力を必要とするはず、ならば今1つ1つは攻撃する能力を持たず、航行することしかできないはずだ。

 彼らはまさに捨て石となっているのだ。


「まったく、抵抗もまともにできないとは」


 声には出さないが、ガイナスの唇がつまらなさそうに呟く。

 それを見てイツキがたまらず立ち上がった。


「待ってください! なぜ、警告も投降の呼びかけもなく攻撃を開始したのですか!?」


 叫びに対してシーナの議長から耳打ちされていた女帝が叫び返す。


「だ、黙れ、犯罪者が! 犯罪者にかける慈悲などあるわけがなかろう! 会議に来て弁論すれば何とかなるかと思ったのか! この痴れ者め!」


 女帝の言葉は、誘拐の現場を抑えたノトス・サザン合衆国、ケートスを包囲して制圧を完了しようとしているユエルビア共和国、それぞれの功績に対して慌てて遅れまいと食いついてきたようなものだ。

 他の首脳、アナンも何も言わずに黙している。

 突然の攻撃、そのことを非難する者は誰もいない。


(この場はなんて……)


 確かに自分は愚か者だったのだろう。すでに弁論で解決できる状況などではないのに、弁論で通そうとしたことが。

 そもそも相手方には、話を通じさせる気などなかったのだから。

 そこへ。


<イツキ殿、ありがとうございまする。我等のために憤ってくださったこと、感謝します。後は、任せてくだされ>


 イツキのもとへ、ヤナギの声が心の中で響く。

 何をするのか、イツキが聞き返す前に、ヤナギの声が会議場に響いた。


「陛下、どうぞおかけくだされ」


 ヤナギの言葉にイツキの身体が問答無用で従う。


(な!?)


 自分の身体が意図しない動作をした。その感覚に、イツキが内心で驚く。


「痴れ者か……」


 ヤナギが代わりにゆっくりと立ち上がった。

 先ほど言ったシーナ大帝国の言葉だ。それは、一つの引き金となった。

 ヤナギの中では蓄積した激情が渦巻いている。


「あくまでも、我等を愚弄するというのか」


 身体が怒りで震えている。フェアリスの集会で、仲間を罵倒し、貶め、会議場でイツキを貶め、ハルカを昔の仲間と戦わせ、ケートスに先制攻撃をしかけ身を挺して守る仲間をあざ笑う。

 自分の仲間を、何より恩人を愚弄されて黙っていられるほど、ヤナギの精神は穏やかではない。


「愚か者が、恥を知れ!」


 会議場が老人の声で震えた。

 フェアリスの中で首長を勤めあげたのだ。その年季の入った声は会議場に参加していた他代表を萎縮させる。

 そして、次に老人の口から発せられたのは今後の惑星オービスの趨勢を大きく左右することとなる一言だった。


「ここに参加するは、我がエイジス諸島連合皇国が皇、ワタセ・イツキ陛下なるぞ! この会議に参加する以上は同列、愚弄するはうぬが国の恥と知れ!」


 それは、今まで存在していた3大勢力に対して、新たに1つの勢力が名乗りをあげた瞬間であった。

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