3. 未確認少女、接近遭遇 (1)

 ノトス・サザン合衆国の西海岸の港街。

 海沿いの市営の公園では、夜にも関わらず煌々とした明かりが灯っている。

 公園の出口では、大勢の人、人、また人。

 帰路へとつく人の波がゆっくりと流れていく。


「今日のライブもよかったー!」

「すっげえよなあ。CD音源と変わらない声量だなんて」

「チケットとれてラッキーだったぁ。もう、感動!」


人込みの中から、興奮冷めやらぬ声があちらこちらで聞かれる。

 彼らが通り過ぎていく公園の出口では、スポットライトの下で堂々と歌う少女、ユイのポスターが貼られていた。



 熱気がこもっているのは、出口だけではない。ライブを終えた舞台裏でも熱気に浮かされるように、スタッフが撤収作業を行っていた。

 控室替わりに設けられた休憩スペース用のテントでは、今夜の主役とも言える少女がスタッフに交じって自分の使った機材を片づけていた。


「ユイさん、お疲れ様でした」

「ありがとう」


 片づける周りのスタッフから声をかけられ、ユイがサイドテールを揺らしながら笑顔で答えた。

 ある程度片付いたところで、ユイは自身にこもった熱を出すように、ふう、と吐息を夜空に向けて飛ばす。


(いいパフォーマンスできたかな……)


 ライブ中のパフォーマンス自体は悪くなく、自分の中ではやりきったという達成感があった。いろいろと葛藤していることはあるが、少なくとも今だけは観客とともに一体となれたように思う。


(今だけは、いいよね?)


 夜風に吹かれながら余韻に浸る。

その時、公園の裏側、休憩スペース用のテントに近い路地、ライブ帰りの人でごった返す道路を一台の高級車がゆっくり走っていった。

 すれ違った一瞬、車の中に乗っている人物が見え、ユイの目が驚きで見開かれる。


「ユイさん?」


 訝しげにスタッフが問いかけるがユイの視線は車道の先を見つめたままだ。

 突然、スイッチが入ったように身を翻すと、少女は走り出した。


「ごめんなさい、ちょっと行ってくる」

「えっ?」


 戸惑うスタッフを置き去りにしながら、ユイは走りつつ腰に下げたある物の感触を確かめる。拳銃型のプローム素体、自分の愛機の存在を確認すると、走る速度をあげて夜の街へと飛び出していった。





 ユイが飛び出していく少し前、会場近くの機材設営場で一人の少年と一人の少女が音響機材の後片付けを行っていた。


「何とか無事に終わったな」


 ヘッドホンを首に下げた少年、レンがやれやれと言った様子で傍らの少女に話しかける。


「そうだね。シュウさん、サキさんもいないけど何とかやりきったし」


 褐色肌の健康的な少女、ミナが苦笑いに近い笑みを浮かべて返した。


 シュウやサキはレンとミナが所属する特殊上位部隊の隊長の副隊長だ。

 特殊上位部隊とは言ってもその実はサザン貴族院主席一家の親衛隊に近く、主席一家を護衛したり、こうしてユイの広報活動の補助を行っている。広報活動の時にはレンはコンポーザー、ミナはメイク担当だ。


 ちなみに、シュウとサキはノトス側の重鎮と会談があるアナンの護衛にまわっているので、不在だ。


「正直、ユイの護衛はそんなに心配してなかったんだよねー。ユイもプローム乗れるから。最悪、私たちもプロームを使えばいいし」


 ただ、とミナが続ける。


「ユイになるべくニュースとか余計な情報を入れさせないとか、そっちの方が気を使っちゃう」


 ミナの意見にそうだな、とレンが同意する。

 ユイの母であるサリの失踪の件はノトス・サザン双方で連日トップニュースとなって扱われており、その内容は虚実入り交じって混沌としている。

 家族内の不仲説にはじまり、アナンには複数の女性関係があったなど、根も葉もない憶測や当事者のことをまったく考慮しない無礼なゴシップまであった。

 ユイが聞いたら憤慨するだけではなく落ち込んだり、揺さぶられて精神的に不安定になることは想像に難くない。


「アナンさんは、その辺もろに表情に出て広報活動に支障が出るからってニュースとか聞かせないように言い渡してたけど、本心は不安にさせたくないからだろうな」


 レンが険しい表情を浮かべながら推測を話す。

 父親であるアナンはユイによく厳しいことを言うが、それは愛情の裏返しだというのは特殊上位部隊をはじめ周囲はよく理解しており、ユイ自身もわかっている。


「特に、最近のニュースは聞かせたくないだろうし……」

「だね。聞いた時、何それ、って思った。ただ、聞かせないようにするのも限界がきてるし、ユイの焦りも酷くなってる」


 ミナとレンはユイと年齢が近いため、よく傍にいる。それだけにテレビのニュースやら新聞やらから話題を逸らすことに苦慮していた。

 反対に情報が乏しいユイは直接自分から探りに行こうとしており、その様子は見ていて危うい。シュウもサキも護衛につけない際に、ユイが飛び出して行かないかを危惧していた。


「気持ちはわかるな……。母親だし、それにサリさんが居ないことは俺もしんどい」

「うん……だからでこそ、サリさん自身から居なくなったなんて考えたくないよね」


 ミナもレンも特殊上位部隊のプローム乗りとしての地位が確立した頃、ふと顧みれば両親という存在は居なかった。そんな時、親代わりをしてくれたのはアナンであり、サリであり、兄姉がわりをしてくれたのはシュウとサキ、そしてユイだ。

 家族のような、そんな関係だったのだが、サリが居なくなった今、互いの関係もぎこちないものになっていた。


 考えれば考えるほどネガティブな感情が湧き上がってしまうので、ミナが話題を変えるべく首をふる。


「エイジス海域の件で、各国間緊張が高まっていることはユイも流石にわかってるだろうし、無茶な単独行動はさすがにとらないんじゃないかな?」

「だよ、な」


 ミナの話に合わせるようにレンが相槌をうつ。その矢先、スタッフが血相を変えて二人のもとへ走ってきた。


「すいません! 今しがたユイさんが車を見かけて、いきなり走って行ってしまったんですが……!」

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