3. 未確認少女、接近遭遇 (2)

 レンとミナがスタッフから報告を受けた頃、ユイは車を追いかけて路地を走っていた。

 ライブ直後のため、付近の道路は混雑しているため、車も速度を出せない。そのため、少女の足でも追跡することができた。


 ようやく混雑していた公園付近の区画を抜けると、港沿いの格納庫が並ぶ区画、へと車が入っていった。

 このまま侵入しようとしても入れないため、ユイはあえて回り道をしてフェンスの抜け穴からこっそり区画に忍び込む。


(確か、車が入っていったのは大企業お抱えの格納庫だったはず)


 注意しながら探していると、すぐに一番巨大な格納庫のそばに止められている車を見つけた。

 車の中を探ると、すでに人は降りていて空だ。


 気づかれないように建物の周辺を歩いて、格納庫内の様子を確かめていく。

 格納庫には一隻の飛空艇が止められていて、人が乗り込む様子が見えた。

 そして、その人の列には。


(お母さん……!)


 ユイの母親、サリの姿があった。

 どうしよう、とユイは思案する。腰のところをなで、二丁拳銃、自分のプロームの素体の感触を今一度確かめる。


 自分は顔も、そしてプローム乗りとしても名が売れすぎている。ここで無理に引き留めれば、アナン、父の立場を悪くしてしまう。サザンの平穏を維持するためには、それだけは避けなければいけない。


(だけど……)


 ここでチャンスを逃せば、母のことを確かめる機会が失われる。


(飛空艇に侵入すれば見つかったときに抵抗できない。かといって、レンとミナのところに戻っているヒマはない)


 どうするべきか。ユイが悩んでいると、他の格納庫へ、あるプロームのパーツが運ばれてくるのが見えた。

 そのパーツはノトスで試作されたもので、パーツ自身にエネルギーパックを積んでいることでプロームのエネルギーの消耗を抑えて長距離・長時間飛行をすることができる。

 旋回性能がないため飛空艇に機動性は負けるが、飛空艇がなくともプロームのみで移動手段が得られることは作戦の幅が広がる。

 期待されていたのだが、2か月ほど前、テスト飛行をしていたところ、プローム乗りが2名、エイジスで事故にあったため、製造停止(お蔵入り)となってしまった。


(それも、乗り手側の問題だったから、パーツ自体は有用なはず)


 覚悟を決めると、ユイは目を細めた。



 数分後、エンジンを温め終わった飛空艇が格納庫から飛び立っていく。

 その後を追うように、飛空艇に比べたら、小さな影が追跡するように夜空へと飛び立っていった。



 ◇



 夜明け前の海上、地球の世界地図に当てはめると、太平洋上の日付変更線付近をサザン港街を飛び立った飛空艇が移動していた。

 内部は、現存する飛空艇の中でも屈指の豪華な内装となっており、高級ホテルの一室を思わせるようなシャンデリア、ソファーなどの家具が置かれていた。


 安楽椅子に座りながら、飛空艇の持ち主である人物は向かい側のソファーに座る人物を眺める。

 清楚なデザインのドレスに、波打つ亜麻色の髪に整った相貌のとても美しい女性。ただ、そのすみれ色の瞳に意思はなく、口元も人形のように緩く閉じられている。

 そんなうつろな女性を男性は眺める。舐めるようにただただ眺める。そうすることによって、自身の所有欲を満たすかのように。

 

 不意に、扉がノックされた。

 邪魔されたように感じたのか、眺めていた男性の眉が不機嫌に寄ると、感情を口調に隠さずに言い放つ。


「構わん、入れ」

「失礼します」


 スーツ姿の男が慇懃に一礼すると、安楽椅子に座る上上司に近づき、耳打ちした。


「先ほど、この飛空艇を追跡するプロームを検知しました」

「ほう? どこの馬鹿だ」

「それが……エニエマです」


 部下からの報告を聞いて、安楽椅子の男は驚いたあとで、笑いだした。


「なるほど、あのじゃじゃ馬娘が追ってきているか」


 男性は立ち上がり、ソファーに座っている女性に声をかける。


「愛されているようだ。情愛が深いのは貴方譲りだな」


 だが、男性の言葉に女性は表情も変えず、反応もしない。

 女性の様子につまらなさそうに、ふん、と男性は鼻を鳴らすと、部下に告げる。


「歓待してやれ。なんだったら、落としても構わん。どうせ、その時はおとなしく国に帰るだけだからな」


 男の命令はつまるところ、ロストしても構わないから撃ち落とせ、そういうことであった。



 ◇



 飛空艇を追跡していたユイは愛機、エニエマのコクピット内で焦りを感じていた。


(一体どこまで飛ぶのよ!?)


 聞いていた情報だと、飛行パーツはシーナ大帝国まで飛行できたということなので、エネルギーはまだ持つはずだ。

 だが、夜だった空はいつの間にか白んできている。

 これでは、追跡がばれる。

 そう思った矢先。


 飛空艇から機体へ向け、エネルギー弾が射出された。


「んっ!」


 慌てて回避する。

 懸念していたとおり、相手がユイのことに気づいたのだ。


(やばい、こっちの飛行パーツは移動用で空中戦闘に耐えられるほど性能は良くない)


 機体の腕部が握る二丁拳銃の武装を一瞬見た。

 応戦したら母を撃ち落としてしまう。いくらここでは死の概念がないとはいえ、母に対してそんなことはしたくなかった。

 エネルギーを消耗してしまうが、仕方ない。

 ユイは、エニエマの特殊武装、シールドを展開した。


 プロームは、基本エネルギーを犠牲にしてシールドを張ることができる。ただ、動きが止まってしまうので機動力を優先した戦い方をするプローム乗りでは使用しない者もいる。ユイの場合は、特殊武装として積んでいるので、動きを止めないとシールドが使えないというデメリットを克服していた。


 とはいえ、シールドで防げるのは小型のケイオスと銃弾攻撃ぐらいだ。シールドを展開すればそれだけ、エネルギーの消耗の増加は避けられない。


 そのまま銃弾をかわしつつ、飛行すること1時間。

 さすがに、エニエマのエネルギーが尽きてきた。

 本格的にまずい。ロストしたら今見ている情報、サリが移動している、という情報が失われてしまう。

 せめて避けるために陸地を、と思いコクピット内から見回す。

 そして、視界の先で陸地を見つけた。


(やった!)


 ユイが喜んだ瞬間、コクピット内が振動した。

 飛行ユニットが煙をあげている。飛空艇からの銃弾を喰らったのだ。

 悔しい気持ちを抱えながら、ユイは向かう先を陸地へと変更した。

 しかし、容赦なく飛空艇はエニエマを落とそうと銃弾の雨を降らせてくる。


(お願い、陸までもって!)


 ようやく陸地に入り、地面にエニエマの影が映る。

 同時に、飛行ユニットにもう1発銃弾が当たった。

 衝撃でプローム内部が大きく揺れ、ユイの頭が激しくコクピットの操作台に打ち付けられる。


 エラー音を鳴らしながらエニエマが墜落する。反対に、飛空艇はエニエマが落ちていくのを見ると、その高度をあげていく。その上空になにか建造物が見えた。


(飛空艇? ううん、もっと大きい)


 だが、落ちていく自分に確かめる方法はない。


(お母さん……)


 ユイの意志を表すかのように、墜落するエニエマの手が空へとのびる。

 伸ばされた手は届くことはなく、ユイは意識を手放した。



「エニエマの墜落を確認しました。墜落先はエイジスの諸島、先日試験飛行していたブラボー小隊がロストした島です」


 その報告を受けて、飛空艇の持ち主が歪んだ笑みを浮かべる。


「なるほど、良い位置に落ちてくれたものだ。なら、追撃は不要だ。せいぜい、役立ってもらおう」


 そう言うと、飛空艇の窓から男性は外を眺めた。そこには、飛空艇の機構を利用して空に浮かべられた豪勢な建物があった。


「では、宴の準備をするとしようか」

 

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