5. 世界の真実 (1)

 老人に村のような場所に案内され、自宅を模した家で一泊した翌朝。

 気持ちの落ち着かないイツキは一人、気分転換をするべく散歩に出た。

 近代的な一軒家の外は山奥の村のように除草しただけの道が続き、鳥のさえずりが聞こえ、風で木々が揺れる穏やかな風景が広がっている。空を見れば、太陽と同じ恒星が輝いており、何も知らなければ、地球じゃないなんて思いもしないだろう。

 しかし。

 惑星に転移されて初めて遭遇した人、息子が直面した機械兵器(プローム)での戦闘。 

 少なくとも、社会情勢に関しては地球のものではない。 

 この惑星にいる人が自分たちだけではないと知ることができたことには安堵している。一方で、当たり前に戦闘に巻き込まれ、当たり前のように中高生ぐらいの子どもたちが事態に対処している。その異常性に衝撃を受けていた。


(常識が通用しない)


 そのことをイツキは痛感していた。

 いや、旅の道すがらケイオスとの戦闘などでもすでにそうだった。はっきり自覚したのは、機能戦闘あとの消耗したハルカの姿と、あっさりと決断してみせたナノの姿を見て、だ。

 

(あの時、自分にできたことは何があっただろうか)


 常識の通じない事態。できることは限られている。その中で、ひたすらどうすればよかったのか、ただ、答えのない問いがループしていた。


 キィィィィイエェアアー!


 子どもたちとカナタ達が泊まった集会所の近くを通りかかったところで、その奇声は突然イツキの耳に届いた。

 子どもの声、しかも集会所の中からである。不穏な気配を察知してイツキは血相を変えて扉を開けた。


「どうしたんですか!?」

「あ、イツキさん、おはようございます」


 予想に反してイツキを出迎えたのは、落ち着きはらった、子どもたちのリーダー格の少年、カナタだった。

 カナタだけはない、ケンジ達同年代4人も同様の様子で、動じている気配はない。外から聞こえてきた悲鳴との落差にイツキが戸惑う。


「あの、穏やかじゃない叫び声が聞こえた気がするのですが」


 ああ、とカナタ達5人がうなずくと集会所の奥の部屋に案内してくれた。

 扉を開くと、外から聞こえてきた奇声が、遮るものもないまま大音量で襲いかかってきた。

 焦点が合わないままひたすらに泣き叫ぶ子ども、駄々をこねるようにベッドの上でやたらめったに腕や足を振り回す子ども。

 子どもたちの叫び声はとどまる様子を知らず、疲れ果てる気配もない。焦点の合わない視線に言葉による言い聞かせも、何も通用しないと明らかにわかる。


 部屋の様子はさながら地獄絵図だった。


「これは、一体……」

「昨日の襲撃のあとに戻ってきた、起き上がりです」

「起き上がり、とは?」


 疑問に感じるイツキを訝しげに見つつ、カナタは説明するべく話す。


「人の身体が死ぬ、いわゆるロストって言うんだけど、そのあとフェアリスの干渉を受けて復活する。基本は記憶とか意識とかある程度残したまま戻ってくるんだけど、何度もロストと復活を繰り返すと、心が摩耗して死んでしまうんだ。こいつらのように」


 心が死んだ。

 重い事実ながらも、日常風景のように話すカナタの言葉、そして同じく当然のように受け止めている他の4人の様子にイツキが絶句した。


「そんな、それでは」

「結局死ねないから自分を傷つけて死んでは、死んだ場所で起き上がって、壊れた心でまた自分を殺して起き上がる。その繰り返し。起き上がるためだけに復活する。だから、起き上がりって言うんだ」


 アヤメが静かに言う、その内容は凄絶な地獄そのものだ。


「彼らの父親や母親は……?」

「そんなのいるわけないよ、ユエルビアのストリートチルドレンなんだから。捨てられたの」


 ルイが呆れたように首を振る。その呆れは、知らないイツキに対してか、それとも子ども達を見捨てた大人たちに対してか。


「だけど、こうして心が壊れた子どもも需要があってね。高官の気分のはけ口に利用される。時にはプローム兵器の実験体や的にも利用されたり、な」

「ひどいよね、人と思ってないでしょ? だから、私たちは少しでもこういう子たちを助けようと思ってあちこち旅してるの」


 ケンジとルイが言うと、カナタが頑丈な鍵のついた分厚い扉を見た。


「だが、俺らもこうして隔離するしかできないからな。救いになっているのかすらわからないんだ」


 非道な行為から子ども達を救うこと、それは人道的に正しい行為だ。

 だが、結局心が壊れたこの子どもたちには死がなく、安らぎは訪れない。それは凄惨なループを作り出していることになる。

 カナタ達5人の表情は泣き叫ぶ子どもたちに対し、どうにかしたいと思い抱え込むも、どうしようもできない辛さを抱いているようだった。

 救いたい正義感と、抱えることにより苦痛を広げているのではないかという疑念。そのジレンマは理解できるものの、それに対してどうすればいいのか、答えが見つからない。

 彼らはまだ高校生ぐらいの年齢で、自分は子どもを持った大人なはずなのに。


 かける言葉すら見つからず、昨日感じたものと同じ、無力感が胸中でざわめく。

 無言のまま、呆然と室内の子どもたちの様子にイツキはただただ立ち尽くしたのであった。

 


 ◇



 何とも表現のしようのない感情を持ったままイツキは集会所をあとにすると、昨晩宿泊した建物に戻る。

 地球だったらよく住宅街で見かけるような4LDKの家屋。

 それは、フェアリスが元素変換を利用し再現してくれた渡瀬家の家だった。


 玄関を開け、慣れた自宅の家具や壁にかかった写真が目にとびこむ。

 安心感のある空気が先ほどの集会所の殺伐とした空気との違いを感じさせ、イツキの中でやるせない感情がこみ上がる。


「あ、父さんお帰りなさい」

「お帰り」


 リビングでハルとナノがイツキに声をかける。

 いつもどおりの言葉。

 待ってくれている、家族。

 自分を迎えてくれた2人をイツキはたまらず抱きしめた。


「と、父さん!?」

「どうしたの?お母さんの癖が移ったの?」


 ハルカ、ナノの驚く言葉に、イツキは無言で答えない。

 2人とも黙って待っていると、ゆっくりとイツキは離れた。


「すいません、少し取り乱しました」


 そう言う、イツキの表情はどこか晴れないままであった。父の様子にハルカとナノが心配そうな表情を浮かべる。


「ごはんできたよーってイツ君どうしたの?」

「大丈夫です、ごはんにしましょう」


 声をかけたケイトに気づくと、イツキが心配させないように軽く微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る