Chapter.1

プロローグ


「んー、今日も頑張ったー」


 ネットワークフルダイヴ用ヘッドギアを外して、中学二年生の少年、渡瀬ハルカは、うーん、と伸びをした。

 先ほどまで、世界的に流行しているSF系MMO対戦ゲーム“CosMOS”をプレイしていたのである。


 “CosMOS”は、プロキシー・フォーム、通称プロームという、巨大ロボットを操作するアクションゲームだ。メインはケイオスという未知の生物を撃破して奪われた領土を奪還するミッションモードだが、奪還した土地をプレイヤー同士で奪い合うネットワーク対戦モードもある。

 オンラインゲームにしては昨今珍しく、課金要素がなく、費やした時間で優劣が出ないようになっており、忙しい社会人から子供まで幅広く遊べるように工夫されている。そこへ、凝ったグラフィックと感覚と一体化するような操作性の快適さもあり、“CosMOS”は世界中で人気を博すゲームとなった。


 傍らのモニターには、先ほどまで一緒にダイヴしていた仲間とのチャットログが残っている。


「7/7が大会で、今日が6/30だから、もう来週か……。それまでに調整して操作精度をもっとあげておかないと」


 CosMOSのメインコンテンツは最大15人でチームを組んでミッション攻略のスコアを競ったり、直接対人戦でバトルする、チームバトルである。ハルカが所属しているチームは世界ランク2位を誇る上位チームで、今度の大会では初1位獲得に向けて連日特訓していた。

 PCのモニターからCosMOSのアプリを立ち上げ、設定画面を表示させる。

 フルダイヴをしていないときでも、こうしてプロームの調整ができるのもこのゲームの特徴だ。

 今度の大会では、大会用に開発された大陸をチームで奪いあい、競うことになっている。対人戦も問題だが、その前に、ケイオス討伐戦をどのように乗り切るかがカギだ。


「まずは拠点を確保しないことには補給もできないから、範囲殲滅系の機体使ってる人をフォローできるかどうかだな……」


 プロームは、人型のロボットなのだが、性能は最新鋭の銃器類や、剣、盾、槍、弓など古典的な武器を素体として構築されるようになっている。たとえば、剣ならば素早い近接戦を得意とし、銃ならば遠距離攻撃が得意となる。ただ、それぞれ弱点も引き継ぐことになり、剣はリーチが短く、範囲系の攻撃が苦手、銃ならば近接攻撃が苦手で補給が必須で燃費が悪いなど。


「予備のエネルギータンクを積めるようにして、持久力上げておこうかな。回避性能や反射速度がやや落ちちゃうけど、生半可な攻撃だったらかわせるだろうし」


 あれこれ思考錯誤しながら、タイピングして設定を変更していく。重い動作や操作も父からのおさがりのパソコンなので余裕でこなせる。


「これでよし、と。ん? チャット欄に新しいメッセージ来てる。大会後、オフ会するって?」


 オフ会とは、リアルでプレイヤー同士が交流する会のことだ。ネットワーク系ゲームではおたがいリアルの素性、顔は知らない。その関係が心地よいこともあるが、仲が深まると実際に会ってみたくなることもある。


「オフ会、行きたいなあ……けど、未成年のうえに中学生だから場違いになるかな」


 中学生と知られるのは怖い気もするが、今所属しているチームの面子は前のゲームからの長い付き合いで会ってみたいという気持ちも強い。

 さんざん悩んだあと、参加するということと、未成年であるのでお酒は飲めないことを返信した。

 すぐに飲めないの!? とか、学生さんだったのかー、とかチャット欄にメッセージが並んで苦笑する。


「書かない方がよかったかな……」


 そうつぶやくと、驚くメッセージのすぐ下に、おっけー、とか酒飲めなくても全然平気だから参加よろしく! というメッセージが続いた。


「とりあえず、第一関門クリア、と」


 実際に会ったら中学生であることはばれるだろうが、まずは未成年という情報を流してショックに備えてもらおう。父似の中性的な顔立ちではあるけれど、さすがに服装に気を付ければ性別までは間違われない……はずだ。

 パソコンから、スマホと同期しているウェブカレンダーを開いて7/7のところにオフ会と予定を追加した。


「楽しみだなあ。ただ、その前に大会で足引っ張らないようにしないと」


 いろいろと山積みな課題にため息をつきながらパソコンの電源を落とす。

 落とす前に確認した時刻は17時。今日は夕飯担当になっていたので、そろそろ作らないといけない時間だ。

 ハルカは台所に向かうべく、自室を出て階段を下りていった。

 誰もいなくなり静かになった自室で突然、落としたばかりのパソコンの電源ボタンに明かりが灯り、モニターが起動する。いくつか複数のウィンドウが開かれ、文字列が並ぶ。直後、ウィンドウが閉じられると再び電源は切れ、部屋には再び静寂が戻った。



 ◇



 永田町、ある政党の所有する建物の一室では、密談が行われていた。


「例のものの開発は進んでいるのか」


 髪型をオールバックに整え、黒く重い印象を与えるスーツを着た男性が傍らの部下に問いかけた。その胸元には議員バッジが光っており、大半の国民がその人物を見れば現在首相を務めている人物であるとわかるだろう。


「つくばで稼働テストも済ませましたが、無事に稼働したとのことです。まさか、今までのロボット工学をくつがえす知識と情報がもたらされるとは思っていなかった、と向こうの研究者が驚いてましたよ」


 首相と似たようなスーツを着た、低姿勢な別の男性が問いかける。


「ちなみに、首相はその情報をどちらから?」


 部下からの問いかけに対して不機嫌そうに首相は報告書のファイルをバン、と暴力的に机においた。詮索するな、という言外の警告である。


「し、失礼しました!」


 慌てて高官が頭を下げるのを見て、ふん、と首相が鼻を鳴らした。


「これから電話で少し打合せをするから部屋から出ていろ」


 首相の命を受けて、部屋で待機していた高官、スタッフがそそくさと部屋から出ていく。

 人の気配が無くなったことを確認すると、首相はスマートフォンを取り出し、ある連絡先へとコールした。


「もしもし、私だ。ああ、無事に稼働テストまで済んだ。素晴らしい成果だ」

『それは何より。ちなみに、約束した内容は忘れていないだろうな?』


 通話の相手は男とも女とも判別のつかない不気味な音声で返答する。


「もちろんだとも、貴君らの惑星に人員を派遣しケイオスの駆逐だったな」

『ああそうだ。よろしく頼む』


 不愛想に一言告げると、ぶつっと電話は切れた。

 通話終了を告げるツーッという電子音が聞こえると、ふっと首相は口の端で笑った。


「そんなもの、誰が守るか。どれだけの人員が割かれ、犠牲になると思ってるのだ」


 そもそも別の惑星に知的生命体などいるとは信じていない。交渉に応じたのは提示されたプロームの技術が現実的に実用可能であり、兵器、重機としての活用にメリットを感じたためだ。

 独自の情報ソースから、他の国にも謎の勢力から交渉を持ちかけられたという話もある。断った国もあるというが、乗り遅れて交渉のカードを失うのは避けたい。それゆえ、表面上は交渉に応じたのである。

 今後の外交交渉に向けて思案しつつ首相が口の端で笑みを浮かべた。

 その首相の見えない箇所で、デスクに置かれていたパソコンのモニターに電源が入り、謎のウィンドウが現れる。

 膨大な量の文字列が流れたのち、画面の下に、一つの英単語が映し出された。


 “Lethe”


 忘却を意味する河の名前、レーテー、と。

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