闇魔術師が軍に入った結果
六枚のとんかつ
プロローグ(取調室よりお送りしております)
白いタイル張りの無機質な部屋に金属製の机が一つ。それに向かい合うように椅子が二つ。一方には私が座り、もう一方には数時間前に拘束した、白衣のような白いコートを着た男が座っていた。
男と言っても彼の年は15だし、とても整った顔立ちをしていた。
透き通るような白い髪に、全てを見通すような青い目。目鼻も通っている。
どんな人が見ても彼が数十年単位で刑務所暮らしになるような犯罪を犯した人間だとは思わないだろう。
窓から差し込む太陽の光が私達と部屋を明るく照らしていた。
そう。ここは取調室だ。
「ノア・セイント、15歳。キャリー地区出身…。このことに間違いはある?」
「いえ、間違いありません。」
「黒魔術師なのに苗字が聖人ねえ…。あなたには禁止薬草の栽培、所持、使用に禁止魔法の使用の容疑がかかっている。…男なのに魔法が使えるとはね…。…ここまではOK?」
私はシャーロット・キャッスル。史上最年少の17歳で二ヶ月前に軍の魔法部に入隊した。今の階級は士長。
(階級順 特監>一監>二監>三監>一正>二正>三正>士長>一士>二士>三士)
(特監以上は司令部に配置される。)
士長スタートは史上初らしく、自分に自信を持って働いていたのだが…。
『お茶汲んできて~。』
『書類まとめてくれ~。』
『飲み会の予約取って~。』
「ふざっけんな!くそっ!」
「ひゃ!」
まずい…取り調べ中なのにキレちゃった…。絶対引いたよな…。犯罪者とはいえイケメンに変な女だと思われるのはいやだな…。
(かなりクレイジーな人だな…。怒らせないように…。)
ノア・セイントは静かにそう思った。変な女どころでは済んでいなかった。
「あのーすいません…手錠外していいですか?手に食い込んで痛くて痛くて…。」
「はい?外せるわけ無いでしょう?そもそも許可出すわけ無いでしょ!?」
「いや…でも…。」
外した手錠を右手に持ってぶらぶらとシャーロットさんに見せた。
シャーロットさんの顔が真っ赤になっていくのを見たけれど、なぜそうなったのかは分からなかった。
「あー痛かった…きつすぎですよ…。」
「はあああああああああ!?」
「痛いです…。」
「良かったね!」
手錠程度だと逃げられると判断した私は、拘束魔法『血の鎖』を唱え、しばらく身動きを取れなくした後、屋外用ロープを倉庫から持ってきてもらって腕、足、胴体、その他ありとあらゆる所を縛った。
「SM趣味はありません。」
「私も無いよ!」
縛ってる最中でちょっとあれかなぐらいは思ったけど…仕方ないでしょうが!
「そういえば魔法唱えるときノリノリでしたね。」
「まっすぐ歩けないようにしてやろうか。」
魔法を使うような仕事が出来なかったからだよ…。仕方ないでしょうが…。
「それにですね…。」
ノアが目を閉じ何か言うと、彼の手から何か茶色いロープのようなものが飛び出た、いや、ロープじゃない。蛇だ。
「ひいいいいいい!」
蛇は一瞬で私の体に巻きつき始めた。2メートルも無かった蛇はどんどん長くなり、まるでノアを縛った屋外用ロープの様に、私の体を縛った。僅か数秒で行動の自由を奪った。
「ちょっ!なにこれ!やめて!」
蛇は口を大きく開け、今にも私に噛み付こうとしている。
「『蛇の縄』、紐や棒切れなどの細い長いものがあれば使える魔法です。魔法をかけた物体を蛇にして拘束したり…そのまま絞め殺したり…噛み殺したり…。」
「今すぐ外せ!早く!」
「後学のために体験したほうがいいのでは?触ってみてください。ロープと同じ触感ですから。」
「解除しろ!今すぐ!ナウ!」
「『血の鎖』は術者が自分の意思で操作する必要がありますし、術者の魔力で鎖を作っていますから魔力切れを起こしたら拘束できず、しかも実体がないから無理やり抜け出すことも可能なのに対し、『蛇の縄』は一度命令したら、解除するまで縛ってくれてしかも…」
「一生刑務所に入りたいか!」
「ごめんなさい。」
ノアが指をはじくと蛇は一瞬でロープに変わり、私の足元に落ちた。
「と、言うわけで蛇の縄の凄さ、分かりました…か…?」
少し得意げな顔で途中まで喋っていた彼も、私の顔を見た瞬間、顔色を変えた。
鏡が無くてよかった。たぶん私はマジ切れした顔をしている。
「あの…その…えっと…。」
涙目になって何かを言おうとしているノアをじっと見て私は静かにこう言った。
「オマエは私にボコされることを予想していましたか?」
(数十行ほどの擬音と悲鳴)
「魔法部だから警棒なんて使わないと思ったけど、結構使えるものね。」
「そ…う…です…ね。」
さっきとは打って変わってニコニコする私を見て多少の恐怖を覚えたのか、彼は口数が少なくなってしまった。まあ喋ってもストレス溜まるだけだしいいでしょう!
今まで味わったことの無い、優越感と満足感に浸っていた時ドアが数回ノックされ、緑髪の眼鏡をかけた女性が入ってきた。
「なんか凄い悲鳴が聞こえたけど大丈夫か…?」
「ダイジョウブデス。ジェシー三正」
「全然大丈夫じゃなさそうなんだが…。」
この人はジェシー・バスク三正(26)私と同じ魔法部の人だ。得意な魔法は拘束術で、たぶん三正が本気を出せば逃げられる人は多くはいないだろう。
ちなみに戦闘時は眼鏡を外すらしい。めっちゃくちゃ怖いそうだ。…まあ新人の私を怖がらせる冗談だろうけど。
こんな美人が怖いわけが無い。
「まあ…いいか…。それよりそいつのことをバイオレット特監に話したらえらい反応をしてたぞ。一度つれてこいとのことだ。そいつと会って話をしたいとさ。」
「………。」
やべ…ノアってまさか…バイオレット特監の知り合い?だとしたボコボコにした私は…除隊!?それどころか…逮捕!?嫌だ!
「えーと…ノア君だったかな。とりあえずこっちに来てくれない…」
「いいえ!私が歩かせます!」
いまノアはロープで縛られている。ー縛ったのは私だけど!それを見られたら…見られたら…。人生坂道まっしぐら!
「いや、全然歩けそうじゃん。怪我もして無いし。」
「-はい?」
ジェシー三正の言っていることの意味が分からなかった。まずノアはロープで縛っているから歩けないはずだし、さっき私がボコボコにしたから打撲傷だらけのはずだ。
普通だったら歩けそうだとは言わないだろう。
なのに…なんでジェシー三正はそんなことを…。
「はい、全然歩けます。」
声に驚き、後ろを振り返るとそこにはロープで縛ったはずのノアが何事も無かったかのように立っていた。ロープは解けて床に落ちていた。
「うええ?」
しかも全身にあった打撲傷も全て消えていた。まさかこいつ…。
「回復魔法まで使えるの?」
「使えます。」
わーお。
解説
○「…男なのに魔法が使えるとはね…。」
基本的に男性は、魔力がまず無いか、あるいは魔法が使える程の魔力が無いかのどちらかであり、魔法は通常は女性しか使えない。
ただし、ごく稀にノアの様な男性でも実践的に魔法が使えるほどの魔力をもった人が生まれることがある。
そういった男性の魔力量は平均的な人間の魔力量を遥かに凌駕する。
ただし、男性の体自身がそもそも魔法の運用に適していないため副作用が起きることがある。
○士長スタートは史上初らしく
基本的に三士から出世を重ねていくが、仮入隊の際に能力を見られ、身体能力や頭脳が秀でた人は二士や一士から始まることがある。
士長スタートは今の所シャーロットだけ。
○『飲み会の予約とって~。』
ジャルニ国では飲酒は16歳から可能だが、飲める量に制限があり、制限以上を販売した場合、店と購入者が罰せられる。22歳から無制限になる。
喫煙は24歳から可能。
○「手に食い込んで痛くて痛くて…。」
軍が使用する手錠は、普通の金属で作られた物と、魔法の発動を妨害する物の二種類があり、シャーロットが使ったのは普通のもの。
また、シャーロットがノアに手錠をした時に恐らくきつく締めすぎている。
○『血の鎖』
魔力で鎖を生成し、意のままに操って拘束したり攻撃したりする。魔力の効果で赤みがかって見えるため、そう呼ばれる。
便利な初級魔法だがノアの言っていたように使用中は常に魔力を使用するため、魔力が切れたら使えず、実体が無いため術者の魔力や技術によっては無理やり抜け出すことも可能。そのため格下に使われるイメージがある。
○『蛇の縄』
ロープや棒切れなどといった細長いものに魔法をかけ、蛇に変身させる。蛇は命令で動かすことが可能で、ノアが言っていたように拘束したり、命令すれば絞め殺したり噛み殺したりもしてくれる。
『血の鎖』と違い、実態があるため抜け出すことは困難であり、一度物体を変身させれば魔力は消費しないうえに、命令すれば後は勝手に縛ってくれるためかなり強力。
ただし相当な訓練が必要な上級魔法。
○「魔法部だから警棒なんて使わないと思ったけど、結構使えるものね。」
ジャルニ国の軍ではどのような部署でも必ず護身用の三段式特殊警棒が配給される。
金属性が主だが、事務官などは強化プラスチック製のものを使うことがある。
収縮時の長さは20センチを下回るが、ひとたび振れば三倍ほどの長さになる。
シャーロットは鉄棒でノアを殴ったも同じ。
○得意な魔法は拘束術
ジェシーは学生時代、とある男子を拘束魔法で動けなくして襲ったのが彼氏と付き合い始めたきっかけらしい。
○こんな美人が怖いわけが無い。
美人だから怖い。
○「回復魔法まで使えるの?」
回復魔法は傷の深さや種類によって微妙な魔力調整をする必要があるため、使える人間はかなり限られている。実に魔法部でも一割程度。
しかも男性で回復魔法を使える人間はほぼいないと言ってよいほど少ない。
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