おごるな小僧ッ! タダで済むと思っているのか!!

ちびまるフォイ

おいでませ、おごりの国

「あ、お代はすでに頂いていますよ」


「え?」


ご飯を食べて財布を出したところでふいにそれは訪れた。

まるでおごられるような見に覚えはないが、

どこかの金持ちの道楽なのか、気前のいい散財家がおごってくれたのだろう。


「いやぁ、結構食べたのにおごってもらえるなんてなあ」


得したと含み笑いをして帰った。

引越し後の荷物整理が終わってコンビニに寄ると

カウンターではお金を出した手が止められた。


「お代はすでに受け取っているんで」


「え? ここも?」


なんという偶然か。

また誰か気前のいい人がおごってくれたらしい。


とはいえ、たいした金額でもないから

おごってやったとドヤ顔されても困るといえば困る。


「ありゃりゃしたーー」


コンビニを出て周りを見渡しても、

見るからにお金の持ってそうな貴婦人も紳士もいない。


「やっべ、もうこんな時間だ!」


慌ててタクシーを止めて職場へ急ぐ。

目的地につくと運転手は振り返ることなく言った。


「お代はすでに頂いているので、このまま降りて結構ですよ」


「また!? いったい誰に!?」


「さぁ。なにせ特徴ない方でしたから」

「お、おお……」


意外と普通そうに見える人がお金をもっているのだろうか。

もしくは俺の熱烈なファンとかか。


いずれにせよ、俺のあらゆる出費をおごってくれるのなら

これほど嬉しいことはない。ご厚意に甘えてやろうじゃないか。


きらびやかな繁華街に向かうと、高級クラブに足を踏み入れた。


「よーーし! じゃんじゃん酒もってこーーい!」


数時間後、見るのも恐ろしい請求書が渡されたが、それももちろん。


「代金は?」

「頂いています」


「さいっこーだぜ!!」


やっぱり誰かがおごってくれている。


慣れないカジノに挑戦して大損しても。

動画配信者のように爆買いしても。

さらには共同募金にすらも。


「お代はすでに頂いているので結構です」


「わははは! 最高だ! 神様ありがとう!!」


いつしか俺はおごってくれている誰かを「神様」と呼んで崇めたてまつった。

しだいに手付かずの給料がどんどん増えていった。


「だいぶ貯まったなぁ……」


いつも神様が支払っているので、お金を使うタイミングはない。

かといって、いつ神様がへそを曲げて"おごり"を辞めるかもわからない。


散財しても大丈夫なようにお金は大量に持ち歩いていた。


「お代は結構です」


「そ、そうですか……」


このやり取りを何度繰り返してきただろうか。

いつしか財布を取り出そうとする挙動すら取らなくなっていた。


今の俺は他の人にどう見えているのか。


そう考え始めると、心がざわざわと不安になってきた。


「み、見ようによっては俺がめっちゃ金持ちに見えるんじゃないか……」


お金を払わなくても会計を通れてしまう。

裏社会のドンぽく見えなくもない。実際に金もある。


今の俺の姿を見た人が金の匂いをかぎつけて襲ってくるかもしれない。

お金を持ちすぎるのは危険だ。


まさか、最初からこうして暗に俺を殺させるのが狙いだったとか?


「あああ! 怖い! いったいどうして俺におごるんだよ!」


今度からお金を払おうと、買い物に出かけるといつものように告げられた。


「お代はすでに頂いています」


しかし今度は引き下がらない。


「いえ、ちゃんと自分の金で支払います!」


「そんなことできませんっ。うちは二重取りになってしまいます!」


「だったら、あんたへのチップでもなんでもいい!

 いいから受け取ってくれ! 目立ちたくないんだ!」


押し付けて慌てて立ち去る。

しかし、後ろから金を持った人が追いかけてくる。


「このお金は受け取れません! 返します!」


「いいから払わせてくれ! 自分のことは自分で払いたい!」


「そんなこと知りませんよ! 私が個人的に受け取ったらワイロみたいじゃないですか!」


「そんなつもりは……」


「買収でもしたいんですか!? とにかく、私は販売員の誇りとして

 必要以上のお金は受け取れません!!」


お金はふたたび強引に手元へ戻ってきてしまった。

誰かにおごられるというのは、同時に誰かによって支払いを禁じられることだと感じた。


家に帰ると、宅配業者が今まさに家のインターホンに指を乗せていた。


「あ、この家の方ですか?」


「え、ええ」


「お届け物です。お代は頂いているので大丈夫ですよ」


「いやちょっと!」


ダンボールを渡され忙しそうに宅配屋さんは走り去った。

箱を開けると見に覚えのない健康器具が入っていた。


「なんだよこれ……」


送り主の宛先はない。

いったいどういう目的で俺におごっているんだ。


それからもひっきりなしに物が届くようになっていた。

俺の好みはガン無視で、向こうが勝手に選んで送ってきているらしい。


「お届け物でーーす」


「もういらないですよ! 送り返してください!」


「そんなことできませんよ。すでにお代は頂いていますし、

 宛先がないから送り返すこともできないんですよ」


「だったらそっちの集荷センターで預かるとか

 そのまま捨ててくれ! 俺はそんなの頼んでない!」


「勝手に荷物を破棄するなんてそれこそできません!

 あなたが注文したんだから、あなたがちゃんと受け取ってくださいよ!」


「だから俺は……」


おごられて手に入った品々が家の中に所狭しと並んでいく。

中には一度も開けていないものだってある。


「もういい加減にしてくれ! 俺は、俺のために金を使う!

 誰かにめぐんで施しを受けるような扱いされたくない!!」


延々とおごられる毎日は、まるで自分が乞食だと見下されるような劣等感を感じた。

こんな日々はもうまっぴらだ。


「いらっしゃいませーー」


あまり人の来ない隠れ家的なバーにひとり入ると、

お酒を飲むふりをしながらカウンターを伺う。


きっと今回も俺をおごってくれるのだろう。


どんなやつかこっちで確かめて、意図を聞き出してやる。


お酒をちびちび飲みながらカウンターによる人間はいないかチェックする。

すると、1人の男が立ち上がって会計へと向かった。


なにやら店員に話しかけると、店員の視線が俺のいる場所へと注がれた。


(あいつだ!!)


俺はカウンターから立ち上がり、会計場所にいる男を捕まえた。


「痛たたた!! な、なにするんだ!!」


「おい! お前だな! 俺の代金をおごったのは!?」


店員は慌てるばかりだった。


「言え! こいつが俺のぶんの代金を支払うって言ったんだな!?」


「そ、そうですっ。だからなんなんですか!」


「てめぇ、どういうつもりだ! 俺のことをずっとおごりやがって!!

 自分が施しを与えて優位に立ったつもりか!!」


俺に組み伏せられた男はぶんぶんと顔を横にふる。


「そんなつもりじゃない! 本当だ!」


「だったらどうして俺をおごるんだよ!! おかしいだろ!!」


「私も……私も同じなんです!」


「同じ……?」


「私も誰かにずっとおごられ続けているんです!」


男を抑えていた手が緩んだが、男はけして動かなかった。


「この街に来てからずっとなんです!

 いったい誰にわけもわからずにずっとおごられ続けているんです。

 そのうち、自分だけお金をもっているのが怖くなって……」


「俺と……俺と同じじゃないか……。だったらどうして、俺なんだ!」


「あなたが、外部の人間だからです。

 みんな……みんな、お金が持つのを怖くなって、

 おごることを知らない外部の人間を見つけるとこぞっておごるんです……!」


思えば、おごられているときには常に俺以外の人間がいた。


彼らはみな「おごられる人間」をずっと探していたんだ。

自分だけお金を持つことを避けるために。


俺はそっと遠方にいる友だちに電話をかけた。



『もしもし? 実はいい街があったんだ。お前も早く引っ越しに来いよ』

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