紙とペンと10円玉

@grow

第1話 使用方法はお間違いなく

 小学5年生になると、授業の一環で選択授業を受けることになる。

 ざっくり分けると体育会系と文化系だ。


 マンガハンドクラフトクラブという授業を選んだ「秋ちゃん」「悠ちゃん」「広ちゃん」。紙でも木でも布でも何でも良いから素材を使って好きなものを作る、というとても自由な授業だ。


 悠ちゃんと広ちゃんは話しながら色違いのハンカチを作っている。隣では思い出した! と言いながら秋ちゃんが紙に急いで何かを書いている。何を書いているのか聞こうとしたら、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。


 道具や素材を片付け終わり、先生と別れてランドセルを取りに教室に戻る。

 教室に入ると机の上のランドセルが3つしか置いていない事から、3人以外は帰っているのがわかる。


「私たち以外はみんな帰っちゃったみたいだね」

「佐々木たちのランドセルもないし、体育会系が先に帰ってるって珍しいなー」

「ねえねえ、3人でこれやってみない? 邪魔が入るとダメらしいけど他の生徒は帰ったっぽいから今がチャンスだと思うんだよね」


 秋ちゃんが授業最後に書いていた紙を二人の前に見せてきた。


「秋ちゃん、それなに?あいうえお、とか数字が書いてあるけど」

「これはね、紙に必要な事を書いてこっくりさんっていう幽霊に占ってもらう道具なの」


 お婆ちゃんから聞いたんだーって言いながら、机の上に広げていく。

 紙には五十音図、はい、いいえ、0から9の数字が書いてある。

 最後に財布から10円玉を出してあきちゃんは座る。


「ほらほら二人も座って。3人で10円玉を人差し指で押さえてこっくりさんを呼び出すんだよ。自分で指を動かさないようにね」

「こっくりさん? を呼び出すとどうなるの?」

「こっくりさんの分かることならなんでも答えてくれるんだって。明日のテストが何か聞いてみない?」


 担任はテスト予告はするけど、どの教科を行うのかは教えてくれない。授業を聞いていればそこまで悪い点は取らないと思うが、秋ちゃんは女の子友達と手紙の交換を度々していて授業を聞いていないことが多い。


「占いをするのは良いけど、危なくないの? これ」

「うん。占い中は指を離しちゃいけないんだけど、最後に「こっくりさん、ありがとうございました、お離れ下さい」って言えば終わりなんだって」


 危なくないなら良いかな、と軽い感じで座る広ちゃん。悠ちゃんは秋ちゃんに座ってと言われた時から座っていた。


 じゃあ始めるよ、という秋ちゃんの言葉からこっくりさんが始まった。


「こっくりさん、こっくりさん、おいで下さい」


 すると10円玉が動き出した。

 広ちゃんと悠ちゃんはともかく、秋ちゃんも驚いている。聞いていただけでやったことがないのだから、驚くのは無理もない。


「じゃあ聞いてみるね。こっくりさん、こっくりさん。明日のテストの教科はなんですか?」


 秋ちゃん質問が終わると10円玉が思考を持っているかのように一直線に動き始めた。それによるとこ、く、ごで止まった。


「こ、く、ご。国語だって!! すごいすごい、本当に教えてくれたよ」


 これで悪い点数取らないで済むよー、と嬉しがっている秋ちゃん。悠ちゃんが広ちゃんに動かした? と口パクで聞くが、首を振ることで否定する。


「ね、もっと他のことも聞いてみようよ」


 給食のデザートは何か、好きな人は誰か、無くなった消しゴムはどこか、3人は時間を忘れてこっくりさんを行なっていた。


 次はなにを聞こうかと考えていると、窓の外が真っ暗になっていた。夕方から初めて既に夜の時間になっていた。


「秋ちゃん、もう暗くなってるから帰ろう」

「え、あ本当だ。やば、お母さんに怒られる!! じゃあこっくりさんに帰ってもらおう」


 こっくりさんに帰ってもらう言葉を3人で言うと、10円玉が紙の上を動き出した。

 何かを探しているような動きだ。

 一旦中央で止まると、いいえに移動して止まってしまった。


「え? どうして。これ言えば帰ってくれるって言ってたのに」

「ねえ、こっくりさんが帰らなくても、指離しちゃダメなの? 占って欲しいことはないんだしさ」

「だめだよ、たぶん。こっくりさんに占ってもらうんだから、こっくりさんが帰るまでが占いなんだと思う」


 秋ちゃんは説明をしているけど、目が潤んでいて泣きそうになっている。

 広ちゃんもどうすれば良いのかわからないので不安の表情だ。


 もしかして、これかな。

 そう言って悠ちゃんはスマホの画面を二人に見せる。

 そこには秋ちゃんが作ったこっくりさんと似ているけど違ってるところが一つだけある。


「あれ? 秋ちゃんが作ったのには鳥居がないよ。鳥居がないからこっくりさんが帰れないんだよ、きっと」

「じ、じゃあ今から鳥居を書いてこっくりさんに帰って貰えば良いのかな」


 秋ちゃんが鳥居を書くためペンを出そうとすると10円玉が動き始めた。

 いいえ、の位置から動いたが、再度いいえ、の上に戻ってしまった。


「これ、今から鳥居を書いても帰れないってことなのかな」

「え、じゃあこっくりさんに帰ってもらえないってこと? 指を離したり、こっくりさんが帰らないまま終わらせたら呪われるって言ってたのに。どうすれば良いの!?」

「なにそれ! 秋ちゃん、こっくりさんは危なくないって最初に言ってたじゃん。嘘ついたんだ!」


 嘘じゃないよ、だってお婆ちゃんが。と泣き始めてしまった。

 秋ちゃんと広ちゃんが言い合っている最中、悠ちゃんはスマホで解決方法を調べていたけれど、そもそも鳥居がない状況が書かれていない。

 スマホをポケットに戻して悠ちゃんはこっくりさんにお願い事をした。


「こっくりさん、こっくりさん。鳥居から帰ってもらうことが出来なくてごめんなさい。呪いは私に与えてください。それでどうにか帰ってくれませんか?」


 言い合っていた二人は悠ちゃんの言葉に驚いた。当たり前だ。呪いが本当なら悠ちゃん一人だけが被害を受けるかもしれないからだ。

 悠ちゃんの言葉を止めさせようとするが、10円玉が動き出してしまい、はい、で止まった。


「よかった、これで終われるね。二人とも早くランドセルを背負って。私は先に帰るね」


 そう言って、悠ちゃんは10円玉と紙を持って走り去ってしまった。

 悠ちゃんの動きについていけなかった二人は少しの時間動けなかった。

 それでも悠ちゃんの言葉が染み込んできたのか、ランドセルを背負って歩き始めた。


 秋ちゃんと広ちゃん。二人は無言で家まで歩いた。

 大丈夫。呪いなんてない。さっきのこっくりさんも3人で無意識に動かしていたか、誰かがイタズラで動かしてただけなんだ。


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「ほーら、みんな席に着け。出席とるぞ」


 先生の呼びかけに生徒一人一人応えていく。


「よし、みんないるな。今日も元気に勉強していくからなー。あ、その前にテストがあったな。今日のテストはな・・・」

「先生、悠ちゃんはどうしたんですか? 風邪でお休み?」

「ゆうちゃん?このクラスにゆうちゃんって呼ばれている生徒いたか?・・・ゆう、が付くのは悠木ぐらいか?」


 そう言ってみんなの目線は悠木という苗字の男子生徒に向けられる。

 でも、それはおかしい。ちゃん付けで呼ぶのは苗字ではなく名前の方だから。

 これは男子も女子も関係なく、名前にちゃんを付けて呼ぼうとクラスで決めたのだ。


「って悠木なわけないもんな。誰かと間違えているんじゃないか?もしくはまだ寝ぼけているんじゃないだろうな」


 先生の言葉に秋ちゃんと広ちゃん以外のクラスメイトが笑い始めた。

 誰も覚えていない。悠ちゃんのことを。

 誰も気づいていない。昨日あった机が消えている事を。


 もしかしたら、二人の記憶がおかしいのか。昨日の放課後に3人でこっくりさんなんてやってないのか。

 そもそも、悠ちゃんという友人がいなかったのか。


「じゃ、頭を切り替えるためにテストのことを知らせるぞ。今日のテストは国語だ。授業を聞いていれば簡単だからなー」


 テストは国語。昨日教えてもらった通りだ。

 昨日の出来事が本当にあったことなら、何で誰も悠ちゃんを覚えていない。


 これが悠ちゃんが受けた呪いなのだろうか。秋ちゃんと広ちゃん以外、誰も覚えていない。

 もしかしたら、このクラスだけではなく、この世界で知ってる人はいないのかもしれない。


 調べてみると、こっくりさんは鳥居から来ることが前提だった。

 昨日の紙には、鳥居が書かれていなかったから帰れなかったのではなく、来たのはこっくりさんではなかったから帰らなかったのではないか?


 こっくりさんではなく、何が降りてきたのかは誰も分からない。



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