紙とペンと飛行機雲

水鳥ざくろ

第1話紙とペンと飛行機雲

「原田ー。まだ終わんないの?」

「うーん。もうちょいで終わる」


 俺は学級日誌の「今日あった出来事」の欄で苦戦していた。

 何があったかなんて……いつも通りの一日でした、としか言いようが無い。体育の授業では思いっきりはしゃいだし、古典の授業では思いっきり居眠りした。だべりながら弁当を食べて、昼からの授業もまた居眠り。いつも通り、平和な一日。

 いつも通りじゃないのは、今日が日直だってこと。日直がペアの女子は部活があるからって言っていたから「後はやっとくから」と言うと先に教室を出て行った。花瓶の水替えとかやってもらったから、日誌くらい俺が書こうと思ったのだ。


「そんなの適当に書いとけば良いじゃん」

「適当って言っても……」


 俺の机の前に座ってこちらを向いているのは、クラスメイトの田中。俺と同じ帰宅部で友達。一年生から同じクラスで、成績も同じくらいだから気が合う。


「俺が考えてやろうか?」

「何て?」

「良いか。昔々、あるところに……」

「真面目に考えてくれよー。ほんと、困る。ってか、先に帰って良いよ?」

「いや、待ってる」

「それはどうも……」


 でも、待たれていると思うと余計に頭が働かない。うーん……そうだ、今日の英語の先生の着ていたシャツが無駄に派手だったことを書こう。ここには「今日あった出来事」としか指定されていないし、何を書いても文句は言われないだろう。

 俺は「今日の二限目、英語の先生の……」と書き出した。

 ふと視線を感じて田中を見ると、俺の手元を見ていた。何だか無駄に緊張する。無意識に綺麗になる文字で俺は続きを書く。ええっと……シャツ。花柄で赤色の。まるでパリの映画に出て来そうなやつ。英語の教師なのに、変なの。


「なあ、何で日本って同性じゃ結婚出来ないんだろうな」

「……は?」


 急な田中の話題に、俺は書く手を止めて奴の顔を見た。田中はもうこちらを見ていなかった。頬杖をついて、窓の外に広がる青空をぼんやりと眺めている。

 俺は、また手を動かして下を向きながら言った。


「何? 急に」

「外国じゃ、出来るとこあるじゃん」

「そりゃそうだけど」

「この国は何で出来ないんだろ?」

「法律的な? てか、どうしたん……?」

「……オレ、好きな奴が男だって言ったらどう思う」

「えっ」


 俺は田中を見た。奴はまだ空を見ている。

 俺もつられて空を見た。青空に、白い飛行雲が一直線に通っている。

 俺たちはしばらく無言で、その飛行機の跡を眺めていた。


「……別に、良いんじゃない? 性別とか……」


 沈黙を破ったのは俺だった。

 すると、田中は俺に視線を移した。

 先ほどまで青空に染まっていた瞳が、俺をとらえる。


「引かん?」

「別に……好きなら良いんじゃないの? 俺、恋愛とか良く分からないから偉そうなこと言えないけど……」

「そっか。ありがと」


 本当に、田中は男が好きなのだろうか。

 そんなこと、全然知らなかった。もしかしたら、いつもつるんでいるグループの中に好きな奴が居るのかもしれない。


「原田は彼女、居ないよな?」

「はあ? 居ないけど……」

「じゃあ、ワンチャンある?」

「はい?」

「そうか、そうか……」


 ひとり頷く田中を俺はぽかんと見つめた。

 

「あのさ、田中、」

「ごめん、オレやっぱ先帰るわ」

「おい」

「また明日」


 そう言って田中は、俺の髪に一瞬だけ、キスをした。

 意味が分からない。

 俺はただ黙って、教室から出て行く奴の背中を見送っていた。


「……馬鹿じゃないの? ちゃんと……告れよ」


 俺は顔に血液が上がっていくのを感じた。

 熱くなって、窓を開ける。

 飛行機雲はまだ消えていなかった。


「田中の馬鹿……」


 なんてこった。

 まさか奴と両想いだったなんて……。

 今日あった出来事、片思いが実りました、なんてこと書けやしない。

 俺は高鳴る鼓動を落ち着かせるため風に当たる。

 大きな飛行機雲が、俺のことを見下ろしていた。

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紙とペンと飛行機雲 水鳥ざくろ @za-c0

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