思春期男子は何でもエロく見えるもの

足袋旅

フェティシズム

 放課後、僕は図書委員の仕事として、カウンターで貸出業務をしていた。

 試験前というわけでもない平日のためか、利用者は少ない。

 暇なため、先日蔵書になったばかりのライトノベルを読んでいると、図書室の扉が開く音がしたので視線を向けた。


「鳥羽君、お疲れ~」


 そう言って入ってきたのは、同じ図書委員で同級生の名取だった。


「お疲れ、掃除当番だったの?ちょっと遅かったけど」


 六限目が終わって三十分は経っているので、少し委員に遅刻してる。

 まあ暇だったので構わないが。


「まあそれもあるんだけど、俺は今日すごい発見をして、お宝も見つけてきたのさ」


 すごいドヤ顔である。


「なにその発見と宝って」


「焦るな焦るな。じゃーん、これです」


 そう言って見せられたのは、一冊のノートだった。


「これが宝?」


「まさしく。なんとこれは南奈々さんのノートなのだ」


 南奈々さんというのは、同級生の中でも一番かわいいと評判の女の子のこと。

 僕も実は好きだったりする。


「は?なんで南さんのノートをお前が持ってるわけ」


「掃除の時に南さんの机に入ってるのを見つけてたから持って来た」


「お前それ窃盗だぞ。すぐに返してこいよ」


 名取の行動には呆れるばかりだ。

 二人で南さんは可愛いと話をしたこともあったので、彼も好きなのかもしれないが、勝手に私物を持って来たら駄目だと諭す。


「いや、まずは話を聞いてくれ。すごい発見をしたって言っただろ」


 その発見というのが、南さんのノートだと思ったのだが違ったのだろうか。


「俺はふと授業中に思ったのさ。紙とペンってエロいってな」


 こいつは一体何の話をしているんだろうか。とうとう頭をおかしくしてしまった友人に憐みの視線を向ける。


「その目はなんだよ。ちゃんと説明したらお前にだって分かるはずさ。まずこのページを見てみろ」


 そういって何も書かれていない真っ白なページを見せられるが、「で?」としか出てこない。


「この穢れない白いページ。ここをな、俺はこの固いペンで徐々に徐々に汚していくんだ。まるで俺のものだと言わんばかりに。な、エロいだろ」


 もうこいつは駄目かもしれない。

 僕は何一つ理解できなかった。

 そんな僕の心境を理解もせず、名取は説明を続ける。


「そこで思ったわけさ。俺のノートでもこんなにエロいんだ。だったら可愛い子のノートならどんだけエロいのかってな。そうしたら偶然掃除中に、南さんの机の中に残っているノートを発見したんだよ。これはもう持っていくしかないってことで今に至る」


「返してこい」


 僕はもう無表情でそう告げた。

 こいつとの友人関係も見直さないといけないレベルだと思う。


「嫌だね。これはもう俺の物だ」


「返して来いって」


「しつこいなー。お前にもこの良さを味わってもらおうと思ったのに。貸してやらないぞ」


「いらないし、お前のじゃないだろ」


「はいはい。じゃあお前はそこで見とけよ。ああっ、南さんの香りがする」


 突然開いたノートのページに顔をくっつけ、深呼吸しておかしなことを言う名取。


「そんな匂いしないだろ」


 南さんとすれ違うと、すごいいい匂いがするのを僕は知っている。

 その匂いがノートからするのだろうかと、少し心が惹かれてしまった。


「するんだな、これが。ああっ南さんの香り。まるで南さんが俺の横にいるようだ」


 ちょっと確認したい気が湧いているが、俺はそんな変態じゃないと理性が止める。


「ば、馬鹿馬鹿しい」


「気になってるくせに、頭が固いなー鳥羽は」


 そう言いながら、カウンターの中に入り、名取は椅子に座ってノートを置くとペンを構えた。


「今から俺は南さんを汚す。この俺のペンが、南さんの真っ白な紙を汚すんだ。お前はそこで黙って見てればいいさ」


「もう勝手にやってろよ」


 なんだか卑猥な行動に見え始めた名取の動きを、僕はなるべく気にしなように手元の本に意識を向けた。


「はあ、南さん。ここかい、ここがいいのかな。んふふふふ」


 気持ち悪い声が横からする。

 俺は下校時刻まで、気持ち悪い名取の行動を止めもせず耐えた。



 翌日の昼休み。

 僕は名取がいる隣のクラスに向かった。

 だが教室に名取の姿はなく、適当な生徒に行方を尋ねた。

 

「名取君なら、先生に呼び出されてたよ」


 担任の教師が名取を呼び出したらしい。

 何の用だろうと、名取は疑問を浮かべていたことだろう。

 だが僕は答えを知っている。

 なぜなら僕が先生に昨日のことを伝えたからだ。

 

 朝から先生に「ちょっとお話が」と相談を持ちかけ、昨日の名取の行動を説明すると、「嘘だろ」と言っていた先生。

 だけど僕が「真実です」と伝えると、頭を抱えていた。


 こうして呼び出しが行われたわけだ。

 名取には本当に反省して欲しい。

 紙に残る南さんの香り。

 それは僕の嫉妬心を大いに煽ったのだ。

 許せるわけがない。


 自分の教室に戻り席に着くと、僕は筆箱の中の消しゴムを見つめて笑みを浮かべる。

 これは実は南さんの消しゴムである。

 南さんが同じメーカーの消しゴムを持っていて、すぐに僕は勝手に交換させてもらった。

 これには彼女の手のぬくもりが残っている。

 消しゴムを握りしめると、まるで手を繋いでいるような感覚が得られる。

 指の腹で何度も何度も擦る。

 南さんの指を想像しながら。


 紙とペンもいいかもしれないが、やっぱり僕は消しゴム派だ。

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思春期男子は何でもエロく見えるもの 足袋旅 @nisannko

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