Kruchina
しおり
1
「生まれた国の名前が変わるっていうのは、なかなか味わえない気分だね」
歪な銀のスキットルからウイスキーを飲み干して、ジナイーダ・チャンは肩を竦めた。その尖った革靴の先には古新聞が落ちていて、見出しはゴルバチョフの辞任である。その顔写真の部分をぐりぐりと踏みつけて肩を竦めた。
「ロシア連邦か。滅んだ帝国を復活させるつもりかな? ちゃんちゃらおかしいね。そういえば、この国もあと少しで、実に九十九年の支配から解放されるんだろ。名前は変わるのかな」
誰に話しかけるともなく、からっぽになったスキットルを振りながらジナイーダは喋りつづける。やがて一滴のアルコールも残っていないと知ると、そのスキットルを背後に投げ捨て、スーツのポケットから煙草とジッポを取り出して火をつけた。ジジ、と、火花が闇を焼く。
「……ま、別に故郷に思い入れがあるわけじゃないけどね。そもそも、ボクは混血だ。この血の半分は、もしかしたらこの地のものかもしれないよ」
韻を踏みながら、喉の奥でくつくつ嗤う。言われてみれば、コーカソイドにしては象牙じみた黄色を帯びた、血の気に欠けたかんばせで不気味ににたりと笑んだ。
「ボクは孤児だけど、少なくとも自分の名前とルーツはわかるわけだ。こんな生まれにしちゃ恵まれているよ、悲しいかな、みなしごにもヒエラルキーはあるんでね」
人間という奴はこれだから、とわっかになった煙を吐くと、灰色がかった唇の隙間から尖った犬歯が見えた。
「暇だな。こういうとき、ボクは大抵自分のことを話すんだよ。ホラ、人間って思い出すのも嫌なことをなぜだか突然話したくなったりするだろ。そういうことない?」
問いかけておきながら返事も待たず、「ボクのいた施設はもともと修道院だったらしいんだよ」と煙草を吸う合間に話し出した。酒か、煙草か、あるいは一人芝居か、ジナイーダは中毒患者のように、常に何かで口をふさぐことを好むのだ。
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