紙とペンとそれから水も
晞栂
紙とペンとそれから水と〜仁義なき戦い〜
皆さんはじゃんけんを御存知だろうか?
そう、紙とハサミと石がそれぞれ勝利を求めて戦う異物格闘戦である。
我々、人間は勝利するであろうものに賭け、競い合うものでもある。
そもそも紙とハサミと石しかないのは偏に本戦の決勝に勝ち抜いてきたのがいつも紙とハサミと石だけだからである。
だから誰も知らない。
あたりまえになった紙とハサミと石の本戦の決勝よりも面白く熱い戦いがあることを・・・
一部の、極めて限られたマニアしか知らない戦いのある場所。
白熱し、時には涙が流れ、最後にはライバルとして友情のドラマが出来上がる、そんな場所。
それはとあるテーブルの上で行われていた。
テーブルの中央でそれらは睨み合うよううにお互いを牽制しあっていた。
それから少しして、審判者の消しゴミがテーブルに現れて選手の紹介を始めた。
「まずはこのモノ。決戦常連モノの紙!今回の紙もまた勝って行くのでしょうか!」
「今回はこの俺が勝たせてもらうぜ」
真っ白な体が眩しいい、あの勝利はどこから来るのかと思うほどペラペラな紙は自信満々に言い放った。
その言葉を聞いた消しゴムは満足そうにすると左を向いて言った。
「続いてこのモノ。初登場のダークホース、ペン!どうやて戦うのか楽しみです!」
その言葉にペンは初めてとは思えないほど自信満々に前に出た。
「今日、ここで歴史に名を刻んであげましょう!」
キャップで頭を守りつつも細いスタイリッシュな姿は観客にファンを作るほどだった。
消しゴムは観客の黄色い歓声をスルーして最後に右を向いて言った。
「最後にこのモノ。一回戦負け常習の水!いつもはくじ運悪く天敵とあたり負けるが今回は天敵を避けれたようだ。今回こそは汚名を払拭できるのか!」
その言葉に水は止めていた感情を開放するように紙に向かって言った。
「ふん!今回はボクが優勝だ!なんてったってなぁ紙、お前の天敵のボクがいるからな!」
ガラス製の重量感のあるコップという防御に守られた水がまくし立てるように言い返した。どうやら紙の先程の言葉に苛ついていて、消しゴムの言葉に切れてしまったんだろう。仕方ない、争いだ。冷静さを欠くこともあるだろう。
消しゴムはそれぞれの意気込みを聞き終え、3つを見渡した。
「では、第260回!じゃんけん異物格闘技戦予選Cブロック勝負を開戦いたします!」
観客が開始の言葉を固唾を呑んで待つ。正直、選手よりも緊張するのはこの瞬間の観客だろう。
「それでは!・・・・ファイト!」
消しゴムの掛け声に最初に動いたのは水だった。
「先手必勝!」
そう言って水は紙に向かって水をかけた。
水は勝ったと思いコップをあげると、そこにはずぶ濡れの紙ではなく新品同然の紙があった。
「おいおい、遅すぎんぜ!」
そもそも紙と水の重量が桁違いなのだ。
重いコップを装備した水と何も身につけていない紙ではあきらかに紙のほうが速く動けるのである。
「ちっくしょう」
水が紙に水をかけるには紙を何らかの方法で足止めしなくてはいけないだろう。
しかし、思い出してほしい。紙は勝ち誇っているがこのままでは紙に水に勝つ勝利方法はないのである。
水が立て直そうとしたその時、水に向かって何かが飛んできた。
カツンッコップの防御にあったったかわいた音が響いた。
水は状況を確認するためにあたりを見渡すと、そばにペンが倒れていた。
そう、ものすごく速い投槍の如く目にも留まらぬスピードで飛んできたのだった。
運良く水が状況を立て直すために下がらなければ飛距離が足りて水がインクで染まっていたことだろう。そうなれば水が負けるのは必然のことだっただろう。
ほんとうに今回は水の運が良かったのだろう。
「あっぶねぇ」
水はペンが立て直す前に距離を取った。
今回の水は作戦派なのだ。無闇矢鱈と特攻などしない。
ペンも素早く立ち、下がろうとする。が、その状況を好機と見た紙がペンを覆い包んだ。
「おっと!ここでペンが紙の技にかかった!10カウント」
消しゴムがカウントを取り始める。
「1」
ペンは脱出できない。
「2」
何も動かない。
「3」
「4」
ペンはあがくが脱出はできない。
しばらくして、
「8」
そろそろペンは敗退か。
「9」
バシャン!
水が紙に向かって水をかけた。
しかし、音を察知した紙がそのスピードを活かして避けた。
が、やはりペンに覆い包んでいただけあって回避に遅れたのか半分ほど濡れてしまった。
水は紙が動けないときを狙ったがそれでも避けられてしまったようだ。
しかし、この状況で半分しか濡らせられなかったのだから、ペンが脱落してしまったらすきはもう無いだろう。
ペンもたまたまであるが脱落を免れた。
しかし、紙は濡れてしまったために乾くまで移動速度も落ちるし、包む行為も今後は破けてしまう可能性があるので簡単にはもうできないだろう。
このままでは三竦みの状態で一向に進まないかもしれない。
紙はペンには勝てるが、水には対処は回避しかできない。
ペンは紙や水に勝てる可能性があるが突っ込むと両方に負ける可能性もある。
水もやはり勝利には一つ足りない。
しかし、それは素の状態でのこと。
この異物格闘技戦においてモノは一度だけ進化が許される。
様々な進化先からこの戦いに適した姿に変えることだ。
つまり、進化しない状態の今までの戦いはまだ準備運動に過ぎなかったのだ。
紙は最後に進化するつもりだったがこのままでは勝てないと判断し進化を始めた。
紙の姿が突然発光しだした。これが始まると進化し始めたと観客にもわかるのだ。
その間にペンは水に向かって突進するために助走をしようとする。
・・・・が、
「何?」
そこでペンは異変に気づいた。
そう、今は突撃の攻撃力、スピードを上げるためにキャップを外していたのだがおかげで防御力が半減していることを忘れていたのだ。
「ハッ、かかったなペン!」
そう、ペンがいた場所は先程水が紙に対して攻撃した場所に近く、こちらに来るには水たまりを迂回しなければいけなかったのだがペンはそれを忘れた直進してしまい、ペン、水性ボールペンはペン先を濡らしてしまったのだった。
それをみた審判である消しゴムは
「ペン、1失点!水1点!」と言った。
ちなみに得点は引き分けなど勝負がつかなかったときに適応されるものである。
しかも水はペンを滑らす予定だったが運良くペンが水性だと発覚し、ペンは弱点を晒すはめとなったのだった。ペンの弱点それは水たまりを通ったせいでインクが消えたという状況をみせてしまったことで、これで水には効かないということが発覚してしまったことでしょう。
ペンも進化を始める。それに合わせて水も進化を始めた。
光が収まり、姿を現す。しかし紙の姿は発光以前となんら変わりない。
いったいどんな選択をしたのだろうか。
しかし、他のモノが進化中のために紙は待ちながら作戦を練る。
紙にはもう後がない。進化すると以前の状態から回復するも慎重に行かなければ勝てないことは明白だったのだ。
すべての発光も収まったここから戦いは加速していくだろう。
仕切り直しの状態から2つが同時に動いた。
ボールペンから油性の万年筆に姿を変えたペンは紙に向かって突進し、
ガラス製からプラスチックに変わりスピードの上がった水は紙に向かった。
観客のはっと息を飲む音が聞こえた。
優勝候補と考えていた紙が前後からの挟み撃ちの状況に紙の負けを考えたからだ。
けれどもそこからの展開は誰もが予想しないものだった。
撥水紙に進化した紙は水の攻撃を弾き、万年筆の攻撃をいなすことに成功した。
・・・・が、水を弾いたせいでそこらじゅうに広がった水にスピードの上がった水はブレーキが効かずに前に倒れ込み、万年筆の攻撃を紙を絶妙な角度に傾けることによっていなした紙は体制を直す間もなく倒れ込んできた水に傾けた紙を折りたたまれるようにして押し倒された。
しかも、テーブルに広がった水のせいで紙がくっついて剥がれなくなってしまったのだった。
審判である消しゴムはこの展開にも冷静にカウントを取り始め、あっという間に10カウント経ち紙が敗退し、水が予選Cブロックの勝物となったのだった。
ちなみに万年筆はいなされたままテーブルのステージから落下というあっけない負け方をカウント中にしていた。
予選の一回戦で敗退し続けた水が勝利した。
これは今までに類を見ない素晴らしい戦いだった。
本戦での水の活躍に期待が高まるだろう。とても楽しみだ。
「・・・・あれ?」
急に目が覚めた。
いつの間に机で寝落ちしていたのだろうか。
なんだかとてもおもしろいものを見ていたような。
「って、ヤバッ!」
はっ!そんなことより寝てしまった!急いで原稿を書き上げないと期限に間に合わない!
ガタッと音を立てて席を立った途端、コップが倒れて中に入っていたお茶がこぼれてしまった。
「ああ!?」
急いで服で拭こうとするも焦るばかりでとうとう漫画用の蓋を被せただけのインク壺に手があたり更に原稿用紙が手に負えない状況になってしまった。
やってしまった。取り返しのつかないまでに・・・
けれども、それをみてなんだか諦めにも似た落ち着きを取り戻した。
あれ?でもこの光景何処かで見たような。
目の前の机には倒れたコップの下敷きになったインクとお茶で駄目になった原稿用紙と転がり落ちたペン。
ああ、そうだ。さっき見た夢はここで起きたことなのかもしれない。
そう考えると、なんだか笑えてきた。
そうだ。あの戦いを漫画にしよう。
もっと面白くしてもいいけどきっとそのままが一番いいのだろう。
そうと決まれば、片付けてから担当に連絡しよう。
今なら最高のものが作れるとね。
紙とペンとそれから水も 晞栂 @8901sakuya
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