第16話 関智樹 2
第一印象。
俺に似てんな。昔の俺に。
昔っていうか、逆に未来でこういう俺もあったかな。
河下さんの寝顔、持ち物、集まった人間、みたいな印象からだけだけど。
だから、過去の自分を乗り越えるみたいな…勝手にそんな気持ちもあったかもなあ。
あのVRに入社すると決めた初日。それから毎日が充実してた気がするけど、初日の劇的な衝撃は薄れていく。
ひょんなことから友人の仕事、棺桶の納品を手伝うことになった俺。
ひょんなことから友人が急いで帰社。
ひょんなことから…ひょんって何でしょ?
棺桶を納品、サインをもらって帰るはずが棺桶を取りに来たのはたった一人のか弱き女性だった。
けっこー年上ぽくてまー美人ぽくて、でも一人でこれ運ぶの無理じゃ?って思ってたら
「あ、あの、ちょっとトラブルで皆…他の…えと私しか抜けれなくって、と、とりあえず取りに来たんですが、できたら」
「いえ、この仕事こういう事、多い、ですよね。…一緒に運びましょうか?」
「…本当ですか?あ、そんなつもりじゃなくて、ちょっとお時間待ってもらえればもう一人抜け出せるかなと、…お時間だけって」
そーね。だって俺も替え玉だもの。どーせ大杉は帰ったし(終わって久々に旧友と飯でも食いたいのは俺も同じだったのだ)、楽しみたかったエネルギーを持て余していた。そして知らない子供が死んだことにかかわっている?というなんか分からないショックを持ったまま一人で帰るのは嫌だった。
それよりもたぶんゲスい、もうちょっと見てみたかった非日常。
彼女を落ち着かせてあげようと、上に立った気分になってしまった俺。彼女を守る。見栄を張る。なんかそんなことをしたくなった。非日常。
まだ明日話すネタが増えたね次元。
実際、修羅場だった。
彼女はVR社の人間。
①葬儀の手順を進めたい葬儀社の方たち
②赤子にVR適用できないけど遺族に呼ばれたVR社の方たち
③VRを適用させてちょっとでもベイビーとの時間を共有したい遺族たち
葬儀社5名
VR彼女ともう一人。
お母さん。お父さん。どっちか側のおじいさん。
動かない、かごの赤ちゃん。
葬儀の日時は…
VRって生き返りみたいなもんだろ?期間限定は分かってんだよ!やれって!…
いえ、生後1年半以内のVRは依存性が高く…
もういいのぉお葬式しましょお…
できるならやれよ!…
葬儀は早めの予約が…
VRとしての魂の形が不完全でご両親を認識できるかさえ…
やってみろって!…
お葬式い~!…
俺はすう…と息を吸った。なんだろう?空気の流れが俺の口に入っていく線が見えるような、もっと言えば『すう…』ていう擬音が俺の左横にイイ感じの書体で出てる気さえした。
言い争う言葉の凄く細い隙間に俺は言葉を『さくり』、と入れることができた。
「ごめんね、待たせて」
『するり』と赤ちゃんをだいて『ふわり』と棺桶に寝かした。
すごくゆっくり俺に向かう視線を各々から感じる。そして各々の感情も視線に乗って。
おのおの。おのおの。ののののの。あ。これ、ゾーンってやつだったりして。
調子に乗ってみる。大杉のように天然ではないけど。
「だいじょぶでちゅよー。みんな怒ってるわけじゃないでちゅよー」
乗りすぎた?
乗ってやれ!
「んっン〜??こちょちょちょちょ〜!かわいいでちゅね~!お花がいーっぱい
!お花の中でねーんね!」
…
「…んふう!!」
母親がぶわって感じで泣き出して、父親が支えるように膝をついて、黙っていたおじいさんが俺を抱きしめた。
「?」
俺は何の偶然か、知らずに何かを察したのか。
おじいさんの詠んだ
【くすぐられ 笑う初孫 花のよう】
という季語も何もない俳句的なものが何か地方紙に乗った翌日の突然死だったらしい。そのどうでもいい俳句に家族がちょっと一つになりかけたような、ならないような。その矢先。
「そんな…花の笑顔の思い出以上に何かいりますか?」
俺は最上の笑顔で(眉は困り眉で)そんな言葉を投げかけて、うるうるとした瞳の家族に見つめられて。
うんうんと、うなずく葬儀社とVR社の空気の流れを感じて。
うわーなんだこれ?きもちいい!と昂ってしまった。
なんとなくこうだろう?でそれなりに人間関係を築いてきた俺が
もっといけるかな?(どーせこの後かかわりのない世界、ボーナスステージみたいなものだ)でいったら思いのほかブースト状態でイケて、いや、イキすぎた?と思って振り向いたら皆が涙を流して喜んでいる。
まじで?思いながら、まだやりたい。その連続。それからは時には失敗もそりゃあしたけど、それはそれで新しい経験だった。
あの日大杉から電話がなければ、俺はフツーに世間からイージーモード人生と羨ましがられのちょっとした妬み嫉みをうけつつで終わってたんだろうな。何も俺自身も必要以上に思うことなしに。
河下さんもね。
結婚したてで奥さんがぐちゃぐちゃになっちゃうなんてことがなければね。それなりに、それなりだったんだろうな。
綺麗目な顔で眉も整っていたし、名の知れた会社だったし、写真の奥さんは可愛らしかったし、枕元におかれた腕時計は俺、欲しかったモデルだし。
分岐点が違った自分、みたいに初めに会った時から思ったよ。河下さんのこと。
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