第14話 関智樹 1

 コツコツと足音が。いつもより、響くな。関智樹は足元を見た。舗装道路、枯葉、少し長く尖った靴のつま先。冬の朝早い時間、乾燥した空気、他に思い巡らすこともない思考。少しづつの要素がまざり、足音が響いて聞こえるのだな。だからって別に何も。


 関智樹は大学在籍中のとある日曜日、2年ぶりに高校の同級生、大杉からの連絡を受けた。2年前は「なあ野球チームでもつくらん?」と、あの時も急だった。結局野球チームは小規模な同窓会をするのみで流れたが、特に仲良くもないのにふと思いつきで人を集められる大杉の事を感心していた。そして2年ぶりにメールやSNSではなく電話というところも大杉らしいなと笑える。

「!お、関?オマエさ、免許と喪服持ってそうで、今黒髪??いやいや若干の茶髪は…」

「ふは、なんだよ、いきなり。久しぶり。で、俺、免許と喪服と黒髪持ちだけど?」

「やー!オマエならって思ってさ!手伝って、今から!棺桶の納品!」

「なんだよそれ!でも俺今日空いてるわ」


「今さ、棺桶職人のバイトなんだって、俺」

 大杉は助手席で、ゴッゴッと音を立てて炭酸飲料を勢いよく飲み込む。

「…ぷゥ~…新人がマジ使えんくてさ!窓、あの顔のとこあんじゃん、ガッタガタで開かねーし閉まんねーし、やっとこさ直したら、なんか早く持ってこい的なことになってて?そういえば時間変更聞いてました、とかぬかして?俺がちょーっと胸倉掴んだらトイレ行くって帰ってこんでよー、荷物もなくてバックレてよー、社長は社長で、まーったく俺の言う事きかんでさー、今からさっさと見た目まともなおめーのダチいんならそいつと棺桶届けて来いってさー、見た目まともなダチくらいいるわあ!ってさー。ははは関、まじサンキュな!」

「つか俺中身もまともだしな、そいでなんで今運転まで俺よ?」

「あ、気づいた?ま、なーんとなく!サンキュって。ちげーの!俺は職人で、引き渡しは新人なんだって、俺の仕事は今現場に着きましたよーて社長に電話して、車から台車に棺桶乗っけるところまで。だから運転はしないもん」

「もんってオイ」

 調子のいいのに好感が持てる、いいキャラクターしてるなと横目で大杉を見る。

 だが、まあ大杉一人では遺族にも葬儀関係者にも失礼だ。髪色ピアス入れ墨は個人の問題として置いといても10月にビーサンはどうかしてる。運転席は喪服。荷台は棺桶。この状況が楽しいなんて言ったらもっと調子に乗るのだろう。

「おやおや~でも関ちょっと楽しそうじゃね?非日常、非日常いいっしょ?」

「うーるせ、楽しそうなのはおまえだよ、いっつも」

「なんだよ。いいとこの大学いってて、どーせいいとこの企業はいんだろ?おまえこそ人生イージーモードでう、ら、や、ま、しー」

「でもさ、イージーモードのゲームってつまんなくね?」

「うっわ、でたよーでたよー」

「なにがだよ!」


 こんな日曜日もいいな、明日の講義は誰に会うっけ?自慢しちゃお。昨日俺棺桶の納品でさーなんて。

 関智樹は大杉の最後の仕事、『台車に棺桶を乗せる』ところで、理解した。

 すっと体温が抜けて、瞬間火をつけられたような。

 あ、コレ。

「ああ…なんかさ専用の台車があるのかなあなんて…棺桶運ぶ用の長さとか…」

「あ?いや普通の棺桶はこっから手で運ぶよ?俺が配達までするのはここから一人でいけるヤツだけ…社長に電話するわ」

 普通の台車に乗るだけの小さい…。

「あ?もうついたし!…分かったって!…うん…うん」

 社長とも結局のところ関係は良好なのだろう。大杉は肩と耳でスマホを挟み電話をしながら棺桶の緩衝材を丁寧に剥がし、窓の開け閉めを確認し、白い布を広げていく。ちらりと時計を見る。

「…まじか、しゃあねえな。…うん。分った。あいよ、お疲れさん!」

「…」

「関ィ~マジすまん!俺、仕事すぐ戻れって!社長給料も出すっていうし、こっからのタクシー代も領収書もらっといてって~。なんだよこれから旧友と飯いこーつう俺の気持ちどこにもってけば…って関、おまなんて顔」

「子供が死んだのか」

「…うーん…子供も大人も死ぬぜ。…まあ俺も最初は…ん~…だな。何か正しい反応だわ。…な、気がするわ」

「…ああ…」

「…今からすること。台車をあそこの入り口まで運ぶ。この電話番号に電話する、と、葬儀社の人間が何人か来るからサイン貰う。そいつらが棺桶持ってく。台車は受付に預けておいて明日取りに来るからって俺の名刺渡せばOK。で、タクシー乗り場があっち、領収書貰って、金額メールしといて。で、来週飯でも行こうぜ、そん時に領収書と給料、交換こ」

 単純で明確な指示がありがたい。落ちた気持ちを立て直す。本人が急いでるだけかもしれないが、下手に慰められたら情緒不安に拍車がかかるところだ。

「…大杉、おまえ、なんかすげーな。見直したわ」

「惚れ直した?」

「いや、惚れてないし」

 駐車場から出ていく大杉の車を見送りながら、大杉の言った手順を確認する。

 電話してすぐ来てくれれば、すぐに終わる仕事だな。

 実際、人はすぐ来たし大杉から請け負った仕事はすぐに終わった。

 しかし、その日関智樹はそのままVR社に入社し、翌日から大学に戻ることはなかった。

 関智樹にとって急に何かが変わる可能性のある1日で、伸るか反るかで…伸ってみた結果だった。


…足音、冬の…。枯葉が靴の下で小さな音を立てて崩れる。

元気かな、大杉。…だろうな。あいつ、まだビーサンかもな。

ビーサンで歩けば、枯葉は崩れないかもな。



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