第39話 読みづらさの原因

 ふと、とある作品が目に留まり、その作品の第一話を読み始めました。読み始めたのですが、少し読み進んだところでブラウザの[前のページに戻ります]ボタンを押しました。……どうにも読みづらい文章でした。情景や状況を思い浮かべるのも、誰の台詞かを判断するのも、登場人物の関係性を把握するのも、困難に感じたのです。そのまま別のページに移動してもよかったのですが、却ってその読みづらさが気になってしまい、もう一度その作品のページに戻りました。何が読みづらさの原因なのかを考えてみようと思ったのです。


 その作品の第一話を再び開き、画面を眺めました。見たところ、地の文は少なめ、会話文は多めです。地の文、会話文ともに、それぞれの文の構造は単純明瞭です。ほとんどが短文で単文のようです。たまに複文が登場します。一文の文字数もそれほど多くはありません。ざっと数えたところ一文当たり五〇文字前後です。書き方としては、ほぼ一文ごとに改行し、おそらく空白行が段落の終わりを表す、Web 小説としてよく見かける書き方です。


 個人的には横組み表示は読みづらいと感じるので、縦組み表示に変更しました。その際、フォントのサイズも「小」に変更し、一行当たりの文字数も増やしています。縦組み表示にするとなんとなく書籍のようにも見えてくるのですが……、読みづらさは変わりません。相変わらず、情景はわかりません。誰の台詞かわからない箇所もわからないままです。縦組み表示にしたこととフォントサイズを小さくしたことで画面に空白の部分が増え、余計に読みづらくなってしまいました。読みづらさの原因追究のためには、別の方法を採るほうがよさそうでした。


 そこで、第一話の本文をコピーし、テキストエディタ上に貼り付けました。ブラウザ上では横組みか縦組みかを設定できますが、行間までは設定できません。テキストエディタ上では行間を含め、見た目をいろいろと変更できます。まず行ったのは余分な空白行を削除することでした。これは正規表現を使えばすぐに終わります(\n\n を \n に置き換える処理を二回実行する、または、^\n を null 文字に置き換える処理を一回実行する、等)。次に行ったのは縦組み表示に変更することでした。これはテキストエディタの表示設定で行います。一行当たり四二文字としました。その次に行ったのは会話の始まりを示す括弧を字下げすることでした。括弧を字下げすると、少し古めの書籍の紙面のような感じになります。これも正規表現を使えばすぐに終わります(^「を 「に置き換える(行頭の開き括弧を全角空白文字と開き括弧とに置き換える))。


 一段落目の一番目の文を読んだところ、読みづらさの原因の一つが判明しました。一番目の文には、動作の主体が文頭にないのです。文頭は何かというと、『動作の主体の、その動作』になっています。一番目の文頭は主語ではなく、述語になっているのです。動作の主体はどこに書かれているかというと、『動作の主体の、その動作』の次の部分、読点を挟んだ部分にあります。出だしから誰の動作であるかが明示されていないため、動作の主体が出てきたところで前の部分を読み返すことになっていました。前から後ろへと読むだけでは誰の動作かを把握できず、動作の主体が出てきたところで後ろから前へと視線を後戻りさせることになっていたのです。


 一段落目の二番目の文も引っかかる文章でした。『~すると、~する』のような構造の文なのですが、よくよく読むと、前半部分と後半部分とで動作の主体が異なるようでした。第一話での登場人物が二人であることと、冒頭の場面では片方が他方に作業を依頼する情景であることから、この文の前半部分の動作の主体と後半部分の動作の主体とについて、それぞれ誰であるかはわからなくはありませんが、曖昧なままです。もしかすると、前半部分も後半部分もその二人の登場人物の動作であると読めなくもありません。


 二段落目は二文だけです。どうやら、始めの文は登場人物が目にした情景を表しているらしいのですが、文末が『~である。』調であるために、そこだけ浮いたような感じになっています。あるいは、そこだけ説明口調のように見えてしまっています。その次の文は改行されています。ただ、前の文と同じく、登場人物が目にした情景を表しているようなのですが、わざわざ改行する意味がわかりませんでした。一段落目には二文ありますが改行せず、二段落目にも二文ありますが改行していません。規則性もなさそうです。


 その後は登場人物の二人の遣り取りが続きます。ですが、地の文からは、二人の表情や仕草も、二人が目にしているであろう情景も、ほとんど読み取れません。地の文に含まれているのは、登場人物の一人の思考らしきものと、情景とはあまり関係がなさそうな説明らしき文と、……、ほとんどそれだけのようです。


 第二話以降も同じような書き方が続きます。各話ごとの登場人物は二人程度なのですが、それでも、どちらの台詞なのか仕草なのか、判断に困る箇所が幾つかあります。どうやら、地の文には敢えて動作の主体を書かないということが徹底されているためのようです。そのため、

  (A)台詞があり、地の文(その人物についての動作や仕草)がある

と、

  (B)地の文(ある人物についての動作や仕草)があり、その人物の台詞がある

という二つの場合がそれぞれ不規則に現れます。(A)を想定して読み進めると実は(B)であった、となり、これが読みづらさの原因の一つでもあるようでした。加えて、情景とはあまり関係のない説明や登場人物の思考らしきものも地の文に流れ出しているので、「いったい、この文章は何を表しているのだ?」となってしまい、物語を楽しむどころではなくなってしまっていました。


 その後は、第四話まで目を通したところで続きを読み進めるのを諦めました。冒頭からそこまでは戦いの場面だったのですが、情景を思い浮かべるのが困難でした。登場人物の焦りや緊迫感などはあまり感じられず、いずれの登場人物もどこか人形めいたものに見えてしまいます。この作品のような書き方が現在の主流なのかについては、他の作品を読んでいないのでわかりません。ただ、自分にとっては読みづらいものだということを認識できたのは収穫の一つでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る