海底ハオユエ

エリー.ファー

海底ハオユエ

 あたしの町が海に飲まれても、別に大変なことはなかった。他の町は海に飲まれてしまったそうだが、それもそのはず、時間にして、ほんの少しのことだったし、対処のしようもなかったと思う。

 あたしの町にはハオユエがいた。

 ハオユエは鯨のようなものだったけれど、とても透明でしかし、その中にラメみたいな泡がいくつもあった。みんなが触ると、ハオユエはくすぐったそうに体をくねらせる。でも、たぶん、とても嬉しいのだ。

 触れば触るほど、ハオユエはあたしたちの町になついたし、あたしたちもハオユエのことが好きだった。

 少し前に帝国が爆弾を撃ってきて町の上空に現れた時、ハオユエはそれを飲み込んでどこかに行ってしまった。少し時間が経ってから進撃していた帝国が動きを止めて、降伏宣言を国際審判会議団に提出したことで戦争が終わった。

 この町以外の人は、ハオユエが何かしてくれたのだと喜んだ。

 けれど。

 この町の人たちだけは残らず心配だった。

 ハオユエにそんな危険なことをしてほしくなかったからだ。

 ごめんね、ハオユエ。

 いいんだよ、ハオユエ。

 そのままの君が大好きなのさ、ハオユエ。

 何か嫌なことあったら俺に言うんだぜ、ハオユエ。

 無理するなよ、ハオユエ。

 偶にはわたしたちのことも頼ってよ、ハオユエ。

 しっ、心配じだんだぁよおぉっ、ハオユエェ。

 おはよう、ハオユエ。

 おやすみ、ハオユエ。

 ただいま、ハオユエ。

 行ってくるよ、ハオユエ。

 おかえり、ハオユエ。

 朝日がきれいだねぇ、ハオユエ。

 大好きだよ、ハオユエ。

 ハオユエはずっと、この町にいた。

 それから数十年がたった。

 海に飲み込まれた他の町の再建の担い手としてあたしは町の外に出ることになった。道具も持って、準備は万端、いつだって行ける。あたしの力で世界をもう一度元の状態に戻して見せる。

「グリーンアウトは行けるけど、問題なく進めるんだったら、ブルーからレッドあたりまで待ってからポッドアウターしてください。数値は五千以上をキープするようにして頂けるとありがたいのですが、こちらは型が古いので、五千五百を越えますとブザーが鳴りますが、それは無視して結構です。ロクダニのレバーとか分かりますか、あそこの作るものは癖があるので。はい、そうですね、後ろに少し引いてから横にやっていただければ、ギアは変わります。ギア数は七千なので、まぁ、世界を再建する方がお乗りになるショーカーにしては、確かに古いですが、価値あるビンテージということで御容赦ください。あと、ですね。」

「ハオユエは。」

「ここだと、天井があるので空が見えませんが、一応、外の者に確認はとってます。ただ、まだ連絡は来ていません。」

「そっか。」

 そっか。

 昨日の夜、ハオユエには町の外に出ることを伝えた。ハオユエは、別に人間の言葉が分かるとか、そういう能力がある訳じゃないだろうし、喋れるわけでもない。

 でも、みんな、なんとなく分かってる。

 ハオユエは喋らないけど、誰よりも多弁で、誰よりも私たちのことを見ている。

 その瞬間。

 大きな叫び声が聞こえた。

 野太く、大きな音だ。

「ハオユエ、だ。ハオユエ、ですね。」

「鳴いてる。」

 あたしは静かにハンドルを握る。

 そうだね、ハオユエ。

 あたし、負けないから。

 ハオユエみたいに、大きくて強い人間になってくるよ。

「じゃあ、そろそろ。」

「うん、ありがとう。町の人にもよろしく言っておいてね。」

 隊員が足をそろえ、敬礼のポーズをとって顎を僅かに上げる。

 目が大きく開く。

「我が町の英雄っ、偉大なる建築家ミサキ アングレイ様にっ、敬意を表してぇぇぇぇぇぇぇっ。」

 工場内の全員が、こちらに顔を向け敬礼のポーズをとる。

「サウディィィッ・ナウッ」

 声がこだまする。

 あたしも敬礼して。

 涙を拭いた。

「サウディ・ナウッ。」

 ショーカーの扉が静かに閉まっていく。

 リュックサックの中には、設計に必要な紙とペン、そしてあの日の夜にもらったハオユエの光輝く気泡。

「じゃあ、行こうかな。よしっ、頑張るぞっ。」

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