紙とペンと見えない同居人

夏木

第1話


 大学に合格し、上京して独り暮らしを始めた。学校に近く安いアパートを借りて初めての独り暮らし……のはずだった。

 事前に物件を見てから決めた。駅にも近くて綺麗な部屋だったが、異様に家賃は安かった。もしかして住んでた人が亡くなったとかの事故物件なんじゃないかと不安になって、安い理由を聞いてみたら、入居者がみんな幽霊がいると言って出て行ってしまうそうだ。

 俺は幽霊は信じてない。心霊写真とかいうのをテレビで見るけど、俺が幽霊だったら女の人の風呂場に現れたい。なんでそんなところに幽霊? というような感想しか持てなかった。

 そんな俺は幽霊が出るなんてないだろうとこのアパートに決めた。そして家具も荷物も届いた初日は何事もなかった。


 幽霊なんて嘘じゃないか、と高をくくってた。しかし、二日目には怯えることとなる。


 自炊のために買い出しに行き、食材を冷蔵庫へしまった後、再び雑貨類の買い出しに向かった。そしてお昼頃に帰宅したのだが、そこで異変に気づく。


 まだ入学式もしていない。近くに友達や家族がいるわけでも無い。なのに、テーブルの上にはホカホカの昼食が準備されていた。

 誰か知らない人が部屋に入ったのかと不安になる。でも鍵はしっかり閉めていたし、部屋が荒らされている訳でもない。

 怖くなって準備されてた昼食を廃棄した。



 誰か入ってるのか確認するため、スマートフォンで部屋の動画撮影をすることにした。部屋の入口から調理スペースまで運良く撮影できる場所を見つけ、スマートフォンを設置する。人がいると何も起きないかもしれないから財布を持って外に出た。


 辺りが薄暗くなってきた頃、部屋に帰ると今度はお皿が綺麗に洗われており、テーブルの上には何もなかった。だが、床にあったゴミが綺麗に片付いている。

 撮影した動画を確認すると、そこには誰も映っていない。しかし水が勝手に流れ始め、お皿が洗われる。そして掃除機が勝手に動いている。

 カメラに写らない何かが家事をしている。幽霊というのはこういうことか、と一人で納得した。


 この幽霊は物を持つことができるということは、コミュニケーションをとることができるんじゃないかと考えた。



 そこでボールペンとノートを準備した。一行目には「何でも書いてください」と記入する。


「悪かったな、昼飯捨てて」


 見えない相手に話しかける。するとペンが動き始めた。


 ――怖がらせてごめんなさい


 ノートには丁寧な文字で謝罪が書かれた。

 これで見えないやつとコミュニケーションがとれると確信して、質問する。


「あんた名前は? 幽霊なのか?」


 ――幽霊じゃなくて、神です。


「神? 神様? なんの?」


 ――付喪神です。この部屋に使われた木の。


 このアパートを作るときに使った木材に宿っていたということか。なるほどと納得できた。


 ――住んでいる方のお手伝いをしたかったのですが、怖がっていなくなっちゃいました。


「なるほどな」


 ――私はここにいていいですか?


「後から来たのはこっちだし、いちゃダメなんて言うかよ」


 ――ありがとうございます。家事も頑張りますので。


「まじか。助かるわ。独り暮らし初めてだし」



 こうして奇妙な同居が始まった。

 幽霊と思われていたのは幽霊じゃなくて、神様だった。

 神様を見ることはできないけど、紙とペンという原始的ツールでコミュニケーションをとることができる。

 一人じゃないということが少し嬉しい。

 見えないけど確かに存在する神様との生活を楽しみたいと思う。

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