ただの鍵にかける水

エリー.ファー

ただの鍵にかける水

 あたしは酷い心持ちだった。

 紙に書いた言葉と、自分の指先に握られたペン。

 そこから流れ出るインクから見える、自分の心理状態が心から憎い。

 哀れ、と言われれば、それまでだが、それ以上の世界がそこに広がってしまっている。

 やめていただきたい、そう言われても、止めることもできない。

 この部屋には是非、鍵をかけて頂きたい。あたしと、紙とペンさえあれば他は何もいらない。問題などないのだ。鍵をかけてもらいたいのだ。

 そうすれば、ここから出られないという自由を得られる。

 この屋敷の周りでは、多くの人々が飢饉で亡くなったと聞いたが、本当なのだろうか。生まれたこの方、この屋敷から、この部屋からすらでたことのないあたしからしたら、全て噂でしかない。それとも噂ですらないのか。

 前に聞いたときは、そもそもこの部屋があるのはお屋敷でもなんでもなく、ただの離れだと。中の装飾だけ豪華にして放置されている、小さな小屋だと、そう聞いた。質問しようにもどうしようもなく、ただその情報を真実か、それとも虚か、分からないまま心の底に落とすほかない。

 その前の前の前には。

 この部屋だけが宙に浮いている。

 そう聞いた。

 周りは嵐で、その嵐のせいで、この部屋は宙に浮いたままなのだろ。

 分かる訳もない。

 嘘だと思っても、嘘だと確信できない。

 窓を開ければいいのに、部屋には窓を開けてはいけないと紙に文字が書かれている。だから、開けられない。

 もちろん、出入り口の扉も同様。たてつけが悪くなっているから隙間から外は見えるはず。だけれど、部屋に貼られた紙には、その隙間からも外を見てはいけないという。

 立って、歩いてしまうと、その隙間から外が見えてしまうので、この場所から立ち上がることもできない。

 ずっとここにいて。

 ずっと、このまま。

 ただ。

 時間が過ぎるのを待っている。

 眠るのも、ここ。

 あたしは机の上の紙にペンで文字を書く。それは今の自分の精神状態について克明に書かれた日記のようなもの。それを外を見ないようにしながら窓の隙間や、扉の隙間から外へと流していく。

 部屋の中に紙はあった。そして大量のペンもあった。あとは大量の伝えたい思いが詰まっているあたしもあった。

 すべては揃っていた。

 あたしは、今日も書き続ける。

 もしかしたら、いつかここにある紙すべてを書き終えた時に、自分に自信が持てるのではないか。新しい指令が来るのではないか。外に出るような何かきっかけが生まれるのではないか。と思っている。

 しかし。

 分からない。

 偶に、思う。

 この外には多くの研究員がいて、あたしが出てくるのを待ち望んでいるのではないか、と。そして、これ自体も小型のカメラか何かで監視されていて、全て何か集計でもされているのではないか、と。

 大量にある書物。

 それを片手にして、時間を潰すと、こうして妄想ばかりが膨らんでしまう。

 さみしくはない、つらくもない、本当に。

 本当に。

 それだけが永遠続いていく。

 なので。

 とりあえず、ヘッドフォンを付けて。

 友達とチャットをしながらFPSをやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ただの鍵にかける水 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ