初日 東京へ(2)
成城学園前駅に少し早く着いた。
成城は思っていたより若者が多くて活気がある街だった。
しばらく駅前のファーストフード店に入って時間をつぶし、夜七時前に駅の改札まで戻り、シゲルさんを待った。
僕とシゲルさんは、毎年一回だけ会う仲だ。
親しいわけではないけど、仲が悪いということも無い。
シゲルさんの父親でもある岡山の伯父の家に年に一度、集まって、正月を祝う。
シゲルさんとはその場で毎年少しだけ話をする程度の仲で、伯父の家以外で会うのは初めてのことだ。
七時を少しまわったころに、シゲルさんはやってきた。シゲルさんは眼鏡をかけ、ボタンダウンシャツに、ジャケットを羽織っていた。
「ごめんごめん、待った?」
「いえ」
ごはんでも食べながら話そうということになり、駅前の居酒屋に入った。
カウンター席に並んで座り、とりあえずビールで乾杯する。
「有給とって、五連休なんだって?」
「はい」
本当は会社を辞めてきていたのだが、シゲルさんには有給をとったと伝えていた。
「やっぱり工場って福利厚生が良いんだねえ、僕が設計事務所に勤めていたころは月に二・三日しか休み無かったからなあ。連休もとったことが無かったなあ」
「それは大変そうですね」
「最近はまあまあ休めているけどね。けど独立して休みが多いのはあまり良いことじゃないね」
シゲルさんは大学院を卒業して十一年間、設計事務所に勤め、数年前に独立して設計事務所をかまえていた。
「どのくらい東京にいる予定なの?」
「三泊四日の予定です。実は東京に来たの、初めてなんですよ」
「ああ、そうなんだ。どこか観光する予定なの?」
「まだ考え中です」
「そっか、上野の国立西洋美術館とか、結構良いよ」
なんでも有名な建築家が設計したらしい。
「そういえば、東京って、意外に緑が多いですね。もっとビルばかりのイメージが有ったので」
それは東京駅から電車に乗り、この成城学園前に来る時、風景を眺めていて感じた事だった。
「ああ、それは関東大震災後の復興計画の時、東京の場合はね・・・」シゲルさんは東京の緑地について、都市計画の観点から説明を始めた。
今回の旅で、シゲルさんに会う約束がとれたのは、とてもラッキーだと思った。
自分とシゲルさんは、似たタイプの人間だと、自分では思っていた。二人とも、どちらかというと内向的な性格で、ひとりで過ごす事が好きだ。
本当のところをいえば、人間があまり好きではないのだろう。そういう人間は、なかなか世の中に受け入れてもらう事が難しいように思う。
だけどシゲルさんは大学院まで出て、東京で建築家をしている。ちゃんとそれなりの仕事に就き、まわりからも認められていた。
対して僕は、大学受験に失敗し、その後職場を三度替わり、今は地元の工場で契約社員として働いていた。
正月にシゲルさんに会うたび、僕とシゲルさんの差は何なのだろうと、考えた。
話題は、シゲルさんが最近てがけた家の話や、趣味のギターや音楽の話へと進んだ。
僕は、シゲルさんの話を聞くのが好きだった。
自分と似たタイプの人間の話を聞くのは、自分を分析しているみたいな感じがして、興味深い。
そして音楽の話題もつき、沈黙が流れた。
たしかにシゲルさんの中に、もしかしたら成りえたかもしれない自分の姿をみていた。
でも客観的に見ると二人は、まったく違う人間なのかもしれないし、どちらにしてももう確かめようもない事だった。
「泊まる所は有るの?」
居酒屋を出る時、シゲルさんに聞かれたので、ホテルを予約してあります、と答えた。
ホテルにチェックンすると、とりあえずテレビをつけ、ユニットバスに湯を張った。そして湯がたまるのを待つ間に、弟に電話をした。弟とは明日会う約束をしていた。七歳下の弟は東京の大学に通っている。
「――おかけになった電話番号は、現在、電波の―――」
電話はつながらなかった。弟は、しょっちゅうそうだった。明日もう一度電話してみることにして、風呂に入り、歯を磨き、ベッドにもぐり込んで、死んだように眠った。
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