紙とペンとありがとう
永太 結
第1話
武ちゃんは手紙を書こうとしています。玄ちゃんへのお礼の手紙です。
武ちゃんは話すことが苦手です。上手く言葉を発することができないのです。だからいつも一人ぼっちです。
ちょっとした河川敷で、玄ちゃん達はランドセルをほったらかしでサッカーをしてます。武ちゃんはいつもその様子を横目で見ながら、家に帰ってました。玄ちゃんのサッカー仲間は、幼なじみで武ちゃんも小さいころから知ってる人達でした。だから、みんな武ちゃんが話すことが苦手ということも知っていました。
ちらちらみんなを見ながら歩いていた時です。武ちゃんに衝撃が走りました。サッカーボールが顔に飛んで来たのです。その場に倒れ込んでいると、玄ちゃん達がやってきました。
「たけ、大丈夫か?」
武ちゃんは起き上がってうなずいた。みんなは安心してまたサッカーを始めた。けれど玄ちゃんはまだそばにいました。
「眼鏡は?」
武ちゃんのトレードマークと言っていい黒淵の眼鏡、昔なら牛乳瓶の底みたいな眼鏡と言われるレンズの厚い眼鏡が失くなっていたのです。
武ちゃんはあわてて、探し始めましたが何も見えなくてパニックになってました。
「ちょっと待ってろ。俺が探してやるよ。」
玄ちゃんは這いつくばって、眼鏡を探してくれました。そのおかげで、無事に見つかりました。 壊れてもいませんでした。
「ほらよ。じゃあな。」
玄ちゃんは武ちゃんに眼鏡を渡して、みんなのところに戻っていきました。
(ありがとう)その一言が言えなかったので、手紙で渡そうと考えました。
今日は眼鏡を探してくれてありがとう。
(これだけ?何かもっといい言葉はないかな…玄ちゃんに武はこんなカッコいいこと書けるんだぁ、なんてびっくりするようなこと。ん…。)
武ちゃんは机の上においてある、飴の入った瓶のふたを開け一つつまんで口に入れました。考えは浮かびません。そのうち眠くなり、明日学校に行く前に書くことにしました。
翌朝、手紙のおいてある机には朝日が当たっていました。武ちゃんは目を擦りながら机の前にきました。すると、何も書いていないはずなのに手紙には黒い字がびっしりと書かれています。
(嘘でしょ。もしかしたら、あのペンと紙は魔法のペンと紙で勝手に僕の気持ちを書いてくれたのか!)
武ちゃんは手に持っていた眼鏡をかけてみた。すると、(字が動いてる?ん?あ、あ、あ、あり?)
紙の上に蟻が10匹…。それどころではない、数え切れないほどの蟻が、机の上においてある飴の入った瓶に続いていました。武ちゃんが瓶のふたを閉め忘れていました。
(ギャー。)
武ちゃんは手紙どころではありません。部屋から逃げるように出ていきました。
(どうしよう。言葉でお礼を言わないといけないのかな。伝わるかな。お礼しなくていいかな。ん?する必要ある?だって、ボールが飛んで来て眼鏡が失くなって、玄ちゃんが探してくれた。ボールが飛んで来なければ僕の眼鏡は失くならないで、玄ちゃんに探してもらうこともなかった。そうだ。お礼しなくてもいいよな。うん。でも…玄ちゃんは一生懸命探してくれた…。)
考えながら学校に着くと、玄ちゃんに会いましたが武ちゃんは勇気が出せずに何もできませんでした。そして放課後、勇気を出して前を歩いていた玄ちゃんのところに駆け寄りました。
「何?」
「き…、めが…、あ…と。」
(昨日は眼鏡を探してくれてありがとう)
武ちゃんは眼鏡を触りながら頭をこくんと下げました。
「眼鏡のことか?気にするな。俺が蹴った ボールがお前に当たったから、ああなったんだから。」
(その通りだ!)
武ちゃんは無意識に玄ちゃんを睨んでいました。
「お前もサッカーやるか?これからみんなでやるけど。」
(え!?やりたい)
「どうする?来るのか、来ないのか?」
「い、い…」
「みんなお前のこと知らないやついないから、声出せなくても何も言わないぞ。」
武ちゃんは大きくうなずきました。
もし、手紙だったらこの会話はなかったのではないか、勇気を出して玄ちゃんと向き合ってよかったと思いました。武ちゃんはサッカーをして家に帰りました。そして、恐る恐る机に向かうと蟻はいません。飴の瓶も失くなってました。きっとお母さんが片付けてくれたのでしょう。その代わり、ペンと紙がきれいにおいてありました。
武ちゃんはその紙に
ありが10
と書きました。10匹どころではなかったけれど。
紙とペンとありがとう 永太 結 @hd10yn
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