1人でも立てる
じゃんけんの結果、行きはオウキさん運転で、帰りはリーネア先生運転になった。
オウキさんは東京で免許を取ったそうで、免許証を見た先生がすごく安堵していた。
シートベルトを締めながら、リーネア先生が呟く。
「……カル、大丈夫かな」
「大丈夫って、どういう風にですか?」
アスさんとカルミアさんを二人きりにしたが、正直、初対面である私でも両思いなことがわかっていた。
「あいつヘタレだから」
「へ、ヘタレ……」
「慎重派って呼んであげなよ。あれでもキミのお兄ちゃんだよ?」
オウキさんが苦笑しつつ、ギアチェンジをしてアクセルを踏む。
滑らかな加速と減速、丁寧な安全確認はさすが親子。そっくりだ。
「京ももう聞いたかな。カルの目には、三つの神様の異能が重なってるんだ」
「あ、はい。……すごい、と思いました」
「うん。まあ、良いことばかりじゃないけど、強力な能力だね」
目を封じなければならないなど、悲しくて恐ろしいことだ。知り合ったばかりの私などが軽々に評していいものではない。
「そのうちの一つが、《女神の瞳》。冥界で魂の行き先を決める女神様と同じ異能なんだ」
冥界も実在するなんて、驚くほかない。
「その女神様は裁判担当で、人の心を見通せる。つまりは感情を読める目なんだね」
「もしかして。……アスさんが好き好きしてくれてるのが見えるから、恥ずかしい……とか?」
「正解」
年上の方に言うのもなんだけど、可愛いカップルだなあ。
「実際、付き合ってるようなもんだよ、あれ。キスもしてたし」
ますますなぜ付き合っていないのか不思議だ。
「……アスさん、カルミアさんのこと大好きですもんね。きっと素敵な出会いだったんでしょうね……」
言ってみると、リーネア先生は少し苦い顔をしていた。
「アスの種族は宝石の魔法竜。そのご先祖様の、ある特性が色濃く出た悪竜だ」
宝石?
「カルと知り合ったのは、アスの両親がアスの治療をして欲しいってカルのところに連れてきたから」
「……え?」
赤信号で車が一時停止する。
オウキさんは、アスさんについて静かに教えてくれた。
「名前の通り鱗が宝石で、魔法を使える竜の一族。すごく神秘的で――明らかに他の種族に狙われやすいってわかるよね?」
「……。はい」
宝石の鉱脈が生きてそこにあるようなものだ。
「竜だから他の種族より圧倒的に強いし、秘境に国を作ってるから、今は魔法竜を狙おうにもできないんだけど……アスは別」
「庇護のない世界で、生きているだけで宝石を生み出し続ける女の子がどういう扱いを受けるか……って考えれば、未だに人と目を合わせられないのも然り」
「……」
アスさんは感情を持って生きているのに。鱗が宝石だというだけで、その人たちはなんてことをしたのだろう。
「カルと目を合わせることそのものが魔法だから、それを利用して精神の治療が魔術的・物理的に出来る。アスは何度かその治療を受けて……今ではカルにべったり惚れ抜いて可愛い」
先生が懐かしむように話を締めた。
「……すごく可愛かったです。優しくて甘い匂いがしました」
「あの子、《豊穣》の記号を持ってるからねー。生まれつき優しい香りがするらしいよ」
「カルミアさんと結婚したら義理の娘さんで義理のお姉さんなのでは……!」
想像すると、他人のことなのにむず痒くて幸せそうだと感じる。
「そういやそうだな」
「アスのご家族に挨拶しに行かなきゃ」
――*――
リナと京ちゃんの暮らすマンションに二人で残された。
自然と彼女と向き合うことになる。
「……アス」
「なに?」
名を呼ぶととてとて歩いてくる彼女。
可愛い。最高に可愛い。
「…………」
三つの異能のうち、最も僕の精神に害がなく、それ故に封印しづらい《女神の瞳》。
その異能を持つ僕には、彼女の心が見えてしまっている。
〈カル好き。好き。今日も綺麗で格好いい。大好き――〉
言語化しようと頑張ってみたが無理だ。目を逸らす。
恥ずかしくて嬉しくて恥ずかしい。
(今日もアスが可愛い……!)
「カル、どうしたの?」
「な、なんでもないよ。うん。なんでもない」
それより、返事をしなければ。
「あのね。……」
〈好き。大好き。愛してる〉
「みにょああ‼︎」
「かっ、カル……?」
突拍子もなく奇声をあげた僕を心配そうに見上げるアス。
〈疲れてるのかな。最近、ずっと頑張ってたもんね。ミルフィーユ作ってあげよう〉
くっ、なんて純粋で愛くるしくて優しいんだ。
女神か。そうか女神だ。
――*――
車は走るうちに区の境を越えた。
「好意も悪意も見えてしまうカルには、感情表現がストレートな竜と相性がいいみたいでね。見てると面白いよ」
「面白いんですか」
「うん」
リーネア先生も頷いて、説明を補足してくれる。
「カルが告白に返事をするには、異能を完全に遮断できるあのゴーグルをかけないと無理だ。好き好きオーラが見えるからな」
「……」
「かといってゴーグルをしたまま返事をするのも怖いという悪循環。面白いよ」
面白いという結論に帰着してしまった。
「シェルなんかはやきもきしてるけど、俺らは別にゆっくりでいいのに」
「うん。そこはシェルもわかってるらしいよ。でも『両思いなのは見えてるんだから早く』って、もどかしい感じなんだろうね」
「5万人いるって大変ですよね」
悪竜さんたちは不思議で楽しい人たちだ。
「シェルやアス、アリスちゃんはね。みんな同じ養父母さんの元で保護されて育ったんだ。悪竜5万人の中でも格別に仲がいいよ」
「そうなんですか」
「リル姉って呼び名もその名残りみたい」
リーネア先生がぽつりと零す。
「……アスって、まともな悪竜ランキング上位だったよな」
「まともな悪竜がそもそもほぼ居ないからね」
――*――
「……カル、どうしたの?」
「な、なんでもない……なんでもない……」
どうしよう。アスが可愛い……
「アス」
「……はい。なんでしょうか、カルミア」
姿勢を正す彼女。
凛とした表情も美しい。
「これから、あなたの告白に返事をします」
「!」
〈答えてくれるの? 嬉しい。大好き。……断られたらどうしよう〉
「断るなんてあり得ないよ‼︎」
思わず絶叫すると、アスが目をぱちくりさせた。
「あ……」
お互いの顔が真っ赤になる。
「……」
自分の間抜けさが恨めしい。
いや、僕なんかが格好つけようとするのが間違っていたんだ。自然体でいればいいものを……
とりとめもなく悶々と悩む。
しばらく続いた沈黙を破ったのは、アスの方だった。
「お返事、くれるの?」
「…………。もちろんします」
でも、と前置き。
「けじめとして。僕があなたに唯一示せる誠意として……異能に頼った慢心ではなく、純粋な心のままにあなたと向き合って返事がしたい」
「……」
「ゴーグルを着けてもいいかな」
目を隠すことは表情の半分を隠すこと。本来なら失礼にあたる。
しかし、彼女は僕の意を汲んで受け入れてくれた。
「わかりました。大丈夫」
許しを得て、眼鏡を外してゴーグルを装着する。
「……」
怖い。
でも、彼女は変わらず僕を見つめてくれている。
(アスが今日も綺麗で可愛い……)
見惚れてほうけてしまいそうな自分を叱咤して、返事をする。
「僕もあなたが好きです。……結婚を前提にお付き合いしてください」
「……っ」
彼女は泣き笑いして僕の手を取った。
「喜んで!」
暴力を受け続け、感情が麻痺していた彼女が表情を変えることは滅多にない。
こんなにも喜んでくれるなら、もっと早く返事をすればよかった。
「アス。……実は出会ってすぐにアスのことが好きだった。意気地なしでごめん」
「ん……私も好き」
ああああ可愛い――‼︎
「ミルフィーユ作ってあげるね」
「いや、ベリータルトにしよう。……いつも僕に合わせてくれるから、こういうときには一緒にアスの好きなもの食べたい」
「……カル好き」
「実はもう買って用意してたんだ」
「…………」
アスが僕に抱きつく。
「ワタシの好きなもの、嬉しいものいつもくれる。大好き」
「僕も好きです……」
可愛い。
……あとでシェルさんに連絡しよう。対応を間違えたら大爆発する人だし……
――*――
たどり着いた霊園の駐車場に、白のワンボックスが停まる。
「ここでいいのかな?」
「ああ。運転ありがとな」
「ありがとうございます!」
運転手を務めてくれたオウキさんにお礼を言い、車から降りてトランクから荷物を降ろす。
手分けして持ったところで、リーネア先生が霊園の奥を示しながら言う。
「場所、案内するわ。二人はついてきてくれ」
「はーい」
「お願いします」
暑さ残る季節に秋の風が吹くと、なんとも心地よい。
お兄ちゃんに10年越しの挨拶をしなければ。
「京」
肩を叩かれて振り向くと、オウキさんが苦笑していた。
「あんまり気負わないようにね」
「はっ、はい。……いえその」
「気負わないのは無理かもだけど。お兄ちゃんだってキミに笑ってて欲しいはずだから。大学に行く話とか報告してきなよ」
「兄ちゃんなら、お前のこと一番わかってたろ。明るい話してやれ」
妖精の二人は、とても優しい。
私はもうすでに泣きそうだ。
「…………っく」
リーネア先生は私の手を引いて、オウキさんとともに墓の並ぶ霊園を歩いていく。
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