集まればカオス

 こういう集まりの時、いつも遠目に見かけるシェル先生。

「……」

 台所側でリーネア先生を何やら叱っているのが見えた。

「どひはの、京?」

 ぼうっと見ていると、白滝を頰張る佳奈子が話しかけてきた。

 佳奈子こそは、他ならぬシェル先生の愛弟子。

「あの……シェル先生と、お話ししたことあんまりないなあって……」

「そうだっけ。小樽でも、あんた一度もシェル先生に当たってないわね」

 小樽での勉強会では、それぞれの先生と生徒が日替わりでマンツーマンになった。

「……うん……」

 なんとなく避けられているような気がする。

「あの。嫌われてるの、かな」

「そうやってネガティブになるのやめなさいよ。あの人は嫌ってたら蔑んだ目で『つっ立っていないで死んできてはどうです?』とか言う人だから」

「そ、それもどうかと……」

「大丈夫よ。ほら、行きましょ」

「わっ」

 佳奈子は私の手をぐいぐい引いて、台所に向かう。

 リーネア先生が振り向く。

「どうした?」

「……」

 先生の手元には怪しげな半液体入りのボトル。

「……先生がご迷惑を……」

「気を使わないでいいですよ」

「あっ、おい、待て……俺はまだ何もしてない!」

「黙りなさい爆弾魔」

 シェル先生もそういう認識なんだと知り、仲間がいる気がして安心した。

「バッグに入れてたの忘れたんだよ。わざとじゃない」

「……いいから《武器庫》にでもしまって戻りなさい。人様の台所で危険物の処理をするものではありません」

「う……わかった」

 先生は虚空にボトルをしまい、リビングへ戻っていく。鍋の調子を見ていたミドリさんに話しかけて、具材追加の調理を買って出ている。

「何かご用ですか? まさかリーネアの代わりに謝りに来たのでもないでしょう」

「あ……その」

「あなた自身は特に何とも思っていません。姉を避けているだけです」

「?」

 よくわからない……

「先生、京が困ってる。何で避けてるの?」

「……京と会うと姉と会う確率が跳ね上がるんです」

「姉。お姉さん……?」

 彼のお姉さんは沢山いる。

「双子の姉は一人だけですよ」

「…………」

 心を読まれているように錯覚するが、彼ら天才が読んでいるのは心ではなく会話の展開だ。

 知能が桁外れに高いから、先読みしてしまう。相手の理解を置いてけぼりに結論に辿り着くこともしばしばだ。

 リーネア先生と日々を過ごすうちに学んだ。

「なぜ確率が跳ね上がるのかまでは答えるつもりはありませんが」

「……」


 虹銀髪。青い瞳。

 血に染まったゴルフクラブ。

 恐ろしいほど綺麗なその人は、私をじっと見つめて――


 脳裏に鮮明な映像がぎり、思わず目の前の男性をじっと見てしまった。

 彼は無表情で私を見ている。

「……あの」

「何でしょう?」

「ゴルフクラブで人を撲殺したことはありますか?」

 佳奈子が咳き込む隣で、シェル先生は端的に答える。

「洗濯機でなら撲殺したことがありますが、ゴルフクラブはないですね」

 ついに膝を折ってしまった佳奈子を支えて背中をさする。

「そうなんですか……」

「あ、あんたたちね……こんな、おめでたい場で、なんて話を……」

「あっ……ご、ごめん」

 慌てて周りを見回したところ、楽しげに話す森山くんと死亡フラグくん、ミドリさん。美織と仲睦まじくすき焼きを食べるルピネさんとタウラさん……そのほかの人たちも、私たちを気にした様子はない。

 良かった。

「気をつけるね」

「いや、気をつけてなんとかなるもんじゃ……」

「善処します」

「先生は黙って」

 いいコンビだなあ、佳奈子とシェル先生。



  ――*――

「紫織は、どこで受験するんだ?」

 翰川先生、美人さんです。

 至近距離で見るとあまりの美しさに目が潰れそうです。

「あ……えっと。札幌で受けます」

 どこでとは受験会場のこと。

 寛光大学は、東京だけではなく、地方にもいくつかの主要な都市で会場を用意しています。

「先に東京に見に行くのもいいって、ルピネさんには勧められたんですけど……美織が居るので」

「そうか。まあ、東京に行く機会はまだあるだろうしな」

 私は、普通受験の京ちゃんや佳奈子ちゃんと違って、10月受験の推薦入試です。

 それが終わってしまえば、本格的な入学準備に入るまでは空き時間。

「はい。美織の冬休みに合わせて、寛光大学を見に行きたいと思ってます!」

「その時は僕とミズリの家にも来て欲しいな。歓迎する」

「はう……あ、ありがとうございますっ」

 照れてしまいます。

「すき焼き美味しいな」

「はい」

 佳奈子ちゃんのおばあちゃんが作ってくれたそうです。助手は佳奈子ちゃん。

「溶き卵を入れても美味しいぞ」

「やってみます」

 私の実家では洋風なお料理が多かったので、今回がすき焼き初体験です。

 ミズリさんがクーラーボックスから生卵を持ってきてくれました。

「ありがとうございます」

「いえいえ。……妹さんも楽しんでるようで良かった良かった」

 美織はルピネさんに世話を焼かれて、赤い顔で受け入れています。

 仲良くしてくれるのは嬉しいのですが、ルピネさんとタウラさんは私たちに優しすぎです。



  ――*――

「……」

 鍋の第2弾がやってきて、森山くんはトングを使ってみんなに具材を取り分けている。

 些細なことだけどすごく器用だ。具材が平等に行き届くようにきちんと考えている。

 彼の調理経験の豊かさが窺え知れる。

 ぼーっと見ていると、肩を叩かれて振り向く。

 森山くんの親友:フラグくんがニコニコ笑っていた。

「な、なに?」

「もりりんはいい男だぜ」

「っ、あ、う、うん」

 それはもちろん、知っている。

「今後とももりりんをよろしく」

 フラグくんはそう言うけれど……

「……その。森山くんは……私なぞ眼中に……」

 そもそも、あんなに優しい人と、なにもかも忘れる薄情な私とでは釣り合わない。

「ぴったりなカップルだと思うけどなあ……」

 お世辞でも嬉しい。

 鍋第二弾は牛乳とトマト、鶏肉を追加して、第一弾よりまろやかで優しい味に仕上がっている。

 トマト好きのエマちゃんが森山くんからお皿を受け取ってお礼を言う。

 そのまま何やら歓談……

(な、何話してるんだろ?)

 前までなら何も気にしなかったのに、そわそわしてしまう。

「ミサッキー、行ってきたら?」

「ふぇあっ⁉︎」



  ――*――

「噂には聞いてたけど、ほんとに料理上手だねー、もりりん」

「江松さんまでもりりん呼びっすか」

「前にも言ったが、エマちゃんでいいんだぜ、色男」

「色男呼びやめて」

 俺は非モテ男だ。

「もりりんの伝説は色々聞いてるぜ。学祭の出店を一人で回した伝説とかな」

「いやあれは……」

 単に、シフトの5人中4人が一時的にトイレとお友達になっただけだ。幸いにもお好み焼きだったから、鉄板一面に焼いてなんとかこなせた。

「正味20分くらいだし、みんなすぐ戻ってきたよ」

「ってかなんでそんな事態になったんよ」

「シフト前にロシアンルーレットラムネとやらを買って一気飲みしてたんだよ」

 普段なら笑い話になっていたやらかしなのだが、タイミングが悪過ぎた。

「うーむ。男子ですなあ」

「あはは……」

「もりりんは飲まなかったのん?」

「激辛系、苦手でさー。大当たりはデスソースだったから、こりゃ飲んだらまずいと思って……」

 俺が集合場所についた時には、すでにシフト組が飲んでおり、俺にも勧めてきた。結果が先の事件である。

「およそラムネに入っているべきではない食材だね」

「俺もそう思う」

 食中毒事件になってもおかしくなかったが、幸いにも初日であんなことになった俺たちの話題を受け、すぐに商品棚から取り下げたそうだ。

「って、そんな前のこと誰から聞いたの?」

「あなたの大親友のフラグくん」

「エマちゃん、フラグと仲良し?」

 二人は初対面なのかと思ったら、親しげに話すところを見たこともある。

「仲良しっつーか……幼馴染? 幼稚園から一緒なんよ」

「へえ。あ、住んでるとこ近いもんね」

 フラグの家は俺たち側と逆方向だが、エマちゃんとは同じ方向だ。

「そ。だってのに、中学あたりからうちのこと『江松さん』なんて呼ぶようになりやがって」

 けっ、とやさぐれたような声を出すエマちゃん。

「あー……幼い頃から知ってるが故の気恥ずかしさ、みたいな感じ?」

「うちらの間にそんな甘酸っぱいもんはねーわい」

 彼女は『そんなことより』と話を変える。

「ってか、もりりんはぶっちゃけうちのミサッキーをどう思ってるわけ?」

「ぶっ……」

 こっそりと三崎さんの方を見ると、目が合った彼女がふいっと目をそらした。どういう意味があるのだろう。

「よそ見しない」

「あ、はい!」



  ――*――

 パーティーも終わり、アパートに住んでいない人たちはリーネアさんが車で送っていくことになった。

 手分けしての後片付けも終わって、おばあちゃんがみんなに頭を下げる。

「こんなに楽しい集まりを開いてもらって……すごく嬉しい。ありがとう」

「どういたしまして」

「主催はばあちゃんなんだから、こっちこそありがとう」

 翰川夫妻とコウが口々に言い、ばあちゃんの手を握っていく。

 最後におばあちゃんはあたしの手も握った。

「ありがとねえ」

「……どういたしまして」

 会釈する。

 おばあちゃんは翰川夫妻を振り向いて頭を下げた。

「翰川さんたち、明日の朝に?」

 ミズリさんがハキハキと答える。

「そうですね。光太を学校に見送ったら、リーネアが来て千歳まで送ってくれる約束になってます」

「……お元気で」

「はい」

 翰川先生はしんみりとした声で。

「また札幌に来ることがあれば、お邪魔させてもらいたいです」

「大歓迎よ」

 コウは涙を強引に堪えつつ、あたしに問う。

「佳奈子、今日はどうすんだ?」

「このままおばあちゃん家に泊まるわ」

「そか」


「ミズリさん、翰川先生。あたし、明日はコウと一緒に出るわ。……その時お見送りさせて」

「見送るのは俺たちだけれどね」

「ありがとう!」

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