少年は天才と神秘の夢を見られるか?6

金田ミヤキ

1.失恋しても世界は変わらず回る

悩みは根を張り幹を太らせる

 9月半ばの日中もまだまだ暑いが、日が暮れるのが早くなっていくと、それもまた季節を感じさせるものだ。

「……秋ねー」

 あたしが見下ろす校庭では、幼馴染の森山光太が後輩たちに追いかけられながら、悪役のように高笑いしていた。

「ははははは‼ 甘い、甘いぞ長谷田! そんな体力で八つ橋を勝ち取れると思っているのか⁉」

「森山先輩がおかしいんすよ‼」

「松岡、回り込め!」

 コウは陸上部の後輩たちに『お土産買って来たんで先輩方どうぞ』と部室に呼ばれて行ったはずだ。

 どういう流れで争奪戦になったんだか全くわからないのがアイツの凄いところだ。

 同学年の観客はコウに応援と野次を飛ばし、一年二年の観客はゲラゲラ笑っている。

「…………」

 なんて楽しそうなんだろう。

 コウはリーダータイプではないけれど、周りの人間関係の潤滑油となり、盛り上げ役となるムードメーカーだ。クラスでもそんな感じ。

 衝突する男子二人の間に割って入って喧嘩を収めたり、タイムが伸びず悩んでいる後輩女子を励ましたり、器具やドリンクを運ぶマネージャーを手伝ったりなど……陸上部ではかなり慕われて信頼される存在だった。

 本人一切気付いてないけど、女子やマネージャーからほんのり好意を持たれている。固唾を飲んで見守ってる女子がちらほら見えるし。

「みんな若いなあ」

「何おばさんみたいなこと言ってるんかね、佳奈子は」

 江松楓ことエマちゃんがくつくつと笑う。

 今日は彼女に相談があって集まったのだが、外からコウの声が聞こえたのでなんとなく見てしまっていた。

 エマちゃんも地味に驚いているので、やっぱりアイツの逃げ足すごいんだと思う。

「おお、逃げる逃げる……スタミナすっご」

「だよね」

 かれこれ15分くらい走りっぱなしなのに、コウ一人だけ元気な笑顔だ。化け物か。

「……決着つきそうにないし、戻ろっか。ごめんね」

「気にせんでいいよ。で、どういうお悩みだったっけ?」

 昼休みに呼び掛けて、放課後になってすぐあの騒ぎが始まったから、まだ話していなかった。

「あたし、ネットで記事書いてたじゃない?」

 ゴシップネタで好き勝手に書いていた記事。大っぴらに言えないけど、裏では妙な人気があった。

「うん」

「それで、ちょっと聞いてもらいたいことがあって……」



 話は謝罪会見の翌日までさかのぼる。

  ――*――

「…………」

 朝のHR前、授業合間の中休み、昼休み……

 授業外の間ずっと感じていた視線が放課後になってまで注がれていることに気付き、あたしは廊下に出て視線の主に話しかけた。

「何か用あるの?」

「っ……」

 謝罪会見に参加してくれた女子の一人で、確か京のクラスメート。看護志望の女子だったはず。

 おどおどしていた彼女は意を決して口を開く。

「藍沢さんに頼みたいことがあるの。いいかな」

「頼み事はなに?」

 その聞き方はずるい。

「あ……そ、そうだよね」

 彼女は『3年2組。濱口美代です』と名乗った。

 3の5教室に招き入れると、濱口さんはカバンから一枚の写真を出してあたしに見せる。

 黒と茶トラの子猫たちがごちゃっと集まって眠る写真。

「……かわいい」

 思わず零すと、彼女が嬉しそうに同意する。

「でしょ⁉ かわいいよね!」

 しかし、少しして恥ずかしそうに咳払いした。

「ん、ごほん。……この子たち、うちの近くの公園で、段ボールに入って捨てられてたの」

「ひどい」

「そうなの。保護して飼おうとしたんだけど……親に反対されて、里親探し」

 妥当な流れだ。

 4匹もの子猫を引き取るのは難しいし、看護希望の彼女が将来にわたって手厚く世話をできるかとなれば、それも難しかろう。

「里親募集のサイトがあるのね? そこに紹介文と写真を載せてページを作れるの」

「見たことあるわ、そのサイト」

 あたしの住むアパートはペット不可で里親にはなれないから、一度偶然リンクを踏んだきりだが……なかなか工夫を凝らしたページが多くあって、良い制度だと思った。

「……でも、私そういうのセンスなくて。藍沢さんにアドバイスをもらえたらなって……」

 彼女は恥ずかしそうに、スマホからそのサイトで作ったというページを見せてくれた。

「確かにこれは……」

 写真は猫一匹ずつの顔と名前とでセット。見やすいと言えば見やすいものの、ぱっとしないありきたりなページだと思われればそれまでだ。

 そして、花柄の背景に直打ちのカラフルなテキストが微妙に読みづらい。

「素人が凝っても安っぽいだけなのよね……」

「うぐっ」

「あ、濱口さんだけじゃなくてあたしもなんだけど!」

 彼女を貶める意図はない。あたしも素人だ。

 一時期はニュースサイトのデザインを凝ってみようと試行錯誤したが、結局は無理だと判断した。

 熟考の末、背景は新聞っぽい灰色。記事の枠や見出しもそれっぽくして、あとは写真の配置とテキストの位置を見やすく。シンプルな素材でいかに新聞らしく見せるか、また、ネット記事としてどれだけ読みやすく端的なコンテンツに出来るかをこだわった。

 自分の失敗や経験談を交えて話すと、濱口さんはふむふむと頷いてメモをとっていた。妙に恥ずかしい。

「このサイトなら……ほんわかしてる雰囲気だから、ページをコルクボードに見せるとか。フリー素材でそういうのあるし、素朴に見えるかも」

「す、すごいね」

 濱口さんもあたしも受験生だ。彼女の言う通りにアドバイザーとしてデザインのことやホームページの作り方を教えていたら、かなりの時間を喰うだろう。

「あなたはアドバイスが欲しいって言ってたけど、あたしが作ってもいい?」

「……頼んでも、いいの?」

「これくらいなら。出来たらメール送るわ。連絡先くれる?」

「ありがとう……‼」

 家に帰ってから改めて見た里親募集サイトは、予想した通り、ページの制作ツールがかなりお膳立てされている仕組みだった。

 そうでなきゃ、素人がデザインやギミックに凝ることなんてできないしね。

 あたしは受験勉強の気分転換にちゃっちゃとページを制作し、濱口さんにメールを送信した。

「ありがとう! 藍沢さんすごい!」

「あわわわわ」

 数日後の学校にて、あたしを抱き上げてぐるんぐるん回る濱口さん。

 ささやかに抗議すると、しゅんとして降ろして謝罪してくれた。

「……里親さん、いい人見つかったんだ。藍沢さんのお陰」

「そ、そう。良かったね……」

「これ、お礼!」

 エネルギッシュな彼女は、あたしに洋菓子の箱を渡して何度もお礼を言ってから、『またね』と下校していった。



  ――*――

「……美代ちゃん、悪い子じゃないんだけどねー……」

 濱口さんはエマちゃんのクラスメートだ。

「悪い子じゃないのはわかってるから大丈夫」

 ちょっと暑苦しかったけど、善人だった。

「……それからというもの、いろんな人から『こういうの書いて』って言われるようになったの」

「へえ、そんなに……」

「結婚するお兄さんに渡す手紙。これはあたしが代筆したんじゃなくて、親代わりに育ててくれたお兄さんとその彼女さんの結婚に感極まる女の子を宥めながら、どういうエピソードをどういう順番で書けばいいのかちょっとアドバイスしただけ」

 結婚式で読み上げたら、新郎新婦もその女子も泣いて泣いて大変だったそうな。

 少しの手伝いだったのに何度もお礼を言われた。

「他は?」

「意中の女子にラブレターを渡したいという純情男子」

 クラスメイトの男子で、卒業前に同じ部活だった子に告白がしたいと言って、恥を忍んであたしにどういうラブレターが女子受けがいいのか相談してきた。

 明らかに脈ありっぽかったので『直に告白しろ』と背を押した。

「反省文の書き方指南」

 ちなみにこれは断った。本人が考えて書かなきゃ意味がない。

「他にもいろいろ。直接あたしが文を書いたわけじゃなくて、アドバイスだけだったのよ。でも、みんなからお礼もらって……」

「お人よし佳奈子。受験生じゃろ、あんたは」

「うっ……」

 エマちゃんが眉をひそめて問う。

「その人ら、依頼がブッキングしてんの知らないんでしょ? 勉強の邪魔になってんなら断った方がええんでない?」

「それ自体はいいの。気分転換になるし」

 受験勉強の合間に、ちょこまかと書いてデータを送る。

「問題は、ゴシップ記事の再開を望まれてることなの」

「やっぱりか。実際、あんたの記事面白かったしねー」

 あたしがしていたことはほぼ犯罪だから、もうしないと誓っている。みんなの温情で許してもらえたようなものだ。

「やんわり断りたい。どうにかいい方法ないかな……」

「佳奈子。言い方悪いが、相手の期待を裏切るのにやんわりってのは無理なもんよ」

「……だよね」

 女子たちのみでなく、男子たちからも同じリクエストをされた。

 定期的に見ていたお気に入りのサイトが更新ゼロになったとき、目の前にサイトの作者が居れば、『頼めば再開してもらえるのではないか』と思ってしまうのは心理としてわからなくもない。

「まあまあ。特進の面子には、うちからなんとか言っておくからさ……それ以外には自分でよろしく」

「うん」

 あたしはもう、親しくない人とも話せる。

 エマちゃんが苦笑気味にあたしの頬をつついた。

「んっ」

「なんでミサッキーを飛ばしてうちに相談してるのかねー? と思うんだけど。喧嘩でもした?」

「け、喧嘩じゃないわ。……いろいろ、あったのよ」

 簡単に言えば。失恋した。

 あたしの好きなアイツはあたしが好きじゃなくて京に恋をしている。

「京のことは大好きよ。でも、いまは複雑な気持ちがあって。……必ず整理つけてみせるから、エマちゃんが心配することないわ」

「……そ。ならいいんだ」

 名実ともに京の親友である彼女は、安堵したように笑う。

「ミサッキー鈍感じゃない? もしかしたら、自覚なしに佳奈子に妙なことやらかして、また忘れてんのかなって……良かったよ」

「……エマちゃん……」

 本当に、いい友人関係だなあ。

 片方がただ支え続けるのではなく、一人でも立って歩けるように支援する。なかなか出来ることじゃない。

「高校入ったばっかのミサッキーは危なっかしくてね。今となっては成長したもんだ」

「エマちゃんもどこぞのおばさんみたいなこと言うじゃない」

「言いよるわ」

 いい人ね、エマちゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る