ひぞれと

 家電売り場のフロアに移動して、冷蔵庫・洗濯機など大物家電から見て回っていく。

「買い替えるもの、あるいは新しく必要なものは? 先にリストアップしておくといい。僕に聞かせてくれれば自動でリストの完成だ」

 完全記憶の先生は頼もしい。

「そうですねー。洗濯機はもう15年以上使ってるんで、買い替えたいっすね。電子レンジもなんだかんだ18年……」

 その二つは俺が家族で暮らしていた時代からの現役だ。今でも動いてくれてありがたいが、あちこちガタもきている。潮時だろう。

「物持ちが良いな。冷蔵庫は?」

「あ、それは大丈夫。前、扉が外れて壊れた時に買い替えたの2年前で」

「扉が……怪我はなかったか?」

「大丈夫。心配してくれてありがとう」

 その時は、炊飯器を移動させようとしたらぶつかってしまった。

「……そうだ。炊飯器」

「おお。……値段が米の炊き上がりに直結するぞ。気を付けろ」

「う……考えておきます」

 ちょうど炊飯器コーナーを通りかかり、グレードの違いが値段という形ではっきりと見えた。

 いっそ土鍋で炊こうかな……

「ってか、北海道から東京に行くにあたって、気になるのは暖房冷房なんですよね」

 修学旅行にも行っていないので、記憶にあるうちでは本州の気候と縁がない。

「エアコンないとダメっすかね?」

「ないとダメというか、ないと熱中症まっしぐらというか」

「やっぱ暑いですか、東京」

「湿度も高い。蒸し蒸しと暑いぞ」

 なんともはや。

 エアコンも検討しなければならないようだ。

「冷房はともかく、冬も場合によっては冷えるぞ。建物が古かったりすると断熱が弱いことも」

「そこらは物件選びの時に見とかなきゃですね」

 脳内メモに追加しておく。

「キミ的には、どういう物件がいいんだ?」

「え?」

 そりゃあ、交通の便そこそこ。大学もいざとなれば徒歩か自転車で通える距離で、ネット環境が整った……

 いや、高望みし過ぎか。

 振り払って答える。

「最優先は安いとこです」

「む。了解だ」

 小さく敬礼された。超可愛い。

「へ?」

「知り合いに、安い不動産を扱う専門がいる。話を通しておいてあげよう」

「い、いやいや! そんな、そこまで」

「生徒を紹介してくれと頼まれてもいるので気にするな」

「……何から何まで、先生にお世話に……」

「若者を応援するのが僕の生きがいだ」

 俺にはもったいないくらい良い先生だなあ。



 エアコンや冷蔵庫が空間を冷やす仕組み、炊飯器がどのように米を炊き上げているのかなどをご教授頂きながら、彼女が掘り出し物と評した家電のいくつかを購入処理する。俺の引越し日時と新しい住所を知らせれば、そこに届けてくれるのだそう。

 札幌駅に戻り、ドーナツ屋で一息。

「タイミングが良かったな。相場より安く、それなりに良い型の家電が多かったぞ」

「見ただけでわかるんすか、そういうの?」

「家電カタログを見るのが趣味でな。型番を記憶しているから、どこの会社の何年番かまでわかるぞ」

 Vサイン可愛い。そしてやっぱり凄え。

「エアコンだけは最新型でしたけど、なんで安かったんでしょう?」

「神秘抜きのエアコンだからかな」

「おお?」

 ということは、コード無しで良い性能なのか。

「家電に使われる神秘といえばコードだが、開発と研究を繰り返すうちに、コード抜きでも性能向上ができるようになっていくもの。コードを使い続けると、『こうしたらもっと良くなる』みたいなことがわかってくるんだ」

「そんなこともあるんですか」

「うむ。別にコードに限らず、より良いものを開発しようとする時には、発見を活かしていくことも醍醐味だな」

 楽しそうだ。

「安く済んで良かったです」

 商品券は、家具が一つくらいなら買えそうな値段が残っている。

「物置は涼しいんですけどね」

 俺の家の物置は、どんな季節でも他の部屋より室温が数度低い。あの涼しさを東京にも持っていけたら良いのに。

「……あれを涼しいと感じるのは、キミくらいなんだろうな……」

「?」

 よくわからない。

 物置には悪霊が居るらしいが俺は見たことも気配を感じたこともない。

「神棚も使ってるくらいですし、そんなに悪い人じゃないんじゃないっすか?」

 コーラを飲みつつ聞いてみると、先生が深いため息をついた。

「ゴリョウ信仰で検索してほしいが、光太はそれでも認識するか怪しいものな……」

「あはは、なんかの儀式ですか?」

「…………。キミが札幌を去る時、あの棚はどうするんだ? 後処理は誰が……」

「マーチさんです」

 シェルさんの娘さん。

 常識人で美人なお姉さんだった。

「なら安心だな」

 ほっと一息つく先生。

 なんなんだ。俺の家の物置に何があるというんだ。

「……ま、いっか」

 どうせ見えないし。

 それに、お菓子を供えて日々の生活を報告したりなんだりしているので、悪霊さんには親しみが湧いている。



 今度こそ、帰りの時間だ。

 地下鉄に乗って、今度は最寄駅に戻る。

「……先生」

「なんだろうか」

「楽しかったです」

「僕もだ」

 本当に楽しかった。

「帰ったら、勉強教えてください」

 出会った時と比べれば、理数は自分でも驚くほど伸びた。だが、まだまだ分からないことだらけだ。

「うん」

「…………」

 あと少しで、先生とミズリさんは帰ってしまう。

 寂しいなあ。

 ずっと居て欲しい。

「……着いたな。降りよう」

「はい。あ、先生。手、引きます」

 電車を出るとそれなりの混雑だ。走れない彼女とはぐれないようにしたい。

 ミズリさんから先生を任されたのだから、きちんとやり遂げよう。

「ありがとう。頼む」



 バスで家のそばまで戻り、バス停からアパートを目指す。

「先生」

「なんだ?」

「大学入ったら、先生のファンクラブに入ろうと思います」

 どうやって入れるのか知らんが。

「っ⁉︎ ふぁ、ファンクラブなんてないぞ。まったくもう……」

 鈍感さは大学内でも存分に発揮されているようで安心した。でなきゃあのミズリさんと夫婦やってられんだろうしな。

「冗談です。……それくらい好きです」

「……ん」

 夕と夜が混ざり合う夕闇の中、彼女が俺をびしっと指差して言う。

「そういう告白は京相手にやれ」

「ごぶふっ……!」

 そういうつもりの告白ではなかった。

 いわば大好きなアイドルに親愛を示したようなものであり、人間的に尊敬しているという意を込めての……!

 くそう。手癖で告白してしまった。

 帰ったら思いの丈を伝えよう。

「難しい要求をしないでくださいよ……三崎さん、多分俺なんて眼中にないですって」

「むう。自己評価の低いやつめ。しかしそこがまた良い」

「自己評価じゃなくて、客観的にですよ」

 三崎さんは別に『男子なんかどうでもいい』というタイプではない。誰にでも分け隔てなく優しい。

 その『誰にでも』の中から抜け出すのが至難の業なのではないかというだけである。

「んむう。だから言っただろう。リーネアが京のそばにいることをなんだかんだで許した男子はキミだけだと」

「それ、たぶん男子とみなされてないだけです」

「そこが重要なんだよ。リーネアは何も近よる異性を皆殺しにしたいわけじゃない。京に害を及ぼさないと判断できる人を判別した結果、キミが生き残っただけだ」

「リーネアさんはどこぞのブートキャンプの鬼軍曹ですか?」

 似合いそうで困る。

「彼のお友達には軍所属の本物の軍曹さんも居るそうだよ」

 冗談のつもりのセリフが冗談にならないのが異種族か。

「それはさておき。京もキミとは仲良しだと思っているのではないかな」

「……うーん」

(三崎さん、天然だしなあ)

 天然なところも含めて可愛いが、その『仲良し』はあくまでも友情を前提としていそうな気がする。

 異性として意識してもらうのは険しい道となるだろう。

「ま、まあいい。アパートまでの距離も、もう残り半分……」

「……先生、大丈夫ですか?」

 歩みが遅くなってきている。

「ん。……平気だ」

「…………」


「先生、自転車の荷台、乗れますか?」

「え?」


「の、乗れるが……」

 折り畳み自転車を出し、荷台にクッションを括り付ける。

「良かった」

「いいんだぞ? まだ歩けるから」

 足が少し震えている。

「先生に無理させたら、ミズリさんにぶっ飛ばされます。……俺も、先生が倒れたのけっこうショックだったんで。できれば乗ってください」

「…………」

 自転車を足で支えたまま、翰川先生を荷台に乗せる。

「遠慮なくしがみついててくださいね」

「……」

 彼女は瞳に一瞬だけオレンジの火花を散らして、ふっと笑った。

「お願いします」

「はい」



「きゃぁ――☆」

 うわやばい可愛い。

 耳元ではしゃぐ声が恐ろしく可愛い。

「光太。自転車ってこんなに速いんだな!」

「車の方が速いっすよ」

 自転車の時速は知らないが、車と比べれば負ける。

「風を浴びて走ると体感が違うよ! 嬉しい。人生の夢の一つがいま叶った☆‼︎」

 おお、まさかこんなに喜ばれるとは……

「……あ」

 そうか。自分の足でペダルを漕ぎ、バランスを取る必要がある自転車と先生の相性は最悪だ。

 こうして二人乗りでもしなければ乗れない。

 防犯カメラは翰川先生がコードで黙らせ改竄してくれている。以前佳奈子を乗せて病院に走った時も同じことをしてくれていたそうな。

 気付かない間に、助けられているんだなあ。

「ミズリさんにも頼んでみたらいいじゃないですか」

「……ん。ミズリは忙しいから……」

 もったいない。先生がおねだりすれば躊躇いなくやってくれるのに。

「今度頼んでみたらいいですよ。あ、でも。流石に良心が咎めるんで、二人乗りしてもいい道でやってください」

 ミズリさんなら用意できそうだ。

「わかっているよ。もうアパートについた。やはりキミの脚力と持久力は奇妙だ。二人乗りなのに」

「俺くらいのやつなんて俺の友達にゴロゴロ居ますよ」

 キャンプ用品一人で運んだ猛者も居たし。

「どんな超人部隊だ。……ありがとう、光太」

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