不思議なレジ

人新

第1話 新たなバイト先はかなり怪しい

これでバイトを探すのは二度目だ。そう、一度目のバイト先が潰れたのだ。しかし、そのことに対してそれほどの驚きはない。なにせ、客数もそれと言って多かったわけではないし、さらに言えばここらは都内で土地が高い、だから潰れるのも半分言えば必然だったのだろう。

閉店と書かれた看板を見る。それと言って、深い思い入れはないのだけど、一応お世話にはなったので、軽く一礼する。まったく、店長にじゃなくて、店に礼するのは少し変だよな。

 街中は賑やかだった。談話している高校生に、自転車を漕ぐ主婦、帰路に就く社会人。とにかく、街は生きていた。僕もそんな中に少し混じっていく。

 しかし、何のバイトをするかな。どうせ、またやるなら、誰もやっていないバイトでもやりたいな。

僕は基本、インターネットからバイトは募集しない。変わったやつだなとよくいうやつはいるのだけれども、なんだか張られたポスターとか見て応募をするのは気分がいいのだ。まぁ、僕が変わってるだけだな。

 街は少し冷えていて、手はポッケに入れないとかじかんでしまう。僕は薄い白息を出しながらも、電信柱や掲示板に張り出された広告求人を見る。しかし、それは高校生不可なものが多いためか、条件の合うものが見当たらない。中々ないものだな。まぁ、それもそうか、今の時代にこういった形で求人募集するのは珍しいよな。

 僕は改めて新しい掲示板を見つけたので、求人を探してみる。んー、やっぱりないかなー。僕がむーと言いながら、探していると横から声が聞こえた。


「バイトを探してるんですかね?」


 声の主は見たところ、五十代ほどに見えた。頭ははげ散らかしており、少し腹は出ては、背は低かった。


「えぇ、そうです。けど、これまた高校生可が中見当たらないんですよね」


 僕はハハハと笑いながら、答える。そして、中年の男は僕に笑みを返して、答えた。


「そうですか、そうですか。だったら、うちなんかはどうです? 時給も高校生値段では破格の二千円を出しましょう」


「二千円!?」


 僕は驚愕した。いや、二千円のバイトはあまり聞いたことがない。家庭教師とか塾講師とかでもそんなにいかないんじゃないのか?

 だが、この世には当然に労働対価というものはある。この時給にはこの労働を、あの時給にはこの労働をと。だから、高校生で二千円の労働なんかどうせえげつないものなのだろう。もしかすると、裏系かもしれない。


「まぁ、金額はすごいですけど、やめておきますよ。なんか怪しいですし」


 今思えば、この中年男も中々怪しいものだ。上はスーツにもかかわらず、下はジャージ。何だこの組み合わせ、新スタイルか? そう思ったけれども、さすがにそんな流行は聞いたことがない。

 僕が怪しそうな眼を向けると、中年男はいやいや怪しくない、怪しくないと言わんばかりに手を横に振りだした。


「いえいえ、怪しいことなんかありません。レジをしていただくだけで結構なのです」


「レジをするだけ?」


「はい」


 僕はバイトでレジをしたことは一度もないが、レジってそんな必要とされるものだったか? いや、そんなはずはないよな。

 しかし、どんな形であれ、レジをするだけでこんな金額をもらえるのなら一度話に乗ってみてもいいかもしれない。


「わかりました。じゃあ、そのバイトやらせてもらいます」


「ほんとですか、それは助かります。まぁ、ここは寒いです、詳しい内容は中でしましょう」


 中年男はそう言って、歩き出した。僕もその後ろについていくことにした。

 歩きだしてから五分ほどだろうか、男は立ち止まった。そこには何も特徴のないビルがぽつんと置かれていた。そういえば、ここら辺は見たことがないな。多分、裏通りなのだろう。なんだか、レジバイトのはずなのに怪しさが増してきた。



「ここです」


 そう言って、男は階段を上がっていく。パネルには一階から四階までなにも書かれておらず、五階にだけ『THT』と書かれていた。そこが僕のするレジの店の名前なのだろうか? 僕はそこまでは深く考えずに足を上げていく。

 予想通り、たどり着いた場所は五階であった。しかし、エレベーターがないのは非常にしんどいな。


「さっ、中へどうぞ」


 男は扉を開けた。中は真っ白な殺風景の部屋だった。室温は暑くもなく、寒くもなく、なにもかもを中和しているような感じだった。

 部屋には扉が一つあった。その扉は僕自身今まで見たことがない珍しい扉だった。おそらく、ドアは鉄製で、ドアノブは木製、カギなどはついておらずただただ一枚のドアにノブをつけた仕様になっていた。

 僕がドアをじろしろみていたせいか、男は扉に指を向けて言った。


「あの扉の先であなたにはレジをやってもらいます」


「向こう側には何があるんですか?」


 少しの沈黙。しかし、これは答えにくいことによる沈黙というよりは、なにか意図があっての沈黙なのだろうかと思う。

 しばらくして、男は口を開く。


「それは行けば、わかります」


「そうですか」


 男は『そうです』というと、一枚の紙を僕に差し出した。


「これは書類です。色々な説明が書いてあります。そして、向こうの部屋に机があるので、そこで書いていただき、書き終えたら引き出しがあるのでそこに入れてもらえば結構です」

 

 ざっくり紙を見通すと、そこには色々な誓約が書かれていた。しかし、ここで細かくは目を通せなかったので、向こうの部屋で読むことにしよう。


「それと」


 男は付け加える。


「今日から働くのは大丈夫ですか?」


「えっ!? まぁ、大丈夫ですが」


 当日働きとは中々珍しいものだな。


「そうですか、それはよかったです。でしたら、早速向こうの扉に行っていただいてもいいですか?」


「えぇ、わかりました」


 とりあえず、扉に向かうことにする。しかし、ほんとなんのレジなんだ。

 僕がドアノブに手をかけると、男は『すいません、一つ言い忘れてました』言った。


「止めてすいませんね、この部屋に入るときは必ずこれを持っていってください」


 男は一つの鈴を差し出した。それはクマ除けの鈴のような、とにかく特徴のないただの鈴のように見えた。


「これはなんです?」


「まぁ、魔よけみたいなものですね。それがないと大変になってしまう事がありますから。普段日常持っておくといいと思いますよ」


 魔よけ? この部屋の中には何があるんだ? 思考は3分の1程度不安に支配される。しかしな、今更やっぱりやめますって言って帰るのも失礼だしな。僕は一応、軽く頭を下げてお礼をして、ドアノブをひねった。

 中は先ほどの部屋よりは馴染みやすい構造だった。それはいつしか思い出される光景。壁はヒノキ板で張られていて、そこらには何の意味も成さない木製の商品棚が置かれていた。この光景を詳しく言うならば、菓子の置かれていない駄菓子屋みたいなものだろうか。

右角には机と椅子があった。それは見るからに時代を感じる古さで、逆にそのことが僕に好感を与えた。

僕は見るからに椅子が壊れそうな感じもあったので、慎重に座り込む。しかし、椅子は軋む音もたてずに、役割を果たす。

とりあえず、椅子に座り、机のあたりを見ると、さきほど男が言っていた引き出しが一つあった。そして、机の上にはそれと言って大きくも、小さくもないレジスターが一つ。しかし、見るからにそいつは電源も入っておらず、一度そのあたりを見渡したがコードにすらつながっていなかった。言わば、それはレジスターという名の置物に過ぎなかった。まったく、なんのレジバイトだよ。

僕はこの状況において、全く自分のやるべき仕事がわからなかったので、とりあえずもらった紙に名前や、銀行口座などの個人情報におけるものを記入した。

そして、今、肝心の誓約内容。上からはこのように書かれていた。


・本仕事は他人に漏らすことを一切禁止としており、もし他言をした場合には処置を行わせてもらう

・本仕事は出来高の有無に問わず、個人の自由性を持って行ってもらい、客がくるまでは娯楽に没しても良し。ただし、客がいるにも関わらず、明らかなる職務放棄をした場合にはただちにこの部屋から追放される

・本仕事は基本的に、とんだ悪人を用意せず、勤労者には一切の肉体的暴力は与えられることはない。しかし、人によって精神の許容範囲があるため、毎回精神チェックを行うことがある。


 何だこれは、そう思った。全く頭の悪い文章にしか思えない。一体、本仕事とは何なのだ? 疑問が思考を支配する。

しかし、最後に、誓約文書の同意の下に書かれた大きな太線で囲まれた文字列を見ると、今までの疑問と言うのが見事なまでに消し飛んだ。そして、苦笑が生まれる。


”本仕事とは死者との邂逅である”


 やれやれ、えらくとんだバイトだな。僕はそんな言葉しか口にすることができなかった。


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不思議なレジ 人新 @denpa322

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