価値を生むもの

猫護

第1話 紙とペンと価値

 まさに世紀の発見であった。ある夫婦が郊外に家を建てると言うので建設予定地の地質を検査する運びとなった。当初は順調に進んでいた作業であったが、ある時この土地に何かが埋まっていることが判明したため急遽作業が中止された。


 本来であれば簡単な調査で済むはずなのだが、地中から見慣れないものが発見されたとあって調査隊が編成され派遣されたのである。


 調査の結果、地中にあるものは古代文明の遺跡であると推定された。当時使用されていたであろう器が多数発見されたことや分割された居住区と思われる痕跡が発見されたためである。しかし、それらは確かに未発見の存在ではあったが現代の製造物や他の遺跡で発掘された物と似通った形跡をしているものがほとんどであったため、調査隊がその遺跡に対して特別視することはほとんどなかった。


 事態が一変したのはそれからすぐのことである。掘り出された箱の中から遺物が発見されたのだが、それらは過去に例がない形状をしていたのである。調査隊は歓喜しすぐに研究機関に運んでいった。


 だが、ことはそう順調にはいかなかった。なぜならば多数の研究者並びに学者達が顔を突き合わせたところでこれらが一体何なのか究明することが出来なかったからである。この未知との遭遇に興奮こそ覚えどその後はただひたすらに首をかしげるほかなかった。


 時を同じくこの発見は世間を興奮の渦へ誘っていた。地球上ではもう見つかっていないことの方が少ないと言われる時代で、この情報は人々の探求心を呼び起こすのに十分すぎるものだったのである。


 すすまない研究をよそにネットワーク上ではオーパーツであるだの様々な憶測が飛び交い、途方もない値が付くに違いないと噂され、遺物の話題は絶頂を迎えようとしていた。そんな時、あるカルト集団がその遺物並びに遺跡に対しての所有権を主張し始めたのである。なんでもそれらの遺物が教団にゆかりのある物だと言うのだ。


 実のところ発見場所に家を建てる予定であった夫婦がこの集団に所属しており、その伝手から遺物を入手する算段ゆえの主張であったのだが、当然そのような話が通るはずはなかった。


 それで終わりなら良かったのだが、この集団は狂信的なことでも有名な存在でありまた、しばしば過激な行動が問題視されることもあった。


 ゆえにこの後の行動もいくらかは予見できたものであったのかもしれない。あろうことか彼らは研究所を襲撃し遺物の強奪を謀ったのである。無抵抗にも等しい職員を一方的に惨殺していったこの事件は、教団の壊滅をもって終わりを迎えたのだが遺物に対して暗い影を落とす結果を生んでしまった。


 しかし、この凄惨な事件が奇しくも冒涜的な付加価値を遺物に与え、世界の注目を集めることとなった。


 そうして幾世を超えて今オークション会場にて暗い過去とともに鎮座しているその二つの遺物が、かつて技術の進化とともに情報のやり取りが物理的な物から移り変わり、記録媒体としても役目を終えはるか昔に歴史からも忘れ去られた、ただの保存状態の良い紙とペンであることに気が付く者はもはや存在しない。

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価値を生むもの 猫護 @nekomamori

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