二番目の案

穂積 秋

第1話

 船内に警告音が鳴り響いた。乗組員は艦橋に集まった。

 もともと近くにいた船長のレイがモニタを覗き込んでから、集まった乗組員を確認した。

「いないのはシモンとロコか」

「二人は操舵です」

「呼んできてくれ」

 八人が揃ったところで、レイは警告文を読み上げた。

「今の燃料で計算すると重量オーバー。二十四時間以内に百六十キログラムを遺棄しないと、地球に戻れません。だそうだ」

「あう?」

 乗組員は声にならない声を上げた。

「なんでまた…」

 声になる声を上げた乗組員も、文章にはならなかった。

「どうして今ごろこんな警告を?」

 意味のある言葉を発したのは副長のイングだった。

「荷物を積んだときに警告してくれてたら」

「同意するが今言っても仕方のないことだ」

 船長はそう言ってイングの愚痴を制した。

 レイは七人の顔を順に見つめた。

 副長のイング。ハードウェアの整備士のグローリーとシス、ソフトウェア整備のナコルとサンディ、積荷管理その他担当のシモンとロコ。レイを入れて男女四人ずつ。

「どういう警告なのかしら。もちろん重量オーバーの時の警告でしょうけど」

 サンディが呟いた。

「条件の精査はできるけど…」

 ナコルも反応した。

 レイはイングを見た。

「あ、重量計をチェックしろってことですか。わかりました。シス、頼める?」

「はい」

「何時間もかけている猶予はない。三十分でやってくれ」

 レイは女性たちに命じ、三人はそれぞれ持ち場に向かった。

「さて、他のものは、検査して異常がなかった場合の対策だ」

「おかしいな」

 シモンが首を傾げた。

「積荷は予定通り、誤差百グラム未満だったのは保証する。船長もいっしょにチェックした」

「そうだ。港の重量計と船の重量計の両方でチェックした。同じだった」

「重量計の異常はなさそう、ってことですね」

 イングが沈んだ声で言った。

「重量計に乗っていないとすると、勝手に入り込んだのでしょうか」

 それまで黙っていたロコが口を開いた。

「密航者か」

「よし、イングを含めた四人は倉庫を見てきてくれ。同じく三十分だ」

 レイは四人に命じた。

 三十分後、八人は時間きっかりに集まった。

「重量計、異常なし」

「密航者の痕跡なし」

「燃料と燃費から警告を出してるようです。しばらく航行しないと算出できないようですね」

 報告を受けたレイは疲れた目をしていた。

「六十キログラム遺棄すればいいんでしょう?積荷を捨てるしかないですね」

 ナコルの、本人は意図していないだろうが明るく聞こえる声に対して、レイは沈鬱な面持ちで首を振るのみだった。

 しばらく沈黙が続いた。みな一様に表情が沈んでいた。例外はシステム屋の二人だけだった。

「だめなんだ」

 沈黙に耐えられなくなって、シモンが声を上げた。

「積荷は全て一つのコンテナに詰めた後、密閉およびセキュリティのためロックしてしまう。アンロックの鍵は通信で地球に送られる。その間の我々は開けることができない」

「じゃあ、ほかに棄てられるものは」

 期待を込めてサンディがシモンを見つめた。

「知ってるかどうかわからないけど、この船は完全にユニット化されていて、どこも取り外しできないんだ…」

 シモンはうわ言のように言葉を紡いだ。

「中身を取り出せるものは水と食料くらいのもの…」

「それから、我々乗組員とその荷物…」

 事態がものすごく深刻であることが伝わり、サンディとナコルにも重苦しい顔が伝染した。

「最悪の場合は救命ポッドを切り離せばいいのでしょう?六十キログラムはゆうにあるわよね」

「ない」

 レイがぼそりと言った。

「この船に救命ポッドは、ない」

「え?それって?航行法違反じゃ?」

「船主の強い意向でね…積んでいない」

「それは許されるんですか?」

「許されるかどうかはともかく、現実に積んでいない」

 レイの低い声は地響きのように他の七人を襲った。

「なにが!できるの!」

 ついに我慢できなくなったサンディがヒステリックに叫んだ。

「なにか!てだてはあるんでしょっ!」

「我々ができることは二つだ」

 イングが声をあげてサンディの声をかき消そうとした。

「いや、三つか?」

「いくつあるかすらわかってないじゃないの!」

「サンディ」

 グローリーが大きめの声を上げてたしなめた。

「静かに。イングの話を聞こうじゃないか」

 それを機に、サンディほどじゃないがざわついていた他のものも静まった。

「まず思いつくのは、個人の荷物を棄てることだと思う。積荷は捨てられない、船の装備も取り外せないとしたら、棄てることができるものは、我々乗組員の個装しかない。だが、これはほとんど効果がない」

 みんなイングの話を聞きながら、限られた重量制限の中で厳選に厳選を重ねためいめいの趣味の道具を想起した。しかし嵩張るものを持ってきているものは誰もいなかった。大抵は電子本だとかゲーム機だとか、明らかに軽くて時間を潰せるものだ。

「二番目の案は、乗組員の誰かを放り出すことだ。文字通りだ」

 言葉少なに提案したが、イングの唇は震えていた。イングに注目していた幾人かはそのことに気づいたし、そうでないものもイングの声が震えているのには気づいていた。イングは顔を横に向けて、周りのものに気づかれないよう静かに長く息を吐いた。

「三番めは、実はさっきから考えていたんだが…水と食料を棄てる」

 みな、はっとしてイングを見た。最初と二番目の案は、多かれ少なかれみなの脳裏に浮かんで消えた案だ。その対案が思いつかないので苛立っていたのだ。しかし…食料を棄てて大丈夫なものなのか?

「食料は一日に二キログラムの計算だ。これを一キロに切り詰める」

 七人はイングの言葉に惹きつけられた。

「飲み水は一日二リットル半。これを一リットル半でまかなう」

 イングの声はだんだん熱を帯びてきた。

「八人分だから、一日あたり十六キログラム切り詰めることができる。航行予定日数はあと十日。つまり…ちょうど百六十キログラムだ」

 みんなの顔に赤みがさした。ナコルにいたっては飛び上がりかけて尻を浮かせたほどだった。みんな希望を持ってイングを見た。

「食事が半分の量になるんだ。そこで…これから十一時間で、みんな思う存分食って飲むこととする。食べたいものから食べよう。残してもいずれ棄てるんだ」

「その後の十二時間は…ちょっと汚い話だが…たくさん排泄する。排泄物は船外に廃棄するのだから、食料を棄てるのと同じことだ」

「そして食料と水を棄てた後は艦橋以外の仮装重力と気温と気圧を下げ、代謝を緩やかにすることで少ない食料で乗り切る。睡眠時間は多めに。どうだろう」

 賛成満票でイングの案は可決された。急遽パーティが始まった。

*

 水と食料をハッチから外に出し、システムも警告が消えるのを見守ってから当番の二人を除く六人は就寝モードに入った。

 最初の当番になったのは、レイ、それからシモンだった。

 当番といってもやることはほとんどない。何か不測の事態のために配置についているだけなのだ。交代は十時間後と決めてあった。

 二人とも艦橋で時間を潰して二時間ほどたった。そんな折だ。

「船長」

 意を決したようにシモンはレイに近寄った。

「ちょっと、聞いて欲しいことがあるんだ」

「なんだ?」

「これはちょっとした思いつきで…荒唐無稽な…現実じゃありえないようなことなんだが」

「小話でも聞かせてくれるのか?」

 レイは冗談交じりに微笑んだ。

「似たようなものかもな。話の後に二人で笑うために話すんだから」

「えらくもったいぶるな」

「いいじゃないか。時間はまだまだあるんだろう?」

「八時間くらいか」

「おれはこの仕事が長いわけじゃない。いくつかの仕事を転々としてから船の仕事に就いた」

「そうなのか。長いと思っていたよ」

「そう思うんだとしたら、子どものころから乗ってたからだろう。おれの親父は個人の宇宙船で配達屋を委託されてたことがあってね。家族で飛び回っていた時期があるんだ」

「そうか。それは…私よりも経験があるかもしれんな」

「今回のように、燃料ぎりぎりの時もあった。個人事業だとどうしてもぎりぎりまで積荷を載せようとするんだ」

「…ふむ」

「そのせいもあって、おれは過積載には敏感だ。今回は絶対に過積載ではない」

「…そうか」

「かといって、密航者もいない。倉庫は完全にロックされていて、隠れる場所は全くない。人でも、動物でもだ」

「何が、言いたいんだ」

「予定された航路なら、燃料不足になるはずがないと言っているんだよ」

「…」

「漠然とだが、行先を間違えているんじゃないかと思ったんだ。で、さっき調べようとしたんだが、どうにもロックがかかって調べられないんだ。最後に触っていたのは船長、あんただよな」

「それでだな…さっきイングが十日の航路だと言った。それは地球行きの場合だ。行先を変えた人間がいたらイングに反対していたはずだ。つまり、航路は十日で変わらないが、燃料は余計に食うってことになる」

「かかる時間が一緒なら使う燃料も同じだ。そうだろう?だが、さっき思い出したんだ。出発地の太陽が百年に一度の大荒れになりそうだというニュースを」

「おれたちは夜に出航した。つまり惑星の外に向かうなら太陽風が追い風になるはずなんだが…どうも太陽風に向かって出発したんじゃないかと思ってな」

「そうすると、逆方向に向かって地球と同じ距離だとすると」

「そこまでだ!」

 レイはシモンを制した。

「笑い話を聞けるのかと思っていたが、どんどん笑えなくなっていくようだな」

「笑い飛ばしてくれないのか」

「今の私にとって最も重要なのは、積荷を目的地に届けることだ」

「…もしやあんた」

「人質は金になるんだが…一人くらいは仕方あるまい」

「なぜ、武器を持っているんだ」

 銃声が狭い艦橋に響いた。

「…意図せず二番目の案になってしまったじゃないか」

 悲しそうに、レイは呟いた。

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二番目の案 穂積 秋 @min2hod

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