◇第二十九話◇
一分一秒がとても長く感じられるような時間を過ごす。数分後、不良たちのほとんどは気絶していた。中には意識のある者もいたが、立ち上がれるほど体力は残されていないようだ。
「黙って跪け」
喧嘩で使われた両手をブラブラと揺らし、疲れを解す。余談だが、彼は両利きだ。喧嘩が強い理由の一つに、恐らくだがそれも入っているのだろう。
「稜、お姫様抱っことおんぶ、どっちが良い?」
「じゃあ……目、つぶ……し……」
「俺もさすがに目は急所だわ」
気力を振り絞って言うことがそれなのかと、ツッコんでしまいたくなる。慣れている様子の稜とは逆に、春と薫の二人は少し蓮を警戒する。と、蓮は困った様子もなく笑った。
「そんな警戒しなくても、お前らに殴り掛かったりしねぇよ。俺闇堕ちキャラかって」
怖がられたり警戒されることが珍しいことではないのか、傷付く様子は全く無かった。まるで悪魔のように見えた顔も、すっかり普段通りに戻り、何だか拍子抜けしてしまう。
「ウチ近いし、手当してやるから来い。丁度今の時間家族いねぇしな」
「そ、ういや……そうだ、ったな……」
「あーあー、もう喋んな!悪かった、話し掛けた俺が悪かったから!!」
朦朧とした頭で返事をする。見ているだけで痛々しいその姿に、思わず「喋るな」とまで言ってしまった。
稜と蓮は幼馴染みであるものの、家はそこそこ遠い所にあった。つまり、此処が蓮の家から近いのなら、逆に言ってしまえば稜の家はあまり近いとは言えない、ということになる。
「って、格好付けて言ってみたはいいけど、俺そういうの苦手だから二人に頼むわ」
「うん。薫は手先不器用だけど、私はそういうの得意だから任せて!」
「何か今要らない言葉が聞こえた気がするんだが」
気のせいだよ。そう笑顔で言う彼女の目は笑っていなかった。
さっき馬鹿にした仕返しかと納得はするものの、自覚済みとはいえ不器用なことには触れて欲しくなかったと少し落ち込む薫。
「家までは俺が運ぶわ。力には自信あるしな」
結局、おんぶもお姫様抱っこも却下され、肩を貸すだけになってしまった。春は放下されたままの二つのスクールバッグを回収する。
「これは私が持って行くね。二人とも鞄は?」
「倉庫の外だ。焦ってたからな」
外に置き去りにされたままの二つの鞄も薫が回収し、持っていくことになった。
徒歩十分ほどの道だったが、フラ付いた足取りの稜を支えながら歩いていたために二十分以上掛かってしまった。
『朝霧』と書かれたネームプレートのある家に到着し、鍵を開ける。
「ただいまー。って、やっぱ誰もいねぇか」
玄関の靴を見、誰もいないことを再度確認し終え、三人を中に招き入れた。
「お邪魔しまーす。結構広いんだねー」
「まあな。取り敢えず俺の部屋行こう」
家は二階建てになっており、慎重に階段を上る。時折足を踏み外しそうになる稜を、持ち前の腕力で支え、二階まで連れて行く。
今度は平仮名で『れん』と書かれた文字の横に、何故かハートマークが付けられたネームプレート。嘘だろ、と春と薫の二人は冷たい目で蓮を見た。
「ちょっと、その目やめてくれない?やったの俺じゃないからね、妹だからね」
「え、朝霧くん、妹さんいたの?」
「性格はキツいけどな。それより、両手塞がってるからドア開けてくれ」
へー、という簡単に表せてしまう感想を胸に抱きながら、薫はドアを開けた。
部屋の中に入る蓮、稜、薫に続こうとした春だったが、ふと横を見た時隣の部屋に掛けられていたプレートが見えた。
書かれていた文字は『さくら』。妹さんの名前なのかと少し微笑ましくなる春であったが、そのプレートにはハートマークどころか何も書かれていなかった。
完全に遊ばれてるんだなと、直感的に思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます