クマノミの帰る場所はイソギンチャク

狐狸夢中

捨て子


 昔々、ある所に誰からも嫌われていた王様がいました。王様は傲慢で、意地っ張り。気に入らないことがあれば怒り散らして、必要以上に家臣たちに親身になることはありません。


 さらには突然姿を数日間消し、国政がどん詰まりになった時にようやく帰ってくる責任のなさ。その王様が就任してからは、その国は何よりも王様に憎しみの目を向けるようになりました。


 国民からは酷く嫌われた王は、遂には降格させられることになってしまいました。王様は処刑されるのを恐れたのかどこかへ消えてゆきました。しかし、ただ消えるのではなく、臣下の一人を毒殺するという暴挙に出たのです。その後の彼の行方は誰も知らないのでした。


 その王様の名は『ヴェルノ・ヴィフツ』

 彼の名は未来永劫その国で史上最悪の王様として、彼のような悪行を起こさないようにと語り継がれてゆくことでしょう。



 ここは人間が寄り付かない死の街。地図から名前が消失させられた名前のない街。昔は数万人が暮らしていた。今は誰もいない建物だけが残っている。


 人間は生存不可能。大地は乾燥し地割れを起こし、そこに降った雨は即座に猛毒の水溜まりとなる。この地に順応した植物や昆虫、魔物だけが棲息できている。空気ですら長く吸えば敵となるため、立ち入り禁止区域となっているのだ。


 そんな死の街におよそ百年振りの人間の肉声が響き渡った。しかもただの人間の叫び声ではない、高音で、言葉になっておらず、耳をつんざくような騒音。


 その声の主の正体を一番初めに見たのはその地の親分的存在の男。男と表記したが、人間の姿をしているだけで、もちろん人間ではない。


「はぁ······?」


 男は久方ぶりに命を抱いた。騒音の犯人は、生まれたばかりと思わしき人間の赤ん坊であった。白い布で包まれている、が、それだけだ。


 周りを見渡せど親は見えず、こちらを覗き見るは我が子分たち。長く生きてきたが、こんな死の街で捨て子を拾うなど初めてだ。どうしようもなく明後日の方向を見る。今日も猛毒の雨が降ってくる。



「親分、その子どうしたんですか」

 猛毒の雨を避けるために崩れ掛けの建物で止むのを待つ。子分であるタコの魔物が話しかける。周りには初めて見る人間の赤ん坊に興味を持った魔物たちが囲む。赤ん坊はその光景を見て恐れて泣くどころか、むしろ笑った。


「街の端っこに落ちてた。親はいない。捨て子だろう」

「どうするんですかい」

「どうもこうもこの街の空気を吸えばいずれ死ぬ。猛毒の雨も少し浴びたしな」


 赤ん坊は笑っている。もうじき死ぬというのに無邪気な事だ。だがこの場にいる者たちは悪くない。この子をこの街に捨てた親が悪いのだ。


「でもすごい元気ですよ」

「最近の人間は毒の耐性があるもんなんだな。もしくは魔力で護られているか······」


 親分はその子を目を凝らしてよく見てみるが特に変わった所はない。魔力で護られている様子も、毒耐性の紋様があるわけでもない。ただの赤ん坊だ。


「お前ら、可愛がるのもいいが明日には死んでいるんだ。あまり愛着を持つなよ、後で辛くなるだけだ」


 親分のそんな忠告も聞かずに、子分の魔物たちはその子を囲んで愛でている。頬をつつけば、きゃっきゃと笑い、手の中に指を入れれば握ってくれる。百年以上も暮らしてきて、愛という感情が生まれたのは初めての事であった。


 だが悲しいかな、明日と言わず今すぐにでも毒によって死んでしまうかもしれない。かと言って治療法など、ここにいる魔物連中が知るはずもない。ならば最後にこの子を笑わせてあげよう。





 時は流れ、九年後。


「親分ー! 見てみてー虫捕まえたー!」

、その虫はずっと手に持ってると指を噛んでくる。早く離しなさい」

「やだー! 私が見つけたんだもーん!」


 駄々を捏ね、捕まえた虫を逃がそうとしない少女の指に容赦なく噛み付く虫。驚きと痛みでその虫を遠くに投げ飛ばしてしまう。投げ飛ばされた勢いのまま羽を開き、何処かへ飛んでゆく。


「あーあ、逃げちゃった」

「ミラ、手を見せてごらん。血が出てるね、痛くはないかい」

 少女は思い切りぶんぶんと首を横にする。痛みを気にしていられないほど元気なのか、ただの痩せ我慢か。子供の考えていることはよく分からない。


「消毒は、、、いらないか。あの虫に強い毒はない。そもそもミラに毒の心配はいらないよね」


 そこにタコの子分がやって来た。先ほどの、少女が噛み付かれた時に出した声を聞いてやって来たようだ。


「親分、ミラちゃん。どうしたんですかさっきの悲鳴は」

「タッちゃん! あのねあのね、さっき虫つかまえんだー。すごい大きかったの。すごいでしょー!」


 タコの魔物にタッちゃんというあだ名を付けて元気に話しかける。その後、親分がだいたいの説明をした。タコだけでなく他の魔物も先ほどの悲鳴を聞きつけてぞろぞろとやって来た。


「お前らどんだけ来てんだ。暇か!」

「親分。あっしらはだいたいの時間は暇ですぜ」


 ミラと呼ばれる少女は、手にできた傷を特に痛がりもせずに魔物たちと遊ぶために走っていった。隠れんぼを始める。ここにはがら空きの建物が複数建っているため隠れんぼには最適だ。見た目は人々から恐れられる異形の姿を持つ魔物たちも、少女と共に無邪気に遊ぶ。


「ミラちゃん。大きくなりましたねー」

 タコは元気に走り回る少女を見て感慨深い気持ちになる。

「あの時死ぬと思っていた赤ん坊が一日生き延びて二日生き延びて、一週間、一ヶ月、一年······もう九年か」

「何者なんでしょうかね」

「あいつの本当の正体なんてどうでもいいだろ。俺はお前らの種族の名前だって知らんぞ」

「それはひどいですよ親分。何年一緒にいると思ってるんですか」


 何年と言われてもそんなの数えているわけがない。この場所にいる魔物たちは生きる場所を追われた者たち。どこにいても命を脅かされ、最後に辿り着く場所。無事にこの地の環境に適応出来たのならば家族となる。


「何者がどうかなんて関係ない。俺たちとミラは家族だ。それだけで充分だろ」

「······そうですね」


 ミラはこの地にいる唯一の人間だが、そんなの関係ない。自分たちは家族だ。そこに愛があれば種族の違いなんて関係ないだろう。この関係は、これからも、ずっと、続いていく。


 その日、隠れんぼから帰ってきたミラは少し寂しげな表情を浮かべていた。気にかかった親分やタコが聞くが、答えようとしない。いじわるされたか、もっと遊びたかったか。色々聞いたが全て無言で首を横に振る。


 やっと口を開いたと思えば、今日の隠れんぼの話をしだした。照れ臭そうに、申し訳なさそうに、ぽつりぽつりと、言葉を落としていく。


「皆と遊ぶのは楽しいけど。私は、皆とは違うよね。ゴリラさんに聞いたんだ。私って何なのかって」


 親分とタコは嫌な予感がした。その先彼女が言うことは、これまでの関係を崩す爆弾かもしれない。


「私は人間で。本当はここに居ないはずの存在で。人間はこの街の外にたくさんいて······」

「ミラ」

 真剣な顔と声で少女の名前を呼ぶ。


「ここを出て、人間たちと一緒に暮らしたいか」

「············」

 黙りこくって反応をしない。いつもの様に首をぶんぶん振らないという事は、出たい気持ちもあるという事だ。


「ミラちゃん、それは」

「黙ってろ。これはミラの問題だ」

 ミラに声をかけようとしたタコを黙らせる。


「私のお母さんとお父さんってどんな人······?」

「お前の両親か······」

 ミラにはまだ彼女が捨て子ということは言っていない。だが親はここにいないことは教えてある。ここにいる者たちは皆独りぼっちだった、でも今は皆家族なのだと言ってきた。


「俺も知らないな。そうだ、探しに行くか······?」

「親分!」

 タコの注意を無視して話を進める。親を探しに行くと言うとミラの顔が明るくなった。会いたかったのだろう。そんな嬉しそうな顔を見れば否定的だったタコも何も言えなくなってしまう。


「本当に?」

「ただ、俺以外とだ。そうだな、人間たちからあまり嫌われてない奴がいいんだが······」

「なんでなんで。私、親分と行きたい」

「俺はこの街を出ちゃいけないんだ」


「親分と一緒じゃなきゃやだ!」

「ミラ、これは俺のわがままじゃない。他の人間たちのためなんだ」

「······?」

「その話は後でする。今日の夜、皆と話し合ってみるから。お前はもう休んでいなさい」


 ミラを半ば強引に寝床に押しやり、魔物たちと会議を始める。その話をすると皆、驚きと悲しみで話し合いにならなかった。が、話の元凶となったゴリラが謝罪をし、辺りは静まりかえった。親分は特にゴリラを責めることなく、話し合いを始める。


 もしかしたら、ミラがこの街から出て行ってしまうかもしれないしれない。だが、皆も薄々思っていた事なのだ。


――彼女には、帰るべき場所がある。

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